君が笑ってくれるなら

輪島と別れ、最寄駅に着いた頃、思いつきで宵に電話をかける。
 宵のシフトを知らないため、五コールして出なかったら、やめようと思いながらスマホを耳にあてた。
 
「はい、もしもし」
 三コール目で、少し気怠そうに宵が電話に出た。
「ごめん、今忙しい?」
「いや、今起きた」
「あ、入りか?ごめん、起こして」
「いや、全然。どうした?なんかあった?」
「あー……、うん。宵には直接伝えたくて」
「え、なんだよ。改まって」
 久しぶりに聞く宵の声。
 以前なら、声を聞くだけでも胸の奥がざわついていたのに。今は、一切感情が揺れないことを思い知る。
「俺さ、今年度で退職しようと思って」
「え?!まじ?!」
 想像以上に電話の向こうで驚いてる宵に、さらに追い討ちをかける。
「恋人について行こうと思ってさ」
 俺の言葉に状況が掴めず、あからさまに電話の向こうで宵が動揺する。
「え!待って、瑞季恋人いたの?!」
「うん、できた」
「え、なんだよー、俺には教えろよー」
 宵の反応を見て、今なら言える気がした。
「俺さ、ゲイなんだよ。ずっと、黙っててごめん」
 宵は少しだけ黙り込んだ後、先ほどの声よりもワントーン低い声で話す。
「……俺、今まで瑞季に嫌なこととかしなかったか?」
 カミングアウトした直後に、こういう言葉を言ってくれる宵だから、五年も片想いが続けられた気がする。
「ふふ。実は言うと、俺ずっと宵のこと好きだったよ」
「え?!!!」
「あははは。でも安心して!本当に今は、宵と耀くんのこと応援してるし。……俺も、彼氏に一途だから」
 こういう話をするのは、初めてで照れ臭くて笑ってしまう。
「そ、そっか。えー……俺、かなり無神経だった……よな?」
「あははは。まぁね。でも、そのおかげで、俺は今とっても幸せ。いつか、俺の恋人も紹介するよ」
「……おう!その、この流れでこんなこと言うの違うかもだけど。俺は、瑞季のこと親友だと思ってるから。……辞めても、それは変わらないからな」
「うん。俺も。……じゃあ、またな!入りなのに電話ありがとう」

 宵との電話を切り、自宅へ帰る。
 誰もいない部屋を見渡して、全然輪島の痕跡がないことにがっかりする。
「……よし!」
 ノートパソコンを開き、メモ機能にチェックリストをつくる。

 親に自分のことを話す
 職場に退職希望を出す
 委員会の引き継ぎとして、資料をまとめる
 新人に知ってる知識を、わかりやすく伝える
 一慶さんとお揃いのものを買う
 兵庫に会いに行く
 テーマパークとかも行きたい……

 途中から、やることリストというよりは、願望リストになっていくメモになっていた。
 そんなリストを見つめていると、輪島から電話がかかってくる。

「はい」
「あ、もしもし。瑞季くん、今大丈夫?」
 聞き慣れない呼び方に、耳が痒くなる。
「……はい、大丈夫です」
「無事着いたよ。今日は、コンビニで買ったお弁当食べようかなと思って。瑞季くんは何食べるの?」
「……わざとですか?」
「え?」
「いや、その、……まだ名前呼ばれるの慣れなくて」
 電話越しに、輪島が優しく笑っているのが伝わってくる。
「ふふ。分かっちゃった?早く慣れたくてさ」
「そ、れは……、わかります」
「早く、瑞季くんも慣れてね」
「……はい」
 くすくす笑い合いながら、特に何を話すわけでもなく通話を続けた。
「あ……」
 輪島の許可なく、宵にいろんな話をしたことを思い出す。
「あの……、実は宵に俺たちのこと話したんですけど」
「え?!」
「あ、まだ……一慶さんが相手とは伝えてないです」
「そ、そっかー」
 お互い少し間があく。
「恋人ができたことと。あと一年で辞めて、恋人についていくって話をしました。……あと、いつか会わせたいとも」
「え!!そ、そっか」
「相談もせずに、勝手に話してすみません」
「いや!全然!!むしろ……その、冴島くんに話してくれたのは、結構安心……します」
 電話の向こうで、情けなさそうな表情をしている輪島を想像する。
「ふふ。俺、かなり一途なんで、そこは安心してください」
「……はぁ、瑞季くんには敵わないな」
 数時間前会っていたのに、もう輪島に触れたくなる。
「……会いたいです」
「僕も。……あのさ、ゴールデンウィークとか休み取れる?」
「うーん、二、三日なら取れる……と思います」
「じゃあさ、こっち来ない?」
「はい!行きたいです!」
 輪島が少し躊躇ったように、話を続けた。
「その時さ、一緒に住む家探そう?」
「はい!……え?!」
「長く実家にいるのは、僕も嫌だからさ。引っ越すなら、瑞季くんがこっちに来た時住める家の方が良いかなって」
「……」
「……気が早かったかな」
「いや、その、それってなんか、ずっと一緒にいるみたいで……」
「居てくれるんでしょ?」
 
 ――あぁ、そうだ。輪島はこういう人だ。
 
 少し前までは、この人たらし感に呆れて、大概にして欲しいと思っていたけれど。
 こういう言葉も、これからは俺にだけなんだよな。
 
「はい。家、見に行きます」
「うん。また休み分かったら教えてね」
「はい」

 輪島と電話を切り、書いている途中のリストをもう一度開いて、項目を追加する。

「同棲する」

 
 高校生の頃の俺は、こんな未来が来るなんて思いもしなかったな。
 
 好きになった人と、両想いになって。

 一緒の未来を約束する日が来るなんて。

 あの頃、自分を受け入れられなかった俺へ。

 幸せな未来なんて、きっと来ないと思っていたよな。

 でも、大丈夫。

「幸せな未来が待ってるぞ」