君が笑ってくれるなら

輪島とデートの約束をして、四日後。
 
 約束した土曜日がやってきた。
 前日に着ていく服は決めていたため、いつもより念入りに顔を洗い、丁寧に化粧水を塗る。
「よし!」
 身支度を終え、脱衣所の鏡でもう一度身なりを確認して家を出た。

 今日は目的地の駅で、待ち合わせをしている。
 人生で初めて好きな人をデートに誘ったので、せっかくなら憧れていた待ち合わせをしてみたかった。
 待ち合わせの駅は、中華街や海が見える有名な公園などもあるため、老若男女問わずたくさんの人が行き交っていた。
 ――先生、見つけられるかな。
 俺のそんな気持ちはすぐに払拭される。
 
 ホームから改札に向かってくる人の中に、栗色の緩めのニットに、オーバーサイズのロングコートを着た輪島を見つける。
 ――やばい。どうしよう……もう、楽しい。
 近づいてくる輪島に手を振る。
「こんにちは」
「ふふ。こんにちは」
 改めて休みの日に会って挨拶すると、いろんな実感が湧いてきて恥ずかしくなる。
「あの、じゃあ行きましょうか」
「うん、行こう」
 輪島と横並びで、ゆっくり歩きだす。

 駅を出て中華街に向かいながら、輪島に質問する。
「先生、お腹空いてます?」
 俺の質問になぜか頬を赤くして、少し目線を逸らしながら輪島が口を開く。
「あの、今日は先生、やめない?……仕事じゃないし」
 輪島の表情で、俺まで頬が熱くなる。
「あ、そ、そうですよね。……えっと、じゃあ……輪島さん?」
 俺の返答に少し照れくさそうにしながら、輪島が頷く。
「ふふ。うん、それでお願いします」
「はい」
 二人で顔を見合わせて笑う。
 俺たちは小籠包や中華まんを食べ歩きする。
 猫舌な俺を気遣いながら、足を止めてくれる輪島に胸の奥がキュッと締め付けられる。
 
 中華街を堪能した後、綺麗なビルと昔の面影を感じる建物が並ぶ街並みを歩きながら、商業施設に向かった。
「あの、ここ行きませんか?」
 俺は事前に調べていた、動物ふれあい施設の前まで輪島を案内し提案する。
「うん、いいね。楽しそう」
 快諾されて店内に入ると、ひよこやモルモット、ウサギなどの小動物がいて、奥の方には南国にいそうな鳥や、クリッとした目の小さな猿、湯船に浸かるカピバラなんかもいた。
 俺が興奮気味に店内を見渡していると、輪島が餌を買ってきて、俺のもとにくる。
「せっかくだし、あげてみようよ」
「はい!やりたい!!」
 どの子に餌をあげるか悩んでいると、隣で輪島がクスッと笑う。
「なんですか?」
「いや、可愛いなと思って」
 輪島のこういう突拍子もない言葉は、心臓に悪い。
「かわいいって、なんですか……」
 小さく言い返していると、輪島が店の奥を指差す。
「あ、あっちでも、あげられるみたいだよ」
 奥の方に進む輪島の背中を見つめながら、ついていった。
 
 一時間ほど堪能したあと、今度は近くにあるラーメンミュージアムに向かった。
 暇つぶし程度で入館したが、体験コーナーの前を通った際に輪島が「これやりたい」というので、俺たちはカップ麺を作るワークショップに参加することにした。
 ワークショップの中は、家族連れや若いカップルが多く、俺たちが浮いている気がして、少し気恥ずかしかった。
 そんな俺の気持ちとは裏腹に、輪島は真剣に具材を選んでいるから、考えすぎている自分がアホらしくなる。
 ――せっかくのデートなんだから、楽しまなきゃな。
 具材を選んで密閉してもらった後、最後にパッケージを油性ペンで自由に描くコーナーに移動する。
 何を描こうか悩んでいると、輪島が人差し指でテーブルをトントンと叩き、俺を呼んだ。
「せっかくだし、交換しない?」
 ハニカミながら提案してくる輪島は、いつもより無邪気に笑っている気がした。
「……わ、輪島さんがいいなら。そうしましょうか」
 呼び慣れない名前と共に、ぎこちない返事をする。
「じゃあ、決まりね」
 向かいの席で楽しそうに、何を描こうか悩んでいる輪島。そんな輪島を見て、俺も何を描くか考える。
 黙々と作業をして、お互い完成する。
「じゃあ、まずは僕から」
 輪島はそう言いながら、先ほどまで描いていたパッケージの面を俺に向ける。
「じゃーん」
 そこには、さっき行ったふれあいコーナーのクリクリな目をした猿にナースキャップを被せ、周りにはカラフルな花が描かれていた。
「えっ……と、猿……?」
「そう!さっきの!あの子達、橘くんに似てたから」
「え?!」
「似てたよ。かわいくて、人懐っこい感じとか」
 輪島が恥じらいもなく、またそんなことを言うから、俺だけ顔が熱くなっているのが悔しい。
「あんまり、可愛いとか言わないでください」
 俺がそういうと、輪島が楽しそうに笑う。
「ほら、そういうところも」
「……もう、次俺の見せます」
 俺は自分が描いた面を輪島に見せる。
「え?僕だ!」
 輪島が嬉しそうに、そう言ってくれて少し安心する。
 俺は、黒髪の猫っ毛に、黒縁メガネの輪島を描いた。周りには聴診器や注射も添えて。
 あと、少しでも俺が描いたことを残したかったから、場違いな板チョコも小さく描いておいた。
「えー、ありがとう!上手だね」
「いや、そんなことはないです」
 お互いの作品を見ながら、俺はドキドキしていた。
 輪島は、渡したカップ麺の写真を撮った後、あらかじめ用意されていた手提げ袋にしまう。
 
 ――まぁ、気づかないよな。

 もしかしたら、このまま捨てられるかもしれない。
 それでもいい。
 たぶん直接は言えないから。
 
 気づいてくれたらいいな。