君が笑ってくれるなら

アプリをインストールし、いざ登録してみる。
 完了ボタンを押すと、数分でいろんな通知が来て戸惑ってしまう。
「一旦……な。とりあえず、様子見で」
 初めてのことになんだか怖くなり、何件か来ているメッセージさえ返すことができず、その日は終わった。

 ありがたいことに、その後は仕事が忙しく、勤務の日は余計なことを考えずに済んだ。
 今日も、少し遅めの昼休憩をもらい、一人で食堂に行く。
 ピーク時間を過ぎたからか、席が選び放題だ。
 テーブル席に一人で座るのは気が引けるため、窓際のカウンター席に座った。
 スマホをテーブルに置き、頼んだラーメンを食べ始める。相変わらず熱くて、口まで運ぶのに時間がかかってしまう。
「あ!また、ラーメン食べてる」
 振り向かずとも、わかってしまう。
「お疲れ様です」
「おつかれー。橘くん今、昼なの?」
「はい。ちょっと処置に時間かかって」
「そっか」
 当たり前のように、俺の横に輪島が座った。
「俺も今、昼なんだよね」
「そうなんですね」
 職場で話すのに慣れないのもあるが、自分の気持ちを自覚した後のため、勝手にぎこちなくなってしまう。
 そんな雰囲気の中、俺のスマホ画面が光る。
 通知バーで、例の出会い系アプリからの通知が表示された。
「あ……」
 心臓が跳ねる。
 慌ててスマホを裏返し、恐る恐る輪島を見る。
 輪島はいつもみたいに笑うでも、心配するでもなく、なんとも言えない表情だった。
 
 ――見られた……よな。
 
「あはは、いやー、すみません。通知すごくて」
 なぜか自分から、その話題に触れてしまった。
「今のって……」
 輪島の視線が、裏返したスマホへ落ちる。
「俺も……そろそろ、動こうかなって」
「……そっか」
 俺が輪島をそういう目で見ていない。
 そう思ってもらえた方が、今までどおり話せる気がした。
「でも……、その、気をつけてね?」
 輪島が少し心配そうな顔で俺を見つめた後、いつものように優しく笑った。

 昼食を食べ終えて席を立つ際、隣で食べている輪島から声をかけられる。
「あのさ、僕とこれからもご飯とか……行ってくれる?」
 思いがけない言葉に、一瞬時間が止まったように身体が固まる。
「も、もちろんです。全然、俺でよければ」
 当たり障りない感じで、こちらの動揺が伝わらないように必死だ。
 俺の返答を聞いて、輪島が嬉しそうに笑った。
 こんなこと言われたら、儚い期待を持ってしまいそうになる。
 ――いや……でも、輪島はそうじゃないからな。
 気持ちを整えるように、自分に言い聞かせた。
「また、時間合えば行きましょうね」
「うん、ありがとう」
「じゃ、お先に失礼します」
 俺はその場から逃げるように、足早に食堂を出た。

 食堂から病棟に戻る階段で、上から勢いよく降りてくる足音が聞こえてくる。
 邪魔にならないように、端の方に寄って降りていると、また後ろから声をかけられた。
「橘くん!連絡先、教えて!」
 輪島が少し息を切らしながら、俺の右肩に手を添える。ドタドタと階段を駆け降りてきた理由が、そんなことのためかと思い、思わず笑ってしまう。
「ふふ。先生、足音凄かったです」
 俺の言葉で、輪島がハッとしながら恥ずかしそうに口元を腕で覆った。
「連絡先、ですよね」
「あ、うん」
 俺がトークアプリのコードを表示する。
 輪島も同じアプリを開くが、ワタワタしながら、なかなか読み取り画面を開かない。
「あの、ここ押して……」
 輪島のスマホを覗き込みながら、操作を手伝う。
「ありがと。あまり使いこなせてなくて」
「ふはは。確かに。先生、メッセージとかもあまり見なさそうですよね」
「え!……いや、ちゃんと見ます」
 「なんで分かったの?」と言いたげな表情で、輪島が俺を見つめる。そんな輪島を見て、笑ってしまった。
 
 避けたいのに。
 
 離れたいのに……。
 
 ――どんどん知らなかった一面を知ってしまう。

 どうしたって惹かれてしまう。

「先生、今度俺とデートしてくれますか」
 
 口からこぼれた言葉に、俺自身も驚いた。
 ――え?俺、今なんて言った……。
 輪島の顔を見るのが怖い。
 返事を聞く勇気なんてなくて、言い逃げのようにその場で立ち尽くしている輪島を置いて病棟に戻った。