君が笑ってくれるなら

コンビニで下着と歯ブラシを買い込み、俺たちはそのまま家へ向かった。

「あの、すごく汚いとかはないですが……すごく綺麗でもないので」
 俺は前置きをして、輪島を家の中に招き入れる。
「いや、急に来たの僕だし。気を使わせて、ごめんね。おじゃまします」
 申し訳なさそうに部屋に入ってくる輪島を、リビングのソファに座らせ、俺はキッチンに向かった。
「先生、ルイボス飲めます?」
「あ、うん。なんでも飲めるよ」
「なら、ノンカフェあるんで淹れますね」
 マグカップにティーバッグを入れ、三分ほど蒸らしてから輪島に持っていく。
「ありがとうね」
「いえいえ。外、めっちゃ寒かったですね」
 俺はソファの前のラグに腰を下ろし、念入りにフーフーと冷ましながら一口飲む。
「橘くん、猫舌?」
「あ、はい。身体は冷たくて早く飲みたいのに、口だけがそれを拒否するんですよ」
「あははは、かわいいね。ほんと橘くんって面白いよね」
 俺を見つめながら、輪島は口角を上げて楽しそうに笑う。
 そんな輪島を見つめて、頬がじんわり熱くなる。

 温かいお茶を飲んだからだ。
 ――そういうことにしておこう。

 お茶を飲み終える頃には、時刻が既に23時を過ぎていた。
「あの、風呂入りますよね?沸かして来ます」
 リビングに輪島を残して、俺は風呂場に向かった。
 脱衣所の鏡を見て、顔が赤くないか確認する。
「大丈夫。これは、そんなんじゃない」
 自分に言い聞かせるように呟き、輪島が待つリビングに戻った。

 風呂が沸くと、輪島を先に案内する。
「着替え、ここに置いておくので。それ着てください」
「何から何まで、ごめんね。ありがとう」
 輪島がお風呂に入っている間に、寝室のベッドの横に来客用の布団を敷く。
 新人の頃、よく仕事終わりに宵が来て、そのまま泊まることがあったため購入した布団だ。
 久しぶりに引っ張り出した布団は、クローゼットにしまい込んでいた布特有の匂いがした。

「ごめん、お先でした」
 ほかほかな身体に、俺が用意したスウェットをまとって、輪島がリビングに入ってくる。
 ふわふわの黒髪にタオルを被せて、少しメガネを曇らせながら尋ねてくる。
「ごめん、ドライヤーあったら借りたいんだけど」
「ふっ、ありますよ。今、持って来ます」
「え、なんで笑ったの?」
「いや、メガネ曇ってるし。それに……結構大きめのスウェット用意したのに、丈が足りてなく。ふふ。先生、かわいいです」
「ちょ……、いい歳のおじさんを揶揄わないの」
 輪島が照れくさそうに、眼鏡を外して拭いていた。
「ドライヤー、持って来ますね」
「うん、ありがとう」

「俺も風呂入るんで。喉乾いてたら、勝手に飲んだり。テレビ見たりも、自由にしてくださいね」
「うん、ありがとうね」
 ドライヤーをする輪島を横目に、俺は風呂場へ向かった。
 風呂から出ると、ソファの上で体育座りをしながら、ぼーっとテレビを眺める輪島がいた。
「先生、大丈夫?」
 自分の家で気が緩み過ぎたのか、ついタメ口で声をかけてしまう。
 俺に声をかけられ、肩をビクッとしながら目線をこちらに向ける。
「あ、おかえり」
「ふふ。先生、もう寝てください」
 メガネの奥で、とろんとした瞳と目が合う。
「布団ありがとうって言いたくて。じゃあ、……お言葉に甘えて寝るね」
 輪島がリビングの隣にある寝室へ行き、枕元に眼鏡を置いて布団に入る。俺は水を飲みながら、スマホをいじり輪島が寝るのを待った。

 輪島が寝室に行ってから10分くらい経った頃、スライド式の扉をゆっくり音を立てないように開けると、布団の上で静かな寝息を立てて眠る輪島が見えた。
 輪島の寝顔をじーっと見つめる。
 
「やっぱり……」
 ――顔がいいんだよな。
 
 普段まじまじと見ることがないため、再認識する。
 こうやってご飯に行ったのも2回だけだし、職場ではあまり話さないけど……。こういう状況は、少し距離が縮まった気がして嬉しく思ってしまう。

 ――いやいやいや。それはないよな。
 俺はきっと、自分がゲイって話せたことを特別視してるだけだ。
 俺の奥底で芽生えかけた感情を否定するように、首を横に振り寝室の扉を閉めた。

 ソファに腰掛けながら、宵からのメッセージを確認する。
「今日はありがとうな!これからは、もう少し自分で調べてみるわ!また聞くことあったら、そん時はよろしく!」
 文を読んだ後、少し心が軽くなった。
「おっけ。いつでも言って」
 宵が俺を訪ねてくることが減るのは、寂しくないと言ったら嘘になる。
 でも思いの外、落ち込んでいない。

 ――間違いなく、輪島の存在がでかい。

「いやいや……待て、待て」

 ――それは、不毛すぎるだろ。
 
 誰か一人に執着するような人じゃない輪島を、そういう対象にしてしまったら、また叶わない恋になる。
 分かりきってるのに。
 そういう感情に気づいてしまった時点で、もう後戻りが難しいのは痛いほど知っていた。