ヂリリリリリッ
部屋に響き渡る無機質な音で、目を覚ます。
「あー、やべ。感染マニュアル……見なきゃ」
枕元に置いてあるレジュメを掴み取るも、眠気が勝り視界が開かない。
反対側にあるスマホの画面を見て、一気にベッドから身体を起こす。
「……っと、やば。遅刻する」
慌ただしい一日が始まった。
病棟へ着くと、スタッフへ挨拶を済ませ、申し送り前に薬を準備する。
「橘くん、もう慣れた?」
「いやー、全然っす。薬も見た事ないやつ多くて」
「そうだよね。何か困ったことあったら言ってね」
声を掛けてくれたのは、フォロー役の真藤さん。
五年目とは思えないくらい気さくで、異動してきた俺にもよく目を掛けてくれる。
「真藤さんにいつも見てもらってるんで、できるだけ早く覚えます」
「あははは。無理せずねー」
俺は看護師三年目の九月。
新人の頃からいた循環器内科を離れ、この秋、呼吸器内科へ異動してきたばかりだ。
まさか三年目で異動になるとは思わなかったが、いろんなタイミングが重なり、俺にとっても都合がいい内示だった。
点滴台で薬剤を準備していると、まだあまり話したことない女の先輩たちの会話が俺の耳にも入ってくる。
「輪島先生、また患者の家族から連絡先、聞かれたらしいよ」
「まじ?うちらも知りたいっつーの」
「でもさ、あぁ見えてバツじゃん?」
「それな。どうする?凄いモラとかだったら」
「えーあれで、モラとか怖すぎー」
ここに居ない人の噂話で盛り上がっていたが、俺は聞こえてない顔で手元を動かす。その時、一人の先輩が急に話を振ってきた。
「ねえねえ、橘くんはどうなの?」
「えー?何の話ですか?」
聞きたいことは分かっているが、この人たちに俺のことを知って欲しいとは思えなかった。
その場をつなぐように、愛想笑いで聞き返す。
「えー橘くん、明らかにモテるでしょー。彼女とかいるの?」
この手の質問、久しぶりだなと思いながら、昔の記憶を呼び起こし返事をする。
「いやいや、俺そんなっすよ。……まぁ、でも好きな人は居ますね」
「えーそっか、残念」
俺の返答に半笑いしながら、また違う話題で盛り上がる先輩たち。その状況を見て少しホッとするも、また一から俺という人物像を作り上げなければいけないことに嫌気がさした。
俺は以前の病棟でも、新人の頃に同様の質問をされた。その時から、プライベートでは好きな人がいるという認識で統一されるように自分の話をした。
そうでないと、何かしらの拍子に世間一般から外れた俺がいつか傷つきそうだったから。
中二の頃。
俺が初めて好きになったのは、同じ委員会の一つ上の男の先輩だった。
恋を知ると同時に、自分が普通じゃないことも知った。
もともと教室の空気が変われば、誰より先に気づいてしまう。だからこそ、何かの標的になることがないように上手くやっていた。
自分のセクシャリティに気づいた時はかなりショックで、この先、心から幸せと思える恋愛はできないと思った。
幸か不幸か、俺の容姿は異性からそれなりに好感を持たれることがあり、高校の時は告白してきた女子と付き合ってみたこともあった。
だけど、どんなに相手が自分を思ってくれても、クラスメイト以上の感情が生まれることはなく、自分のセクシャリティを改めて自覚させられ、相手を傷つけるだけだった。
そうやって俺は、本当の俺をずっと隠しながら過ごしていた。
そして進路を意識する頃に、流行っていた医療ドラマの影響で俺は看護短大に進学する事にした。
女性が多い世界だと分かっていた。
それでも、人を助ける仕事なら性別なんて関係ない。
そう信じたかった。
ーー今までより少しだけ、自分らしく生きれる場所であってほしい。
部屋に響き渡る無機質な音で、目を覚ます。
「あー、やべ。感染マニュアル……見なきゃ」
枕元に置いてあるレジュメを掴み取るも、眠気が勝り視界が開かない。
反対側にあるスマホの画面を見て、一気にベッドから身体を起こす。
「……っと、やば。遅刻する」
慌ただしい一日が始まった。
病棟へ着くと、スタッフへ挨拶を済ませ、申し送り前に薬を準備する。
「橘くん、もう慣れた?」
「いやー、全然っす。薬も見た事ないやつ多くて」
「そうだよね。何か困ったことあったら言ってね」
声を掛けてくれたのは、フォロー役の真藤さん。
五年目とは思えないくらい気さくで、異動してきた俺にもよく目を掛けてくれる。
「真藤さんにいつも見てもらってるんで、できるだけ早く覚えます」
「あははは。無理せずねー」
俺は看護師三年目の九月。
新人の頃からいた循環器内科を離れ、この秋、呼吸器内科へ異動してきたばかりだ。
まさか三年目で異動になるとは思わなかったが、いろんなタイミングが重なり、俺にとっても都合がいい内示だった。
点滴台で薬剤を準備していると、まだあまり話したことない女の先輩たちの会話が俺の耳にも入ってくる。
「輪島先生、また患者の家族から連絡先、聞かれたらしいよ」
「まじ?うちらも知りたいっつーの」
「でもさ、あぁ見えてバツじゃん?」
「それな。どうする?凄いモラとかだったら」
「えーあれで、モラとか怖すぎー」
ここに居ない人の噂話で盛り上がっていたが、俺は聞こえてない顔で手元を動かす。その時、一人の先輩が急に話を振ってきた。
「ねえねえ、橘くんはどうなの?」
「えー?何の話ですか?」
聞きたいことは分かっているが、この人たちに俺のことを知って欲しいとは思えなかった。
その場をつなぐように、愛想笑いで聞き返す。
「えー橘くん、明らかにモテるでしょー。彼女とかいるの?」
この手の質問、久しぶりだなと思いながら、昔の記憶を呼び起こし返事をする。
「いやいや、俺そんなっすよ。……まぁ、でも好きな人は居ますね」
「えーそっか、残念」
俺の返答に半笑いしながら、また違う話題で盛り上がる先輩たち。その状況を見て少しホッとするも、また一から俺という人物像を作り上げなければいけないことに嫌気がさした。
俺は以前の病棟でも、新人の頃に同様の質問をされた。その時から、プライベートでは好きな人がいるという認識で統一されるように自分の話をした。
そうでないと、何かしらの拍子に世間一般から外れた俺がいつか傷つきそうだったから。
中二の頃。
俺が初めて好きになったのは、同じ委員会の一つ上の男の先輩だった。
恋を知ると同時に、自分が普通じゃないことも知った。
もともと教室の空気が変われば、誰より先に気づいてしまう。だからこそ、何かの標的になることがないように上手くやっていた。
自分のセクシャリティに気づいた時はかなりショックで、この先、心から幸せと思える恋愛はできないと思った。
幸か不幸か、俺の容姿は異性からそれなりに好感を持たれることがあり、高校の時は告白してきた女子と付き合ってみたこともあった。
だけど、どんなに相手が自分を思ってくれても、クラスメイト以上の感情が生まれることはなく、自分のセクシャリティを改めて自覚させられ、相手を傷つけるだけだった。
そうやって俺は、本当の俺をずっと隠しながら過ごしていた。
そして進路を意識する頃に、流行っていた医療ドラマの影響で俺は看護短大に進学する事にした。
女性が多い世界だと分かっていた。
それでも、人を助ける仕事なら性別なんて関係ない。
そう信じたかった。
ーー今までより少しだけ、自分らしく生きれる場所であってほしい。

