つがいがなんだってんだ!

 やがて教室に、霊学祭の閉会を告げるアナウンスが響き渡った。

『以上をもちまして、本年度霊学祭の全プログラムを終了いたします。これより、実演企画、展示企画、有志企画の結果発表を行います』

 教室中が静まり返る。誰もが息を潜め、スピーカーから流れる声に耳を澄ませていた。

『実演企画部門、最優秀企画賞——術式創成霊術棟・自然科学霊術棟三年生合同企画【霊術水族館】』

「や……」
「やったぁぁぁぁぁ!!」
「最優秀賞だ!! 俺たちが一位だぞ!!」
 
 自科霊クラスも創成クラスも一斉に立ち上がり、大歓声を上げた。手当たり次第にハイタッチを交わす者、抱き合って喜びを分かち合う者、涙を流しながら飛び跳ねる者。歓喜の声が、いつまでも教室を満たしていた。
 
「青葉ーー!!」
 
 伊織が、弾丸のような勢いで青葉の身体へと正面から抱きついた。

「うわっ!?」
「最優秀賞だよ!! やったねぇ!!!」
「やったね、青葉ちゃん。みんなの努力が、ちゃんと届いたんだね」
 
 杏奈も目を潤ませながら笑っていた。
 三人は固く抱き合う。嬉しさが溢れ、もう誰もまともな言葉を口にできなかった。
 自分の信じたものが、みんなで流した汗が、最高の形で報われた——そう実感した瞬間、青葉の瞳から堪えていた涙が、ぽろぽろと頬を伝っていった。
 そんな青葉の横顔を、少し離れた場所にいた東雲は、優しい笑みで見つめていた。

「玲司ー!! やったな!!」
「級長がお前でほんと良かったわー」
「東雲がいなかったら、途中で詰んでたところ何個もあったよな」
「俺じゃないよ。みんなのおかげだろ」

 成瀬を皮切りにクラスメイトの男子が次々と東雲の肩を叩いて労っていた。東雲は謙遜しながら、照れくさそうに笑う。

(東雲、嬉しそう……本当に良かった)

 そんな輪の中心で、やっと肩の荷が下りたように穏やかに笑う東雲を、青葉もまた見つめていた。
 閉会式のアナウンスが終わる頃には、さっきまで幻想的な水底の光を放っていた景色は、すでに少しずつ解体され始めていた。
 
「よーし、最後のひと踏ん張りいくぞー! 備品を傷つけるなよ!」
「おー!」
 
 大道具班の男子たちが、巨大な擬岩を次々と運び出し、植物班は芽吹かせた海藻を、一株ずつ丁寧に霊力へ還していく。
 青葉も、机の上に並んだ術式ノートを、一冊ずつ名残を惜しむように閉じていった。
 最後のノートが閉じられた瞬間、教室の中央を泳いでいた半透明の小さなクラゲが——ふわりと、夕暮れの光の中に溶けるように、綺麗な光の粒子となって消えていった。
 
「……」
 
 すべての片付けを終えた教室には、元の無機質な机と椅子だけが整然と並んでいた。昼間にこの空間を満たしていた歓声と賑わいは消え去り、教室には静かな余韻だけが残っていた。
 
「……終わっちゃったね」

 伊織が、窓の外を見つめながら少し寂しそうに微笑む。
 
「うん……なんだか、本当にあっという間だった気がするね」

 杏奈も、足元に置かれた植木鉢へ目を落とし、小さく頷いた。
 
「二か月も毎日居残りして準備してたのにな。本番は、たったの一日なんだもんなぁ。祭りの後ってのは、どうしてこう寂しいのかね」

 成瀬が苦笑しながら、頭のタオルを外した。
 誰もがそれぞれの思いを胸に、静まり返った教室を見つめていた。
 
「よし、これで備品の搬出も全部終わったな。みんな、今日は本当にお疲れ様。家に戻ったらちゃんと休めよ」
「うぃーっす! お疲れー!」

 東雲の一声を合図に、全員が達成感に満ちた顔で、思い思いに帰り支度を始める。賑やかな足音が遠ざかり、気づけば教室には青葉と東雲だけが残されていた。
 青葉も、自分の荷物をまとめて鞄を肩に掛けようとした——その時だった。

「篠宮、東雲」
 
 教室の扉の方から、ひんやりとした低い声が響いた。振り返ると、そこにはいつものように白衣を纏い、カルテを小脇に抱えた調月が立っていた。
 
「あ……調月先生。お疲れ様です」

 東雲は即座に頭を下げた。
 
「片付けが終わったら、保健棟へ来い。例の件だ」
「あ……! すっかり忘れてた……」
「だろうと思った」
 
 調月は「やはりな」と言わんばかりに、小さくため息をついた。
 
「すみません……。霊学祭のことで、頭がいっぱいになっちゃってて」
「まぁ別に、責めているわけではない。慌てなくて良いから、準備ができたら来いよ」
 
 調月はそう言い残すと、すぐに踵を返して静かな廊下を歩き出した。
 青葉と東雲は顔を見合わせ、小さく苦笑した。
 
「……行くか」
「うん、そうだね」

 静寂に包まれた校舎の廊下を、二人は並んで歩き出した。窓の外からは、燃えるような橙色の夕焼けが差し込み、二人の影を床に長く、濃く描き出していた。
 青葉は、窓の外の景色を見つめながら、ぽつりと寂しげに呟いた。
 
「なんか……今日で、高校生活終わっちゃったような感じがする」
「まだ二学期入ったばっかだろ」
「そうなんだけどさ。この二か月、本当に毎日霊学祭のことばかり考えてきたから……。やっと終わったはずなのに、明日から何をすればいいのか分からなくなっちゃって。なんだか心に穴が空いたみたい」
 
 東雲は少しだけ歩みを緩め、隣の青葉へ目を向けた。
 
「とか言って、どうせ明日になれば、また本を広げてすぐに新しい研究を始めるだろ」
「えー、そうかな?」
「青葉だからな」
「なにその謎の自信。……まあ確かに、まだ卒研もまとめていかないとだしね」
 
 青葉はそう言いながら、胸の奥がくすぐったいような温かさに包まれ、思わずくすっと笑った。
 そんな他愛のない会話を交わしながら歩いているうちに、二人の足は人影の途絶えた保健棟の前へとたどり着いた。いつもと変わらない、飾り気のない無機質な空気が、そこには漂っている。
 東雲が診察室の扉を静かにノックした。
 
「失礼します」
「入れ」
 
 室内へ入ると、調月はすでにデスクの上へ二人のカルテを広げ、万年筆を手に待っていた。
 二人を一瞥した調月が、事務的に告げる。
 
「では——検診を始める」