つがいがなんだってんだ!

「え?」
「しのりんなら、このクラスで何やりたい?」

 その言葉が呼び水となり、一斉に教室中のすべての視線が、再び青葉の元へと集まった。

「そういや、創成棟って毎年どんな企画やってんの?」
「確かに。創成棟は『実演企画』でエントリーしたことないよね?」

 飛んでくる純粋な質問に、青葉は少し照れくさそうに笑って答えた。

「創成棟は、毎年展示企画の方でエントリーしてるの。来場者に術式端末を操作してもらう展示もあるにはあるけど……やっぱり専門知識が必要だから、研究内容を理解してもらうことが中心になるんだよね。だから一般のお客さんより、霊術研究機関とか大学の先生が見に来ることの方が多いかな」
「へぇー、そっか。ウチらとは客層も違うんだ」
「それだと確かに地域の子供たちには、ちょっと内容が難しそうだな」

 成瀬がぽりぽりと短髪の頭を掻く。

「そうなの。だから創成棟の展示は、毎年一般の人からは『とっつきにくい』って言われがちなのが課題で——」

 そこでふと、青葉の言葉が止まった。
 雨夜は、その沈黙を遮ることなく一拍待ってから、静かに声をかける。

「篠宮。どうした?」
「……」

 青葉は視線を落とし、手元のノートの余白をじっと見つめた。頭の中で、今まで交わされた言葉が一つ、また一つと繋がっていく。『繋ぐ』、『体験型』、『誰にでも分かる霊術』——バラバラだった言葉が、一つの形を結び始めていた。

「あのさ……全然、具体的な企画って言えるほどのものではないんだけど……」

 青葉の真剣な声音に、教室中が静まり返る。

「この一ヶ月。みんなの個性的な術式を、見せてもらってきたでしょ? それで……数日前から、ようやく少しだけ形になってきたものがあるの」
「……それは」

 少し離れた場所から、東雲が静かに口を開いた。

「研究の成果、ってこと?」
「うん。……ちょっと、見てもらえる?」

 そう言って、彼女はペンを持ち、ゆっくりとノートを開いた。
 指先から淡く澄んだ蒼白い霊力が滑らかに流れ出し、真っ白なノートの上へ、幾何学的な術式回路が幾重にも描かれていく。先ほどまでの賑やかさが嘘のように、全員が静かにその光景を見守っていた。
 やがて最後の一節が書き終えられる——それと同時に、術式全体が淡い蒼白い光を帯びた。
 青葉は小さく息を吸い込み、静かに、けれど確かな意志を込めて呟く。
 
「——起動」
 
 その瞬間。
 五つの異なる術式回路が、同時に鮮やかな光を放った。赤、緑、青、黄、白——掌ほどの大きさの五つの光球が、重力から解き放たれたかのように、ふわりと教室の宙へ浮かび上がる。それぞれの光球の内部では、異なる術式回路が、生き物のように静かに回転を続けていた。

「……え」

 教室のあちこちで、小さく息を呑む気配が広がる。
 成瀬は思わず一歩前へ踏み出した。

「……何だ、これ」

 青葉は静かに赤い光球へ手を伸ばす。

「これが、成瀬の炎操霊術」

 光球が、彼女の指先へ吸い寄せられるようにふわりと降りてきた。内部の術式回路が一瞬だけ明るく脈打つ。

「……え?」

 成瀬の目が、大きく見開かれた。

「こっちは、杏奈ちゃんの植物操霊術」

 柔らかな緑の光が、新緑のように静かに揺れる。

「それが由美の水。こっちは砺波くんの雷。それから、これが千晶ちゃんの雪」

 五つの光球は、それぞれ異なる色と波動を纏いながら、教室を幻想的な光で静かに染めていく。

「まだ五人分だけだけど……それぞれの霊術を術式として保存して、こうやって再現できるようになったの」
 
 教室中から、「すげぇ……」「しのりん、こんな研究してたんだ」と、感嘆の声が漏れる。
 
「成瀬。その由美のやつ、触ってみて」
 
 青葉の言葉に、成瀬が恐る恐る目の前に浮かぶ青い光球へ指先を伸ばした。触れた瞬間、光球はさらりと淡い光の粒へほどけ、成瀬の掌を起点に、保存された術式を展開した。
 
 ポチャッ——。
 
 成瀬の掌の上で、小さな水の玉が弾けた。
 
「おぉっ! 本当に出た!」

 成瀬が慌てて手のひらを見つめる。

「……俺、水なんて使えねぇぞ?」
「マジかよ……」
「南雲の霊術が成瀬に!?」
 
 今度は杏奈が赤い光球へ触れる。

「わっ」

 指先に、小さな炎がふわりと灯った。

「あったかい……!」

 触れるたび、光球は記録された霊術反応を一瞬だけ再現し、誰かの指先へ異なる現象を灯していく。
 次々と驚きの声が上がる一方で、誰もが目の前の現象から目を離せずにいた。
 
「……とはいっても、最小出力でしか再現できないし、今はまだ一秒足らずしか維持できないから、研究としては、まだ改良が必要な段階なんだけどね……」
 
 青葉が苦笑しながら、現状の課題を口にしようとした、その時だった。伊織が天井近くを漂う、色とりどりの光球を見上げて、ふと目を細めた。
 
「ねえねえ」
「うん?」
「これ……なんかさ、クラゲみたいだね!」
 
 その一言に、全員が光球を見上げた。
 
「……あ」
「本当だ。色が混ざって綺麗だね」
「なんか、海ん中にいるみてぇだな!」

 その幻想的な光景を眺めながら、由美がぽつりと呟いた。
 
「……だったらさ。いっそ、『水族館』とか、どうかな」
「水族館?」
「うん。こういう光が、教室いっぱいに泳いでて。気になった光に触ると、その人の霊術を一瞬だけ体験できる。子供たち、絶対楽しいと思う」
 
 一拍の静寂の後、教室中が一斉に色めき立った。
 
「それ、最高じゃん!?」
「めっちゃ面白そう! 霊術水族館!」
「体験型実演、これで決まりだな」
「——ちょっと待て」
 
 次々と上がる歓声の中で、東雲が静かに腕を組み、落ち着いた声で静止をかけた。
 
「企画としては、間違いなく面白いと思う。だけど……」
 
 東雲は五つの光球へ視線を向けた。
 
「篠宮の負担が大きすぎないか? この一ヶ月でここまで解析しただけでも本当にすごいけど……霊学祭まであと二ヶ月。今のペースじゃ、霊学祭までに解析できても半分くらいだろ。三十人全員の術式を式化して、しかも安定して運用するのは現実的じゃない」
 
 教室が水を打ったように静まり返る。

「確かに……残り全部をしのりん一人に任せるのは、さすがに無理だよな」
「でも、五つだけだと水族館にするにはちょっと寂しいし……」
「それに、今だと水族館っていうより、光が漂ってるだけだもんな……」

 (……東雲の言う通りだ)
 
 青葉も頷く。今のペースでは、残り二ヶ月で解析できても十五人程度が限界。それに、今のままでは、ただ光球が漂っているだけだ。何より、これは創成棟でやってきたような個人研究の発表ではない。全員で一つの作品を作る企画だ。一人で抱え込んでは、意味がない。
 ——諦めかけた、その時だった。
 青葉の脳裏にふと、自科霊棟とは全く違う景色がフラッシュバックする。
 
 無機質な白い壁。黒板いっぱいを埋め尽くす複雑怪奇な数式。そして——術式を『魅せる』ことに、狂おしいほどの情熱を注いでいた仲間たちの背中。
 
 (……そうだ)
 
 青葉の瞳が、閃きを映したようにぱっと見開かれた。
 
「……できるかも!」
「え?」
 
 東雲が振り向くより早く、青葉は勢いよく彼の腕を掴んだ。
 
「東雲、一緒に来て!」
「ちょっ、篠宮……!?」
 
 青葉は勢いよく教室を飛び出した。東雲は訳も分からぬまま、その腕を引かれて後を追う。教室が騒然とする中、雨夜だけはニヤリと笑みを浮かべながら「いってらー」とひらひら手を振っていた。
 
「おい、どこに行くんだよ!?」
 
 渡り廊下に響く東雲の焦った声に、青葉は振り返り、ぱっと花が咲くように笑った。
 
「——創成棟!」