***
翌週。自然科学霊術クラスの教室では、いつも通り自由な時間が流れていた。
教室の中央では、成瀬たちが小さな炎を飛ばし合っては、「あっつ! おいバカ、やめろ!」と笑い声を上げている。
その賑やかな輪から少し離れた窓際では——。
「ねぇねぇ、しのりん、伊織ちゃん。これ見てみて」
植物操霊術の使い手・野依杏奈が、窓辺の小さな植木鉢を大事そうに抱えながら、ふんわりと首を傾げた。
「この子ね、最近すごく元気なの」
杏奈が嬉しそうに見せてきた植木鉢には、小さな白い花が、陽だまりを浴びて愛らしく咲いていた。
「本当だ! 綺麗ー」
「前よりたくさん咲いてるね」
「やっぱりそう思う?」
杏奈の瞳がぱっと輝く。青葉と伊織は表情を綻ばせた。
「杏奈ちゃん、この前霊薬の配合を変えたって言ってたよね」
「すごいね! それでこんなに変わるんだ!」
杏奈は愛おしそうに花びらを優しく撫でた。
「しのりんが貸してくれた本参考にして変えてみたら、本当に元気になったの。ありがとう」
「いやいや、役に立てて良かったよ」
「さすが青葉! そしてなにより杏奈の植物愛だね」
「えへへ、ありがとう。植物ってね、ちゃんと応えてくれるから」
「そういうものなの?」
「うん。この子ね、最近朝になると葉っぱを揺らして挨拶してくれるんだよ」
「……それは、杏奈ちゃんだからじゃない?」
「あはは、間違いない! 杏奈なら普通に植物とおしゃべりしてても、全然驚かないもん」
「えぇ、そんなことないよぉ」
「あるある」
三人で顔を見合わせて笑い合う。
その時ちょうど、午後の授業の予鈴が鳴り、生徒会での用事を終えた東雲が教室へと入ってきた。
「なぁなぁ、玲司」
先ほどまで男子の輪の中で騒いでいた成瀬が、東雲へ声をかける。
「うん? どうした、涼真」
「しのりん、来たばっかの頃と全然顔違うよな」
東雲は、成瀬の視線を追うように教室の窓際へ目を向けた。そこでは、杏奈や伊織と肩を並べ、小さな花を囲みながら笑い合う青葉の姿があった。
「そうだな。だいぶ柔らかくなったと思う」
「だろ? 最初はガッチガチだったもんなあ! いやー、オレは嬉しいよ」
「?」
「だって見ろよ、あの癒し空間。あそこだけマイナスイオン出てね? これが目の保養ってやつだな」
「なんだそれ。しょーもな」
東雲は思わず吹き出した。
その時だった。ガララ、と後方の扉が開く。
「おーい、お前らー。集まれー」
気だるげなハスキーボイスが教室中へ響き渡った。
ヨレた白衣姿の雨夜美波が、今日もまた趣味のよく分からないマグカップを片手に、気の抜けた足取りで教卓へと歩いてくる。
その一言だけで、教室内に散っていた生徒たちは「はーい」と返事をしながら、手元の霊術を止め、自然と教卓の前へ集まっていく。
成瀬の掌の上の炎はふっと消え、部屋中に浮かんでいた水球もパチンと弾ける。窓辺で揺れていた蔦も、するすると鉢の中へ戻っていった。
雨夜はマグカップを教卓へコツンと置き、前髪の隙間から一度だけ全員の顔を見渡す。
「さて——今日から正式に、『霊学祭準備期間』に入る」
その一言が教室に落ちた瞬間、先ほどまで笑い合っていた生徒たちの表情が、一斉に引き締まった。
「例年通り、うちのクラスは『実演企画』でエントリーする。ただ……」
雨夜はそこで、悪戯を思いついた子どものように口角を吊り上げた。
「例年とは、ちょっと毛色が違うんだよねぇ」
「え、マジ?」
「なにそれ、気になる!」
「実演バトルとか?」
口々に予想を飛ばす生徒たちを見渡すと、雨夜は静かに告げた。
「今年のテーマは——『繋ぐ』、だってさ」
「『繋ぐ』……?」
「そう。それに合わせて上から、『一般の来場者も参加できる体験型の実演企画を増やしてほしい』って注文が来てんの」
雨夜は肩をすくめながら続ける。
「今年は地域の小中学生向け公開講座も同時開催だからね。ただ見て『へぇ、すごい』で終わるんじゃなくて、『霊術って面白い!』『また来たい!』って思って笑顔で帰ってもらえるような企画にしてくれ、ってさ」
「おぉー……!」
「めっちゃ面白そう!」
「子ども相手か! なんかワクワクするな!」
「子ども泣かせたら減点とかある?」
「おま、『繋ぐ』がテーマで泣かせたら本末転倒だろ」
教室中が一気に笑いに包まれる。
雨夜はそんな生徒たちの単純で素直な反応に、苦笑するように肩をすくめた。
「もちろん、安全第一。子どもが怪我をするような危険な実演は一切禁止。お前たちが学院の看板を背負って表に立つってことは、くれぐれも忘れないように」
「はーい」
返事の軽さだけは一流だ。雨夜は小さく鼻で笑うと、教卓に両肘をついて腕を組んだ。
「あともう一つ。今年も例年通り、全学年の専門クラス同士で企画の総合順位を競い合う」
その一言が投下された瞬間、教室の空気がぴんと細い弦のように張り詰めた。雨夜は一人ひとりの顔を見回す。
「もちろん、順位を獲ることだけが目的じゃない。だけど——どうせやるなら、一位を獲りに行こう」
その口元に、挑発するような不敵な笑みが浮かぶ。
「私は、そのくらい強欲で生意気なお前らの方が、見てて好きだからさ」
「当然でしょ!」
「言われなくてもトップ獲りますよ!」
「今年こそ、結界棟に勝ーつ!」
「おい、それ毎年言って返り討ちだろ!」
「うるせぇ、今年は違う!」
雨夜の言葉に、教室内が一気に沸き上がる。その熱気に満ちた光景を見届けると、雨夜は満足そうに深く頷いた。
「よし。じゃあ早速、企画会議に入るよ。今年、お前らはこのクラスで『なに』を見せたい?」
「はいはいはいはい!!」
真っ先に、成瀬がガタッと椅子を鳴らすほどの勢いで右手を高く挙げた。
「オレたちの霊力を全部注ぎ込んだ、超巨大炎龍の召喚!!」
「却下」
「早っっ!?」
「子どもが燃えるわ、馬鹿」
「そりゃそうだ!」
あちこちから容赦ないツッコミが飛び交う。だが、当の成瀬はまるで堪えた様子もなく、すぐさま次の案を叫んだ。
「じゃあ——校舎の周りを空飛ぶジェットコースター!」
「確実に事故る、却下」
「美波ちゃん、夢がなさすぎる!」
男子たちが好き勝手な案で盛り上がる中、杏奈がおずおずと胸の前で手を挙げた。
「えっと……」
「なに、野依」
「温室を借りて、子どもたちが植物と触れ合えるような……『霊術植物園』、とか」
雨夜が初めて、前髪の隙間から興味深そうに目を細めた。
「自科霊クラスのみんなが育てたお花とか、珍しい植物をいっぱい並べて……。そこに、みんなの霊術を組み合わせて、霊力で光るお花とか、音楽に合わせて踊る草とか。子どもも大人も、歩いてるだけで楽しくなるような場所にできたら、素敵かなぁって……」
「いいじゃん!」
「杏奈らしい!」
「めっちゃ癒やされそう!」
女子生徒たちから一斉に賛同の声が上がる。
しかし、成瀬は腕を組んでうーんと首を傾げた。
「いや、確かにめちゃくちゃ綺麗だし良さそうなんだけどさ。ウチって毎年派手な演出が売りじゃん? 見て楽しむだけだと、お祭りとしてはちょっとインパクト弱くね? 今年が体験型重視なら、もうちょいなんか欲しいよな」
「うーん……」
杏奈も成瀬の指摘に納得したように頷く。
「確かに……なんか、みんなで体験できるようなものがあった方がいいよね……」
教室は再び静けさに包まれた。誰もが腕を組み、机を見つめたり、天井を仰いだり、頭の中で思い思いにアイデアを転がしている。
ここでの議論はいつだって、誰かの「やってみたい」や「面白そう」という、純粋な衝動から始まる。そこへ別の誰かが「それなら、こんなのはどう?」と重ね、また別の誰かが「じゃあ、こうしたらもっと面白い」と広げていく。そんなやり方が、ここではごく当たり前になっていた。
創成棟で同じ企画会議を開いたら、全く違うアプローチになっただろう。けれど、こういう風に形にしていくやり方も、あるんだな。面白い。
青葉が小さな感銘に浸っていた、その時だった。
「——しのりんは?」
翌週。自然科学霊術クラスの教室では、いつも通り自由な時間が流れていた。
教室の中央では、成瀬たちが小さな炎を飛ばし合っては、「あっつ! おいバカ、やめろ!」と笑い声を上げている。
その賑やかな輪から少し離れた窓際では——。
「ねぇねぇ、しのりん、伊織ちゃん。これ見てみて」
植物操霊術の使い手・野依杏奈が、窓辺の小さな植木鉢を大事そうに抱えながら、ふんわりと首を傾げた。
「この子ね、最近すごく元気なの」
杏奈が嬉しそうに見せてきた植木鉢には、小さな白い花が、陽だまりを浴びて愛らしく咲いていた。
「本当だ! 綺麗ー」
「前よりたくさん咲いてるね」
「やっぱりそう思う?」
杏奈の瞳がぱっと輝く。青葉と伊織は表情を綻ばせた。
「杏奈ちゃん、この前霊薬の配合を変えたって言ってたよね」
「すごいね! それでこんなに変わるんだ!」
杏奈は愛おしそうに花びらを優しく撫でた。
「しのりんが貸してくれた本参考にして変えてみたら、本当に元気になったの。ありがとう」
「いやいや、役に立てて良かったよ」
「さすが青葉! そしてなにより杏奈の植物愛だね」
「えへへ、ありがとう。植物ってね、ちゃんと応えてくれるから」
「そういうものなの?」
「うん。この子ね、最近朝になると葉っぱを揺らして挨拶してくれるんだよ」
「……それは、杏奈ちゃんだからじゃない?」
「あはは、間違いない! 杏奈なら普通に植物とおしゃべりしてても、全然驚かないもん」
「えぇ、そんなことないよぉ」
「あるある」
三人で顔を見合わせて笑い合う。
その時ちょうど、午後の授業の予鈴が鳴り、生徒会での用事を終えた東雲が教室へと入ってきた。
「なぁなぁ、玲司」
先ほどまで男子の輪の中で騒いでいた成瀬が、東雲へ声をかける。
「うん? どうした、涼真」
「しのりん、来たばっかの頃と全然顔違うよな」
東雲は、成瀬の視線を追うように教室の窓際へ目を向けた。そこでは、杏奈や伊織と肩を並べ、小さな花を囲みながら笑い合う青葉の姿があった。
「そうだな。だいぶ柔らかくなったと思う」
「だろ? 最初はガッチガチだったもんなあ! いやー、オレは嬉しいよ」
「?」
「だって見ろよ、あの癒し空間。あそこだけマイナスイオン出てね? これが目の保養ってやつだな」
「なんだそれ。しょーもな」
東雲は思わず吹き出した。
その時だった。ガララ、と後方の扉が開く。
「おーい、お前らー。集まれー」
気だるげなハスキーボイスが教室中へ響き渡った。
ヨレた白衣姿の雨夜美波が、今日もまた趣味のよく分からないマグカップを片手に、気の抜けた足取りで教卓へと歩いてくる。
その一言だけで、教室内に散っていた生徒たちは「はーい」と返事をしながら、手元の霊術を止め、自然と教卓の前へ集まっていく。
成瀬の掌の上の炎はふっと消え、部屋中に浮かんでいた水球もパチンと弾ける。窓辺で揺れていた蔦も、するすると鉢の中へ戻っていった。
雨夜はマグカップを教卓へコツンと置き、前髪の隙間から一度だけ全員の顔を見渡す。
「さて——今日から正式に、『霊学祭準備期間』に入る」
その一言が教室に落ちた瞬間、先ほどまで笑い合っていた生徒たちの表情が、一斉に引き締まった。
「例年通り、うちのクラスは『実演企画』でエントリーする。ただ……」
雨夜はそこで、悪戯を思いついた子どものように口角を吊り上げた。
「例年とは、ちょっと毛色が違うんだよねぇ」
「え、マジ?」
「なにそれ、気になる!」
「実演バトルとか?」
口々に予想を飛ばす生徒たちを見渡すと、雨夜は静かに告げた。
「今年のテーマは——『繋ぐ』、だってさ」
「『繋ぐ』……?」
「そう。それに合わせて上から、『一般の来場者も参加できる体験型の実演企画を増やしてほしい』って注文が来てんの」
雨夜は肩をすくめながら続ける。
「今年は地域の小中学生向け公開講座も同時開催だからね。ただ見て『へぇ、すごい』で終わるんじゃなくて、『霊術って面白い!』『また来たい!』って思って笑顔で帰ってもらえるような企画にしてくれ、ってさ」
「おぉー……!」
「めっちゃ面白そう!」
「子ども相手か! なんかワクワクするな!」
「子ども泣かせたら減点とかある?」
「おま、『繋ぐ』がテーマで泣かせたら本末転倒だろ」
教室中が一気に笑いに包まれる。
雨夜はそんな生徒たちの単純で素直な反応に、苦笑するように肩をすくめた。
「もちろん、安全第一。子どもが怪我をするような危険な実演は一切禁止。お前たちが学院の看板を背負って表に立つってことは、くれぐれも忘れないように」
「はーい」
返事の軽さだけは一流だ。雨夜は小さく鼻で笑うと、教卓に両肘をついて腕を組んだ。
「あともう一つ。今年も例年通り、全学年の専門クラス同士で企画の総合順位を競い合う」
その一言が投下された瞬間、教室の空気がぴんと細い弦のように張り詰めた。雨夜は一人ひとりの顔を見回す。
「もちろん、順位を獲ることだけが目的じゃない。だけど——どうせやるなら、一位を獲りに行こう」
その口元に、挑発するような不敵な笑みが浮かぶ。
「私は、そのくらい強欲で生意気なお前らの方が、見てて好きだからさ」
「当然でしょ!」
「言われなくてもトップ獲りますよ!」
「今年こそ、結界棟に勝ーつ!」
「おい、それ毎年言って返り討ちだろ!」
「うるせぇ、今年は違う!」
雨夜の言葉に、教室内が一気に沸き上がる。その熱気に満ちた光景を見届けると、雨夜は満足そうに深く頷いた。
「よし。じゃあ早速、企画会議に入るよ。今年、お前らはこのクラスで『なに』を見せたい?」
「はいはいはいはい!!」
真っ先に、成瀬がガタッと椅子を鳴らすほどの勢いで右手を高く挙げた。
「オレたちの霊力を全部注ぎ込んだ、超巨大炎龍の召喚!!」
「却下」
「早っっ!?」
「子どもが燃えるわ、馬鹿」
「そりゃそうだ!」
あちこちから容赦ないツッコミが飛び交う。だが、当の成瀬はまるで堪えた様子もなく、すぐさま次の案を叫んだ。
「じゃあ——校舎の周りを空飛ぶジェットコースター!」
「確実に事故る、却下」
「美波ちゃん、夢がなさすぎる!」
男子たちが好き勝手な案で盛り上がる中、杏奈がおずおずと胸の前で手を挙げた。
「えっと……」
「なに、野依」
「温室を借りて、子どもたちが植物と触れ合えるような……『霊術植物園』、とか」
雨夜が初めて、前髪の隙間から興味深そうに目を細めた。
「自科霊クラスのみんなが育てたお花とか、珍しい植物をいっぱい並べて……。そこに、みんなの霊術を組み合わせて、霊力で光るお花とか、音楽に合わせて踊る草とか。子どもも大人も、歩いてるだけで楽しくなるような場所にできたら、素敵かなぁって……」
「いいじゃん!」
「杏奈らしい!」
「めっちゃ癒やされそう!」
女子生徒たちから一斉に賛同の声が上がる。
しかし、成瀬は腕を組んでうーんと首を傾げた。
「いや、確かにめちゃくちゃ綺麗だし良さそうなんだけどさ。ウチって毎年派手な演出が売りじゃん? 見て楽しむだけだと、お祭りとしてはちょっとインパクト弱くね? 今年が体験型重視なら、もうちょいなんか欲しいよな」
「うーん……」
杏奈も成瀬の指摘に納得したように頷く。
「確かに……なんか、みんなで体験できるようなものがあった方がいいよね……」
教室は再び静けさに包まれた。誰もが腕を組み、机を見つめたり、天井を仰いだり、頭の中で思い思いにアイデアを転がしている。
ここでの議論はいつだって、誰かの「やってみたい」や「面白そう」という、純粋な衝動から始まる。そこへ別の誰かが「それなら、こんなのはどう?」と重ね、また別の誰かが「じゃあ、こうしたらもっと面白い」と広げていく。そんなやり方が、ここではごく当たり前になっていた。
創成棟で同じ企画会議を開いたら、全く違うアプローチになっただろう。けれど、こういう風に形にしていくやり方も、あるんだな。面白い。
青葉が小さな感銘に浸っていた、その時だった。
「——しのりんは?」

