つがいがなんだってんだ!

 ***

 昼休み終了まで、あと五分。自然科学霊術クラスの教室では、いつも通り自由な時間が流れていた。
 教室の中央では、成瀬たちが小さな炎を飛ばしては、「あっつ! おいバカ、やめろ!」と笑い声を上げている。
 その賑やかな輪から少し離れた窓際では——。

「ねぇねぇ、しのりん、伊織ちゃん。これ見てみて」

 植物操霊術の使い手・野依(のより)杏奈(あんな)が、窓辺の小さな植木鉢を大事そうに抱えながら、ふんわりと首を傾げた。

「この子ね、最近すごく元気なの」

 杏奈が嬉しそうに見せてきた植木鉢には、小さな白い花が、陽だまりを浴びて愛らしく咲いていた。

「本当だ! 綺麗ー」
「前よりたくさん咲いてるね」
「やっぱりそう思う?」
 
 杏奈の瞳がぱっと輝く。
 青葉と伊織は思わず表情を綻ばせた。

「杏奈ちゃん、この前、霊力の流し方を少し変えたって言ってたよね。ちゃんと定着したんだね」
「すごいね! それでこんなに変わるんだ!」

 杏奈は愛おしそうに花へ視線を落とした。

「しのりんが教えてくれた通りにやってみたら、本当に元気になったの。ありがとう」
「私が教えたっていうより、杏奈ちゃんが毎日ちゃんと世話してるからだよ」
「青葉も杏奈も、どっちもすごいと思うよ」
「えへへ、ありがとう。植物ってね、ちゃんと応えてくれるから」
「そういうものなの?」
「うん。この子ね、最近朝になると葉っぱを揺らして挨拶してくれるんだよ」
「……それは、杏奈ちゃんだからじゃない?」
「あはは、間違いない! 杏奈なら普通に植物とおしゃべりしてても、全然驚かないもん」
「えぇ、そんなことないよぉ」
「あるある」

 三人で顔を見合わせて、小さく笑い合う。
 その時ちょうど、生徒会での用事を終えた東雲が教室へと入ってきた。

「なぁ、玲司」

 先ほどまで男子の輪の中で騒いでいた成瀬が、東雲へ声をかける。

「うん? どうした、涼真」
「しのりん、すっかり馴染んだよなー」

 東雲は、成瀬の視線を追うように教室の窓際へ目を向けた。そこでは、杏奈や伊織と肩を並べ、小さな花を囲みながら笑い合う青葉の姿があった。
 一ヶ月前、自科霊棟へ初めて足を踏み入れた彼女は、教室中の視線に戸惑い、ぎこちなく立ち尽くしていた。けれど、今では当たり前のように輪の中で笑い、誰かの研究を一緒に喜び、誰かに頼られ、誰かを支えている。
 この教室は、もう青葉の居場所になっていた。

「……そうだな。本当に、良かったよ」
「だろ?」

 成瀬は満足そうに頷くと、悪戯っぽく口角を上げた。

「いやー、俺は嬉しいよ」
「?」
「だって見ろよ、あの癒し空間。あそこだけマイナスイオン出てね? これが目の保養ってやつだな」
「なんだそれ。しょーもな」

 東雲は思わず吹き出した。
 その時だった。ガララ、と後方の扉が開く。

「おーい、お前らー。集まれー」

 気だるげなハスキーボイスが教室中へ響き渡った。
 ヨレた白衣姿の雨夜美波が、今日もまた趣味のよく分からないマグカップを片手に、気の抜けた足取りで教卓へと歩いてくる。
 その一言だけで、教室内に散っていた生徒たちは「はーい」と返事をしながら、手元の霊術を止め、自然と教卓の前へ集まっていく。
 成瀬の掌の上の炎はふっと消え、部屋中に浮かんでいた水球もパチン、と静かに弾ける。窓辺で揺れていた蔦も、するすると鉢の中へ戻っていった。
 雨夜はマグカップを教卓へコツンと置き、前髪の隙間から一度だけ全員の顔を見渡す。

「さて——今日から正式に、『霊学祭準備期間』に入る」

 その一言が教室に落ちた瞬間、先ほどまで笑い合っていた生徒たちの表情が、一斉に引き締まった。

「例年通り、うちのクラスは『実演企画』でエントリーする。ただ……」

 雨夜はそこで、悪戯を思いついた子どものように口角を吊り上げた。

「例年とは、ちょっと毛色が違うんだよねぇ」
「え、マジ?」
「何それ、気になる!」
「実演バトルとか?」

 口々に予想を飛ばす生徒たちを見渡すと、雨夜は静かに告げた。

「今年のテーマは——『繋ぐ』、だってさ」
「『繋ぐ』……?」
「そう。それに合わせて上から、『一般の来場者も参加できる体験型の実演企画を増やしてほしい』って注文が来てんの」

 雨夜は肩をすくめながら続ける。

「今年は地域の小中学生向け公開講座も同時開催だからね。ただ見て『へぇ、すごい』で終わるんじゃなくて、『霊術って面白い!』『また来たい!』って思って笑顔で帰ってもらえるような企画にしてくれ、ってさ」
「おぉー……!」
「めっちゃ面白そう!」
「子ども相手か! なんかワクワクするな!」
「子ども泣かせたら減点とかある?」
「おま、『繋ぐ』がテーマで泣かせたら本末転倒だろ」

 教室中がどっと笑いに包まれる。
 成瀬はなおも面白そうに身を乗り出した。
 
「じゃあさ、美波ちゃん。俺ら、今年は何やんの?」

 雨夜はそんな生徒たちの単純で素直な反応に、苦笑するように肩をすくめた。
 
「もちろん、安全第一。子どもが怪我をするような危険な実演は一切禁止。お前たちが学院の看板を背負って表に立つってことは、くれぐれも忘れないように」
「はーい」
 
 返事の軽さだけは一流だ。雨夜は小さく鼻で笑うと、教卓に両肘をついて腕を組んだ。

「あともう一つ。今年も例年通り、全学年の専門クラス同士で企画の総合順位を競い合う」

 その一言が投下された瞬間、教室の空気がぴんと細い弦のように張り詰めた。

「勿論、順位を獲ることだけが目的じゃない。だけど——」

 雨夜は一人ひとりの顔をゆっくり見回した。

「どうせやるなら、一位を獲りに行こう」

 その口元に、少年のような不敵な笑みが浮かぶ。

「私は、そのくらい強欲で生意気なお前らの方が、見てて好きだからさ」

 担任からの、これ以上ない最高の発破に、教室内が一気に沸き上がる。

「当然でしょ!」
「言われなくてもトップ獲りますよ!」
「今年こそ、結界棟に勝ーつ!」
「おい、それ毎年言って返り討ちだろ!」
「うるせぇ、今年は違う!」

 教室中から一斉に気勢を上げる声が響く。その熱気に満ちた光景を見届けると、雨夜は満足そうに深く頷いた。

「よし。じゃあ早速、企画会議に入るよ。今年、お前らはこのクラスで『何』を見せたい?」

 その本質を突いた問いに、教室は一瞬だけ息を潜める。だが、次の瞬間——。

「はいはいはいはい!!」

 真っ先に、成瀬がガタッと椅子を鳴らすほどの勢いで右手を高く挙げた。

「——俺たちの霊力を全部注ぎ込んだ、超巨大炎龍の召喚!!」
「却下」
「早っっ!?」

 雨夜のコンマ一秒の容赦ない一刀両断に、教室は波打つような爆笑に包まれた。

「子供が燃えるわ、馬鹿」
「そりゃそうだ!」

 あちこちから容赦ないツッコミが飛び交う。だが、当の成瀬はまるで堪えた様子もなく、すぐさま次の案を叫んだ。

「じゃあ——校舎の周りを空飛ぶジェットコースター!」
「確実に事故る、却下」
「美波ちゃん、夢がなさすぎる!」

 男子たちが好き勝手な案で盛り上がる中、杏奈がおずおずと胸の前で手を挙げた。

「えっと……」
「何、野依」
「温室を借りて、子どもたちが植物と触れ合えるような……『霊術植物園』、とか」

 雨夜が初めて、前髪の隙間から少しだけ興味深そうに目を細めた。

「自科霊クラスのみんなが育てたお花とか、珍しい植物をいっぱい並べて……。そこに、みんなの霊術を組み合わせて、霊力で光るお花とか、音楽に合わせて踊る草とか。子どもも大人も、歩いてるだけで楽しくなるような場所にできたら、素敵かなぁって……」
「いいじゃん!」
「杏奈らしい!」
「めっちゃ癒やされそう!」

 女子生徒たちから一斉に賛同の声が上がる。
 しかし、成瀬は腕を組んでうーんと首を傾げた。

「いや、確かにめちゃくちゃ綺麗だし良さそうなんだけどさ。ウチって毎年派手な演出が売りじゃん? 見て楽しむだけだと、お祭りとしてはちょっとインパクト弱くね? 今年が体験型重視なら、もう少し何か欲しいよな」
「うーん……」

 杏奈も成瀬の指摘に納得したように頷く。

「確かに……何か、みんなで体験できるようなものがあった方が良いよね……」

 教室は再び静けさに包まれた。誰もが腕を組み、机を見つめたり、天井を仰いだり、頭の中で思い思いにアイディアを転がしている。

(……面白いな)

 もし、創成棟で同じ企画会議を開くなら——まず目的を明確に定め、その実現に必要な要素を洗い出し、予算や人員、工程を一つひとつ逆算して組み立てていくのがセオリーだ。
 けれど、このクラスは違う。
 議論はいつだって、誰かの「やってみたい」や「面白そう」という、たった一つの衝動から始まる。そこへ別の誰かが「それなら、こんなのはどう?」と重ね、また別の誰かが「じゃあ、こうしたらもっと面白い」と広げていく。そんなやり方が、ここではごく当たり前になっていた。

(こういう風に形にしていくやり方も、あるんだな)

 青葉が小さな感銘に浸っていると、不意に成瀬がこちらを振り向いた。

「——しのりんは?」