屋上から教室へ戻る頃には、朝のホームルーム開始を告げる鐘が校舎中に鳴り響いていた。
四人は足早に、それぞれの席に着く。青葉が椅子を引くと同時に、教室中の視線が青葉と東雲へ集中した。今朝の登校時、あの並木道を並んで歩いているところを、誰かしらに見られていたのだろう。
「ねえ、やっぱり一緒に登校してたよね?」
「東雲くんと篠宮さんでしょ? 正門のとこで見たよ」
「どういう関係なんだろ?」
小さな囁き声があちこちから漏れ聞こえてくる。別に責められているわけではないのだろうけれど、ひどく居心地が悪い。東雲はどうだろうか。右斜め前にちらりと目を向ける。
彼は、そんな周囲のざわめきなど耳に入っていないかのように、淡々と机の上に筆記用具を並べていた。
いや、気にしていないわけではないと思う。ただ、一切顔に出さないだけで。
たしかに、人間というものは、反応が返ってこなければ興味が冷めるのも早い。ここは下手に言い訳をして取り繕うより、素知らぬ顔でやり過ごすのが一番良いのかもしれない。……とはいえ、当事者となれば平常心を保つのも難しいのだけれど。だからこそ、その冷静さと度胸が少しだけ羨ましく、同時に少しだけ悔しかった。
東雲に倣って自分も聞こえないふりをし、黙々と鞄から教科書とノートを取り出す。それと同時に前方の引き戸がガラリと開き、「起立」の号令がかかった。
教壇に立った担任の藤田は出席簿を開き、上から順に一人ずつ名前を呼んでいく。
「東雲」
「はい」
「篠宮」
「……はい」
青葉が返事をすると、藤田は一瞬だけ、東雲と青葉を見比べた。
昨日の今日で、調月から担任や関係する教師たちへ、最低限の連絡が入っているのだろう。『二人の霊術回路が安定するまでは、必要な配慮をしてほしい』とでも言われているのかもしれない。それでも藤田は、余計な詮索をすることなく淡々と出席確認を終えた。下手に同情されたり、腫れ物のように扱われたりしないのは、正直ありがたい。
やがてホームルームが終わり、一限が始まった。始業の鐘とともに現れたハゲ山——もとい蔭山が、黒板いっぱいに複雑な術式を書きながら講義を進めていく。
自分の最も得意としている教科であり、心から楽しみにしている授業の一つだ。しかし今日は、黒板に書かれるチョークの文字が、どうしても頭に入ってこない。
集中しなきゃ。そう自分に発破をかけて黒板へと意識を向けようとするのに、左手首の番紋が小さく脈打つたびに、その熱に引かれるように、無意識のうちに右斜め前を見てしまう。視線の先では、東雲が真剣な顔つきで板書を書き写している。
今まで全然気にしたことなかったけど、字、綺麗なんだな。蔭山の言葉に小さく相槌を打ちながら、重要な箇所には、自分なりの解釈や補足まで丁寧に書き込んでいる。遠目から見てもよく整理されたノートだ。
日々の小さな積み重ねを大事にできる人なのだろう。冷静に考えれば、納得しかない。部活の主将も、生徒会長も、才能だけでは人はついてこないし、勉強だって、そう簡単に主席など獲れるわけがないのだから。
自分も、術式の勉強に関してはコツコツやっているつもりだ。だが、その地道な努力を、自分の得意分野に限らず多方面で同じように発揮できるところは素直に尊敬する。
——って、違う違う。なにしてんの、私。
授業中に、なにをマジマジと観察しているのだろう。思考を無理やりノートへ引き戻そうとした、その時だった。
コン、と消しゴムが机の端に当たり、通路へ転がり落ちる。ぼうっとしていたせいで、手から滑り落ちてしまったのだ。慌てて拾おうと身を屈めた瞬間、通路の向こうから、すっと細長い指が伸びてきた。
後方から転がってきた消しゴムに気づき、東雲はこちらを振り返る。その先には、見るからに不自然な体勢で身を乗り出している自分。目が合った瞬間、東雲はふっと小さく笑みを浮かべた。……最悪だ。恥ずかしすぎる。
「篠宮。はい」
「あ……ありがと」
「うん」
交わした言葉は、たったそれだけ。近くの席の生徒も誰一人として気に留めないほど、一瞬のやり取りだった。
けれど、受け取った消しゴムを机に置こうとして、ふと手が止まる。ケースとは違う、かさりとした紙の感触。裏返すと、そこには二つ折りにされた小さな付箋が貼り付けられていた。
東雲が? いつの間にこんなものを。
ハゲ山に見つからないよう、机の陰でそっとそれを開く。
『体調、大丈夫? 無理しないで』
「…………」
こんなもの、いつ書いてたの、とか。
なんで授業中にまで言ってきたの、とか。
突っ込みたいことは色々あるのに、当の本人は何事もなかったかのように、授業に集中している。
……なんだろう、この、モヤモヤする感じ。
気にかけてくれたのは嬉しいような、余裕そうなのがムカつくような。無性に背中を小突いてやりたくなったけど、斜め前では届かない。悔しい。自分ばっかりあれこれ動揺して、バカみたいだ。
胸の奥の微かな熱を振り払うように付箋を筆箱の奥へと押し込み、無理やり意識を黒板へ引き戻すように、ノートへ文字を書き殴った。
四人は足早に、それぞれの席に着く。青葉が椅子を引くと同時に、教室中の視線が青葉と東雲へ集中した。今朝の登校時、あの並木道を並んで歩いているところを、誰かしらに見られていたのだろう。
「ねえ、やっぱり一緒に登校してたよね?」
「東雲くんと篠宮さんでしょ? 正門のとこで見たよ」
「どういう関係なんだろ?」
小さな囁き声があちこちから漏れ聞こえてくる。別に責められているわけではないのだろうけれど、ひどく居心地が悪い。東雲はどうだろうか。右斜め前にちらりと目を向ける。
彼は、そんな周囲のざわめきなど耳に入っていないかのように、淡々と机の上に筆記用具を並べていた。
いや、気にしていないわけではないと思う。ただ、一切顔に出さないだけで。
たしかに、人間というものは、反応が返ってこなければ興味が冷めるのも早い。ここは下手に言い訳をして取り繕うより、素知らぬ顔でやり過ごすのが一番良いのかもしれない。……とはいえ、当事者となれば平常心を保つのも難しいのだけれど。だからこそ、その冷静さと度胸が少しだけ羨ましく、同時に少しだけ悔しかった。
東雲に倣って自分も聞こえないふりをし、黙々と鞄から教科書とノートを取り出す。それと同時に前方の引き戸がガラリと開き、「起立」の号令がかかった。
教壇に立った担任の藤田は出席簿を開き、上から順に一人ずつ名前を呼んでいく。
「東雲」
「はい」
「篠宮」
「……はい」
青葉が返事をすると、藤田は一瞬だけ、東雲と青葉を見比べた。
昨日の今日で、調月から担任や関係する教師たちへ、最低限の連絡が入っているのだろう。『二人の霊術回路が安定するまでは、必要な配慮をしてほしい』とでも言われているのかもしれない。それでも藤田は、余計な詮索をすることなく淡々と出席確認を終えた。下手に同情されたり、腫れ物のように扱われたりしないのは、正直ありがたい。
やがてホームルームが終わり、一限が始まった。始業の鐘とともに現れたハゲ山——もとい蔭山が、黒板いっぱいに複雑な術式を書きながら講義を進めていく。
自分の最も得意としている教科であり、心から楽しみにしている授業の一つだ。しかし今日は、黒板に書かれるチョークの文字が、どうしても頭に入ってこない。
集中しなきゃ。そう自分に発破をかけて黒板へと意識を向けようとするのに、左手首の番紋が小さく脈打つたびに、その熱に引かれるように、無意識のうちに右斜め前を見てしまう。視線の先では、東雲が真剣な顔つきで板書を書き写している。
今まで全然気にしたことなかったけど、字、綺麗なんだな。蔭山の言葉に小さく相槌を打ちながら、重要な箇所には、自分なりの解釈や補足まで丁寧に書き込んでいる。遠目から見てもよく整理されたノートだ。
日々の小さな積み重ねを大事にできる人なのだろう。冷静に考えれば、納得しかない。部活の主将も、生徒会長も、才能だけでは人はついてこないし、勉強だって、そう簡単に主席など獲れるわけがないのだから。
自分も、術式の勉強に関してはコツコツやっているつもりだ。だが、その地道な努力を、自分の得意分野に限らず多方面で同じように発揮できるところは素直に尊敬する。
——って、違う違う。なにしてんの、私。
授業中に、なにをマジマジと観察しているのだろう。思考を無理やりノートへ引き戻そうとした、その時だった。
コン、と消しゴムが机の端に当たり、通路へ転がり落ちる。ぼうっとしていたせいで、手から滑り落ちてしまったのだ。慌てて拾おうと身を屈めた瞬間、通路の向こうから、すっと細長い指が伸びてきた。
後方から転がってきた消しゴムに気づき、東雲はこちらを振り返る。その先には、見るからに不自然な体勢で身を乗り出している自分。目が合った瞬間、東雲はふっと小さく笑みを浮かべた。……最悪だ。恥ずかしすぎる。
「篠宮。はい」
「あ……ありがと」
「うん」
交わした言葉は、たったそれだけ。近くの席の生徒も誰一人として気に留めないほど、一瞬のやり取りだった。
けれど、受け取った消しゴムを机に置こうとして、ふと手が止まる。ケースとは違う、かさりとした紙の感触。裏返すと、そこには二つ折りにされた小さな付箋が貼り付けられていた。
東雲が? いつの間にこんなものを。
ハゲ山に見つからないよう、机の陰でそっとそれを開く。
『体調、大丈夫? 無理しないで』
「…………」
こんなもの、いつ書いてたの、とか。
なんで授業中にまで言ってきたの、とか。
突っ込みたいことは色々あるのに、当の本人は何事もなかったかのように、授業に集中している。
……なんだろう、この、モヤモヤする感じ。
気にかけてくれたのは嬉しいような、余裕そうなのがムカつくような。無性に背中を小突いてやりたくなったけど、斜め前では届かない。悔しい。自分ばっかりあれこれ動揺して、バカみたいだ。
胸の奥の微かな熱を振り払うように付箋を筆箱の奥へと押し込み、無理やり意識を黒板へ引き戻すように、ノートへ文字を書き殴った。


