それから一月程が経ってから、春乃の姿を見かけなくなった。学内ではいつも凛莉子に付き添っていたのに、顎を上げて廊下を歩く凛莉子の周りには取り巻きの令嬢たちしかいない。学校側から何か申し入れがあったのだろうか、と琴音は訝しむ。もともと、春乃はこの学院の学生ではない。学生の身分でない春乃が凛莉子に付き添い学内へ出入りしていたのには、ひとえに、学校側から来栖家への配慮だ。
腑に落ちないまま日々を過ごして、中庭に面する廊下を歩いていたとき。
琴音は原井の姿を見た。植木用の鋏を手に立ち尽くしていた原井は、昏い眼差しである一点を凝視していた。不意に、背中に水が伝うような感覚に囚われながら、原井の眼差しの先を追った。そこには、令嬢たちとさざめくように笑う凛莉子の姿があった。
「何をしているの?」
琴音は原井に問いかける。原井はびくりと肩を跳ねさせて、手から鋏を取り落とした。鋏は敷石の上に落ちて、危険で硬質な音が耳を打つ。
原井は琴音を振り返って、まるで幼気な迷子のような顔をした。たちまちに整った面差しが歪み、彼は自嘲するような笑みを浮かべる。いつも水晶のように冴え冴えとしている眼差しが弱く揺らめいている。
「守ると言ったのに、守れませんでした」
「えっ?」
「俺は臆病者です」
そう言い捨てた原井が地面へ膝を突く。手のひらで顔を覆う原井と目線の高さを合わせて、琴音は慎重に問う。
「……春乃さんに何があったの」
原井は呼吸をふるわせながら、この一ヶ月の出来事を話した。
話を聞いた琴音は立ち上がった。
「臆病じゃない。あなたは優しくて善良なのよ」
――あなたが愛する彼女みたいに。
「早まっては駄目よ!」
琴音は原井に言い置くと、袴の裾を翻して駆け出した。


