意思で紡ぐ文脈


 レセプションは無事に成功した。新しい旅客船の設計図は大いに評価され、風間家の次の主要事業として本格的に動き始めている。この事業の成功を足掛かりにして、次こそ飛行機へ参入するつもりだ。

 慌ただしさと綯い交ぜになるように季節が移ろい、帝都はしばらく長雨に閉ざされている。なるべく外出を控えていた琴音だったが、今日は傘を持って市街へと出ていた。風間家は風を操れるから、傘を持たずとも雨を避けることもできる。ただし、それでは人目を引いてしまうので、街並みへ溶け込むために皆と同じように傘を持つ。

 外出の目的は、先日発売された本だった。雨が止む日を待って買いに行くつもりだったが、数日を待っても止む気配がまったくないので、仕方なく雨の街へと繰り出した。足元で跳ねる水音が延々と、終わりなく続いてゆく。行きつけの書店で本を手に入れた琴音は、早々に屋敷へ戻るつもりだった。

 ところが、ふっ、と何気なく眼差しを向けた先に見知った面差しを見つけた。
 春乃だった。
 真新しい劇場の前に立つ彼女は、いつもと同じ、きっちりと髪を三つ編みにしている。だけど、いつもと違って質素で清潔な身なりはしとどに雨に濡れている。

 春乃も琴音に気づいたようだ。ぱっと表情を綻ばせて、礼儀正しく頭を下げる。春乃が持つ傘は骨が折れている。

「何をしているの?」

 こんな雨の中折れた傘で――という気持ちで尋ねた。
 春乃は、柔らかな苦笑いで答える。

「凛莉子さまを待っています」

「こんなところで?」

 春乃が立つ場所には小さな庇があるものの、雨を凌ぐにはあまりに心許ない。春乃は柔らかく苦笑いをしたまま、「凛莉子さまのお申し付けですので」と答えた。

 琴音は心底呆れる。

「彼女は何をしているの?」

「オペラを、旦那さまのお知り合いの方と」

 それを聞いた琴音は、小さく溜息を吐いて指を振った。

 大らかな風を呼んで、春乃の髪や着物を乾かす。
 春乃は目を丸くして、身体を硬直させた。けれど、さっぱりと乾いた自分の袖を見て、「すごい……」と感動した様子で呟いた。

 琴音は、春乃へと降る雨を風で弾きながら言った。

「そこのパーラーでお茶にしましょう」

 えっ、と春乃が戸惑った顔をする。

「オペラなら、あなたはしばらく待ちぼうけでしょう。私に付き合っても構わないんじゃない?」

「は……はいっ」

 春乃が緊張した表情で頷いた。琴音はふっと笑うと、春乃を伴って街角のパーラーへと向かった。