この国には、古来より異能を持つ一族があった。彼らは水や炎などの自然を操り、この国に恵みをもたらした。
それゆえに、厳しく統制されてきた。
人智を超越した力に人々は感激し、同時に、畏怖と疑念を抱いた。異能は我々を容易く害せる――だから、正しく管理を行わなければ。
異能を持つ者は管理されるべき対象で、彼らに意思や権利はなかった。国に恵みをもたらし繁栄に導くための、膨大な義務があるにも拘らず。
そんな世界があるとき一変した。
世界を変えたのは、今目の前にいるこの男の一族――炎を操る紅光家。
紅光居頼が人の好い微笑みで琴音を見ている。デパアトメントストア梅華屋の応接室で、居頼と琴音は机を挟んで向き合っている。脚を組んで長椅子にゆったりと座る居頼のすぐ側には、婦人服売り場の責任者が控えている。
梅華屋の支配人である居頼は商人らしく物腰は柔らかいが、眼差しにはいつも鋭さがある。
琴音はわざと居頼と視線を合わせず、机に並べられた色とりどりのドレスに手を触れさせる。
「これにするわ」
しばらく吟味したあとに選んだのは、上品な光沢のある漆黒のドレスだ。肩や鎖骨を同色のレースで覆う仕様も洗練されている。
「では、お包みを」
売り場の責任者がドレスを包むための紙を用意する。居頼がふっと笑みを深める。
「漆黒は貴女の白い肌を引き立たせる。最適な選択だと思います」
「ありがとう」
琴音は素っ気なく応じて、立ち上がった。
「ドレスは家までお願いね」
「心得ております。ところで、琴音さん」
居頼も立ち上がり、大らかな歩幅で歩いて琴音の隣に並ぶ。
「この後、ご一緒に食事をいかがですか」
「せっかくだけど遠慮するわ」
琴音は短く断って、応接室を後にしようとする。けれど、居頼が琴音へと手を伸ばす。
「何時になれば、お誘いに応じてくださるのでしょう」
もう何度も、思いを打ち明けているのに――そう囁いて琴音の髪に触れる指先を、琴音はぱしりと払う。
「軽薄なのよ」
居頼の指を払う手つきに巻き込まれて、琴音の髪がさらりとなびいた。
「何度も言っている通り、何時になっても私が頷くことはないわ」
そう言い切れば、居頼は気落ちするでもなくニコリと目を細める。
「俺は、強い女性は好きですよ」
暖簾に腕押しとはこの男のことを言うのだろうと琴音は呆れて、応接室を後にした。


