女性だって、意思を持たなきゃ生きていけない。
きっと、そういう時代になる。
きゃははっ、と甲高い笑い声が頭上から降る。風間琴音は水溜まりに膝を突いたまま、笑い声の主を見上げた。口元に手を当てて琴音を見下げる高貴な令嬢は、逆光の影色の中で眼差しを歪に細めている。
伯爵の称号を持つ来栖家の愛娘、凛莉子の草履は濃紫の鼻緒。琴音のブーツを引っ掛けた足先は、まるで素知らぬ佇まいだ。
「まあ、汚れちゃったわね」
凛莉子が大袈裟に気の毒そうな顔をする。凛莉子の取り巻きの数名は、もっとも質素な身なりのたったひとりを除いて、くすくすと含み笑いをしている。琴音は一切表情を動かさずに、地面を手で突き放すようにして立ち上がった。そうして、泥水に浸かった梔子色の袴を一瞥する。
「構わないわ。新しいものを買えばいいもの」
紺地に白い流線の柄を取り入れた着物に、梔子色の袴。今日の装いはそれなりに気に入っていたけれど特段に未練はない。デパアトメントストアに行けば、もっと気にいる服をいくらだって選べる。
雨上がりの、まだ湿度を含んだ風が学舎の中庭を吹き抜ける。
琴音は凛莉子に視線を向けた。桃色の生地に、古典的で豪奢な花柄の刺繍。彼女の家柄を象徴するような仕立ての着物に萌葱色の袴。足元はブーツではなくて草履。
くすっ、と琴音は息を漏らす。
「その着物、後生大事にしているみたいね。たったひとつの、替えのきかない宝物みたいに」
「なっ……」
凛莉子がたちまちに気色ばむ。琴音は笑んだまま、袂から札入れを取り出した。
口をひらいたそれを凛莉子の眼前で引っくり返せば、十数枚の紙幣がぱらぱらと水溜まりに落ちる。
「あなたも新しいものを買ったら? 差し上げるわよ」
途端、凛莉子が顔を一気に紅潮させる。
「ばっ……馬鹿にするんじゃないわよ!」
剣幕の凛莉子に対して、琴音はぱちりと瞬きをして小首を傾げた。
「馬鹿になんてしていないわ。着替えが無いなんて可哀想だから、気を利かせたつもりだけど」
凛莉子は言葉を失った様子だ。取り巻きの女たちは、オロオロと目を見合わせている。たったひとり、もっとも質素な身なりの彼女は、いつものように真摯な眼差しで琴音を見つめていた。
凛莉子は肩を振るわせて、大股で琴音に詰め寄った。
「この……ただの成金のくせに! 卑しいのよッ!」
「そうね、あなたはとっても高貴だわ」
琴音はにっこりと笑うと、「ごきげんよう」と会釈をしてその場を後にした。


