終電の殺し屋

 話の続きは駅のホームのベンチで行うことにした。死にたい、殺したいではなく、逃げたいという気持ちが強そうなのでようやくホームで話ができる。最初会った時のような放っておくと線路に飛び込みそうな雰囲気はなくなっていたから。
 こいつの問題は、頭がいいくせに思考がロックされがちなところだ。死にたいと一度思ったら、問題を解決するためには死ぬしかないと思い込んで他の方法を選ばない理由を探してしまう。
 しかし、ようやく死ぬ以外の方法もあると説得できたのでこの調子だ。
「4番って、誘拐ってことですか?」
「まあ、そういうことになるな」
「大人に頼んで誘拐してもらうのって、卑怯ですか?」
「御堂くんに、卑怯だって言われたの?」
 そう言うと静かにうなずいた。
「先生にチクったり、大人になんとかしてもらうのは卑怯だって」
 また、思考ロックがかかっている。未希の時にも思ったが、長期にわたって破壊された人間は反撃する気力を失い、何かと理由をつけて現状維持を選ぶ。
「ぼくはどうしたらいいんでしょうか」
「それは君が決めることだよ……って言いたいけど、時間は無限にあるわけじゃない。タイムリミットを決めよう」
 目の前の電車を指さした。
「君は好きなタイミングでお家に帰っていい。寝て起きたら、いじめっ子たちはいなくなってる。4番の選択肢を選ぶことになる」
 何も問題がない。これを選ぶべきだ。
「でも、電車に乗るチャンスはあと3回だけだ。終電が行ってしまったら、君は家に帰れないから、自動的に2番の選択肢を選ぶことになる」
 どこかで席をたって、自分の足で電車に乗らない限り、“高遠原晴翔”は死ぬ。
「そうしたら、ぼくはどうなるんですか」
「弟にしてやる。責任もって面倒見てやるよ」
 あえて、家に帰る選択肢を勇気がいる方にした。恵まれた家庭に生まれたんだろ。両親に愛されてるんだろ。それでも、戦う勇気が持てないというならその根性叩きなおしてやる。
「お姉さんの弟?」
「そうだな。そうしたら、君の名前は明日から殺し屋権兵衛」
「えー、それはなんかいやだ……」
 年相応の表情で焦っている。そうだ、せっかくかっこいい名前つけてくれるパパとママがいるんだからそこに帰れ。
 電車が一本過ぎ去った。ホームに酔っ払いの親父とそれを支える若者がやってくる。
「ったく、酒弱いくせに飲みすぎなんだよ」
 若者がぶっきらぼうに吐き捨てる。
「許してあげて、お父さん嬉しいのよ。あなたがあんなに素敵なお店に連れて行ってくれたから」
 そばにいる女性も少し酒気を帯びているように見える。
「まあ、せっかくの銀婚式祝いだからね。体壊したら元も子もないから明日からは飲みすぎんなよ」
「おまえええ生意気になったなあああ。立派になりやがってえええ」
「おい、親父。公共の場なんだから静かにしろよ恥ずかしい」
 両親の銀婚式に給料で食事をごちそうした若手社会人。憎まれ口をたたき合いながらも和やかな雰囲気が漂う家族だ。
 晴翔はじっと彼らを見つめていた。彼らは次の電車に乗り込んでどこかへ去っていった。
 沈黙が流れる。次が最終電車だ。痴漢やスリを取り締まるポスターを指さして、わかりやすい言葉で説明してやる。
「君が漢字読めるかわかんないけど、人に嫌な事すると警察に捕まって牢屋に入れられますよって書いてある」
「嫌なことって、いじめとかですか?」
「そうだね。大人はいじめをすると牢屋に入れられることもある。でも、日本には少年法ってルールがあるから、子供を牢屋に入れられない。牢屋って何のためにあるかわかる?」
「悪い人を反省させるため?」
「そう。警察は悪い子供を反省させることができない。だから、警察の代わりに犯罪をした子供を捕まえて反省のための場所に連れていく。でも、それをしようとすると頭の固い大人がダメですって言うから、死んだことにする。それが終電の殺し屋の仕事」
 更生の余地のない大人は雑に扱うが、更生の可能性がある子供は真人間になるように専門施設に入れる。
「つまり、殺し屋さんは警察なんですか?」
 斜め上の解釈をされた。でも、嘘も方便だ。
「そんなところかな。さて、選択の時間だ。警察と一緒に悪と戦うか、全部捨てて逃げるか。未来は君次第だよ」
 そういった瞬間、ホームに風が吹き抜ける。最終電車が到着し、扉が開いた。晴翔は椅子から飛び降りて、電車へと駆けていく。軽やかなステップを踏んで電車に入ると、こちらを振り返った。
「おうちに帰ります。ぼく、戦います」
 さて、警察と言った手前、警察らしく振舞うとしよう。
「送っていくよ」

 晴翔の家の最寄り駅のトイレで、警察の格好に着替える。
「うわー、本当に刑事さんだったんだ」
 そんなわけがない。警察は敵だ。だからこそ、彼らに擬態することで身を守る手段を身に着けているだけだ。
「優しくしてくれて、ありがとうございました」
 優しくした覚えはない。痛みに寄り添ったつもりも、苦しみに共感したつもりもない。どちらかというと塩対応だったと思う。
 晴翔の家まで行ってインターフォンを鳴らす。
「警察です。お宅のお子さんを保護しま……」
 言い終える前に両親が猛ダッシュで玄関から出てきた。
「晴翔!」
 ものすごい勢いで母親が晴翔を抱きしめた。
「思い悩んで街を徘徊していたところを保護しました。親御さんが忙しくて遠慮してたみたいですが、相談したいことがあるそうですよ」
 そう言い捨てて、親子水入らずの場を邪魔しないようにその場を後にする。晴翔の心の傷に寄り添うのは両親の役目だ。これから先、悩んだ時に相談すべき相手は両親だ。
 もう彼と会うことは二度とないだろう。

 物陰で警察の変装をやめ、何事もなかったかのように駅前の交番近くを素通りする。
「捜索願が出ていた男児ですが、無事保護されました」
 無線機で警察が連絡を取り合っていた。親のどちらかが家に帰って晴翔がいないことに気づき、すぐに通報したのだろう。ほら、愛されている。

 家出少年の希死念慮に付き合っていたら終電を逃してしまった。ターゲットの家をこれから回らなければならないのに。仕方がない、終電を逃した時はタクシーと相場が決まっている。
 見計らったように、目の前に車が止まった。運転手に向かって冗談めかして手を挙げる。
「ヘーイ、タクシー」
「なーにが、ヘーイ、タクシーだ。ったく、本当に老人使いが荒いな、セイは」
 じーちゃんが苦笑する。
 夜は長い。今夜は久しぶりの大仕事になりそうだ。