終電の殺し屋

「今回の依頼者・カレンなんだが、事前に請け負っていた依頼者・キラトのターゲットでもあるというわけだ。もう、そのまま殺してしまって構わない」
 政界・財界の人間は、恨みを買ったり買われたりの世界だ。つまり、依頼人AのターゲットBから、ターゲットCを殺してくれと頼まれるなんてケースもあったりする。しかし、民間人でもごくまれにそういう事態は発生する。
 キラトもカレンもきらびやかな名前をしているが、芸能人でもセレブ外国人でもなんでもない。ただの三流ホストと場末のスナックで働く中年ホステスの源氏名だ。
 キラトはストーカーと化した厄介客のカレンを殺してほしいと頼み、カレンは大金をつぎ込んだのに裏切ったキラトを殺してほしいと頼んだ。つまり、相互に相手を殺そうとしているが、同業者が請け負う案件に比べるとはるかにスケールの小さな揉め事だ。
「で、じーちゃんはキラトの方の味方ってわけだ。女の人の方が、死体の用意しやすそうなの? それとも金払い?」
 仕事上の都合が理由だと思い確認してみる。
「いや、今回は本当に殺してもいい。好きにやれ」
 殺さない殺し屋、それが終電の殺し屋のポリシーだったはずだ。
 確かにどんな生物も生死不問で捕らえるよりも生け捕りの方が難しい。でも、格闘家の男ならともかく不健康な女を相手にてこずるとも思えない。油断するなと言うことだろうか。
「キラトの方は俺がやる」
「えー、じいちゃん体大丈夫? 年寄りの冷や水には気を付けてね」
「ほんっとに生意気なガキだな。まあいい。で、終わったら現場に呼び出す予定だ。だから、お前は無理そうだったら途中で引き上げても構わない。女も俺がやる」
「カレンってそんなにやばい女なの?」
 レディースの総長を生け捕りにしたことならあるし、政治家の男のSPと戦ったこともある。それより厄介だとは思えない。街中でいきなり銃をぶっ放すタイプの狂人なのだろうか。
「こいつリピーターなんだよ」
「ふーん、いつ頃? 誰を?」
「ありゃ何年前だったかな……お前を拾ってから一年位たってたから、っつーと十二、三年前ってところかな。相手はお察しの通り元カレだよ。自分を裏切った男を一家もろともやってくれって言われてな」
「だいぶやばい女だな……」
 とはいえ恐れることはない。猟奇的な趣味の女ではあるが、殺しの現場に居合わせているということはアリバイ工作が目的ではない。男を殺す身体能力や技術がないから、殺し屋に依頼をしているということだ。
 深く考えすぎずに行こう。大丈夫。相手が武器を持っていた時の対処法は一通り学んでいる。

 任務当日、都内某駅。待ち合わせ場所は駅前広場の中央にある木の下。
 じーちゃんが送ってくれたカレンのプロフィールはところどころ情報が欠けていた。39歳。出身地、大阪府。一年前に上京。前回の依頼のターゲットは元恋人。多額の金を貢いだにもかかわらず、相手が妻子持ちであることを隠していたことに腹を立てたのが動機。顔写真も本名もない。データくらい残しておけよ。裏方仕事はじーちゃんの仕事だろ。
 ため息をついて、女を待つ。ついでにキラトのプロフィールも確認。こちらは写真付きだ。20歳、ホスト。犯罪歴なし。父親は不明で母親とは昨年死別。
 今回の依頼とは直接関係がないが、十二、三年前にカレンが殺害を依頼した相手の男についての情報にも目を通した。名前空欄。当時、三十歳で七歳の息子がいた。本人に前科あり。妻に前科なし。一家ともども世間的には行方不明→現在は死亡扱い。

 少ししてピンク色のキャバ嬢ドレスに身を包んだ女が来た。
「あの、もしかしてここで待ち合わせしてます?」
 ドクン、と心臓が鳴った。カレンだ。間違っていたら困るので、いきなり「殺し屋ですか?」とは聞いてこない。二回目だからこなれているのだろう。
 スマホから顔をあげてどんな面をしているのか拝んでやろうと思ったが、この女に話しかけられてから冷や汗がとまらない。本能で恐怖を感じている。それほどに猟奇的な女なのだろうか。恐る恐る女を見た。曇って星も月も見えない夜の暗がりでも、はっきりと分かった。忘れられるはずのない顔。

 本名・桃山真知子。生き別れた母親だ。