化学部の松村部長は、人嫌いなくせに俺には甘い

 「井上君、ちょうどよかった!ごめん、こっちきてー」
 ショートホームルーム後、クラスメイトの女子達に呼びかけられた。

 ――普段関わらないのに、なんだろう

 「井上君、松村部長と仲がいいでしょ。これ渡しておいて欲しくて」
 大きめの厚紙を手渡される。
 そこには、真ん中に『私達は松村部長に抜け駆けしません』と書いてあり、周りを円形で囲むように、それぞれ1年女子全員の名前がたくさん書いてある。

 (なにこれ……)

 「先輩から渡されたミカも大変だよ。松村先輩人気ですよねって言っただけでこれ渡されるもん」「崇めることすらできないとかホントないわ」と女子たちが口々に不平を漏らす。
 台紙を受け取った手がじんわり冷や汗をかくのを感じる。なにこれ。

 俺は聞かなくてもいいのに口が滑ってしまったのだった。
 「ちなみに、これ破ったらどうなるの?」
 「そりゃあ、上級生からの制裁だよね。でも1年と3年は仲悪いからいい機会だよ。これを使って絶対やりかえす!」
 女子たちはそれぞれ勇ましく片腕をあげ鼓舞しあう。その中のミカと呼ばれていた子がこっそり俺を教室外に連れ出す。

 「私、生徒会役員だから松村部長と接点あるんだけど、会うたびに井上君の自慢をしてくるんだよ。今日も井上は可愛すぎる~って。実はあの台紙も、部長と仲が良いからって井上君も書かされそうだったから回避させたの」
 「人を好きになるのに自由がないなんて嫌じゃん。私は井上君を応援してる」と、とってもきれいな笑顔を向けられた。

 結局のところ、現時点は上級生の要求をのむみたいでタイミングを待つらしい。松村部長との伝手が一番ある俺に白羽の矢が立ったみたいだ。ミカと呼ばれた子は本当につらい役回りでごめんねと謝ってくれた。

 (真っすぐに感情をぶつけることが出来るってすごい)
 自分の好意に気が付いて、気持ちの整理をつけ勇気を出して相手に伝える。俺にはそんな彼女たちのような純粋な熱量を持てるのだろうか。
 松村部長は傍から見ても驚くほど俺を構ってくる。それは、俺が安全圏だからで。
 でも、俺は部長に構われるたびにうれしさと、恥ずかしさと、特別ではないかもという寂しさが押し寄せる。

 ――俺の部長に対する感情って何なんだろう

 渡り廊下を部活に急ぐ生徒の足音がひびく。
 実験室横の控室に入ると普段はいないのに松村部長おり、すぐに駆けつけてくれた。
 「井上、どうした?ひどい顔色してる」
 台紙の事情を詰まりながら伝えて、クラスの女子たちに責任はないと説明をする。
 「つらかったな」と、松村部長が手をしっかり握ってくれる。じんわりと緊張で冷えた手が温まる。
 「部長がしんどいときにこんな……、ごめんなさい」

 部長の顔を直視することができない。俯いて見つめていた台紙が視界ごとぼやけていく。
 にじみ出た涙を袖で拭くと「せっかくきれいな目元が赤くなるだろ」とティッシュで拭ってくれる。

 松村部長は俺をそっと抱き寄せて、背中をポンポンとあやすので、俺は部長の肩口に頭をうずめる。
 (落ち着くいい匂いがする……)
 「話してくれてありがとう。俺は井上が頼ってくれたことが一番うれしい」
 俺の頭にトンと部長は頭をくっつけて、部長の柔らかい髪と俺のさらさらした髪が交じり合う。

 ――部長はいつも優しい。俺は部長の優しさと不器用な性格含めて好きなんだ。
 ずっと絡まっていた糸がするすると解けたようだった。

 俺はいつも周りの望むように気をつけて行動するタイプだけど、松村部長の優しさに甘えるばっかりじゃだめだと決意した。