化学部の松村部長は、人嫌いなくせに俺には甘い

 オープンスクール準備のため部活の無い日でも集まる機会が増える。今日も部活の日ではないけれど、6限終わりに実験室手前のコモンスペースに集まることになっていた。

 (部長に手伝って貰って何とか案は出たけど、これで良いのか不安になってきた……)
 廊下にある窓を見ると不安が移ったかのように小雨が降り始めている。

 開始時間よりまだ早いけど、既に先輩がホワイトボードに案を書き始めていた。
 「あの、俺何か手伝いましょうか?」
 「ホント?すごい気が利くね」
 じゃあ、お言葉に甘えてとボードペンを渡す中村先輩は3年生で、松村部長といつも部活でよく一緒にいるのを見かける。

 「オープンスクールの案なんですけれど、進捗どうですか?」
 「今集まってる分だけだけど、親御さんの印象を考えると難しいね」
 みんな頑張ってはいるんだけどねと先輩は苦笑をする。

 「私たちは合成染料を推すけど、めっちゃ服につくから親御さん発狂しそうだし」
 「男子はウイスキーの蒸留とか言うし、そもそも親来るのに酒はないでしょって感じでまとまってないんだよね」
 女性の先輩たちが俺にビスコを渡しながら混ざってきた。

 (折角部長が手伝ってくれたんだから、言わなきゃ……)
 意を決しておずおずと片手を挙げる。
 「俺も、一応案を持ってきました」
 「考えてくれたん!?入ってすぐなのに、偉すぎ!」
 発表前なのに既に女性の先輩たちがパチパチ拍手をしてくれる。

 「小さい子も来るならこういう物を作るのも良いかなって……」
 そっと買っておいたオイルチャームを取り出す。

 「確かにお子さん受けしそうだよね。お土産にもなるし」
 「材料も水と油だったら手に入りやすいし、危なくないよね」
 女性の先輩たちはふむふむとチャームを揺らして確認する。

 (でも、問題があるんだよな……)
 表情に出ていたのか、中村先輩が「悩んでることでもある感じかな?」と覗き込む。

 「結構作業が簡単だから尺が持たなさそうだなって思っていて。松村部長には比重で進行したらどうかとは言ってもらっているのですが」
 と伝えると「あ〜確かに」とマーカーを頬に当て一緒に考えてくれる。

 ほんの些細な事なのだろうけれど、今までは周りに合わせるばかりだったから自分の意見で話が進むなんて考えたこともなかった。

 (部長のおかげで、何だか今までの自分とは違う所にいるみたい)
 椅子に座りながら、じーんと小さな幸せを噛み締める。

 「どう進んでる?」
 遅れてきた松村部長は俺の後ろに回って、立ったまま後ろから腕でギュッと抱えた。
 「部長、俺の頭をあご置きにしないでください……」

 後ろから回された部長の腕をポンポン叩くと、なんでよと言いながら余計ギュッと腕の力を強める。
 一緒に出かけてから部長との距離感がますます近くなったのだった。
 (気を許した相手には近いタイプなのかな?)

 「比重だけでは尺が難しいかも、みたいな感じです」
 それを聞いて、松村部長は中村先輩に話を振る。

 「あれでいいんじゃない?比重の差があっても混ざる物があるとか」
 「水とエタノールは極性が似ているから混ざるってかんじかな」
 (なんだか難しくて、頭がクラクラしてきた……)
 「そんなのあるんですか」とおずおず聞くと、部長は俺を抱きしめたまま答える。
 「似た者同士は溶け合うってやつ。“Like dissolves like”っていうかな。極性が似ていると混ざるんだよ」
 ガム噛んだまま、チョコを食べたら溶けるのも同じ理由だなと言ってくる。
 (何だか嫌な予感がする)

 そっと見上げたら部長は不敵な笑みを浮かべている。
 「やってみる?」
 「し、しません」と自分の口を両手で覆った。ほっといたら俺の口にガムとチョコを放りこまれそうだ。

 松村部長に遊ばれている間に、話が進んでいたのか「いっそ乳化までやるか」とほかの先輩たちも言い出した。
 乳化って、水と油のように本当は混ざらないものが混ざることだよね。

 「井上、乳化は日常にどんなものがあると思う?」
 松村部長に突然振られてビクッとしてしまった。あごを置いていた先輩にもビックリしたのが伝わっているんだろうな、恥ずかしい。

 「は、ハンドクリームとか?」
 「そうそう。よくできました」
 俺の頭をゆっくりなでる。久々に撫でられたことに、なんだかうれしくなった。

 最終的に、オープンスクールはオイルチャームとハンドクリーム作りになった。
 先輩の手が、前より少し手荒れしているから思いついた事は秘密だ。
 (それだけ実験が増えていて、忙しいってことだよね……)
 もし、作成で余ったら部長にあげようかな。