化学部の松村部長は、人嫌いなくせに俺には甘い

 「入るか、井上」
 「はっ、はい!松村部長!」
 ごくりと緊張で生唾を飲み込む。

 俺たちは、店内がピンクでキラキラと女子高生があふれ返るキャラクターグッズショップに来ていた。隣をこっそり確認すると、部長はすごい引きつった顔をしながら丸いサングラスをかけ直している。

 (彼女とかと来ていそうなのに、意外かも)

 「部長、今日の服装、すごい気合いが入ってますね」
 「いやこれ武装だから。女子がわんさかいる所にシラフとかムリ」

 部長の私服は半袖の黒色のワイドシャツにワイドパンツをあわせて、丸いサングラスをかけているので、普段より凄みが3割増なのだった。

 そんなオラついた部長は「やっぱり井上が先入って」と後ろから俺をグイグイ押し入店させようとする。長身なのに部長より身長の低い俺を盾にして背を丸めているのだった。隠れているつもりなのかな。
 ポップな店内音楽とザワザワ多くの人が行き交う中、松村部長が通ると明らかにお客さんがしっかり道を開けてくれる。そして部長を見ては「芸能人じゃない?」「顔面偏差値高すぎ」とか色々言っているのが聞こえてくる。

 (あきらかに店内から浮いている……)

 取りあえず目的を果たすためエスカレーターに乗り、女子向けのグッズ売り場に向かう。
 「井上、この辺じゃない?」
 しゃがんで、白くてふわふわしたネコのぬいぐるみをおそるおそるも持つ厳つい見た目の部長はあまりにもアンバランスでギャップがすごいので何だかおかしくなってきた。
 「ふっ」と小さく笑うと、聞こえていたのか「どうした?」と言われる。
 「忙しいのに付き合ってもらってすみません」
 そう言うと、部長はぬいぐるみの毛並みを撫でながら「あー」とか「んー」とか煮え切らない返事をした。

 「お前、悩みだすとすげー1人で抱えそうだからね。生真面目だし」
 「ちょっとは頼ってくれてもいいんじゃねーのかなって思って」

 (人嫌いって聞いていたし、本当はこういう場所も苦手なんだろうな。部長なりの気遣いで連れてきてくれたって事かな……?)

 お礼は言いたいけど、最近の俺でからかって遊んでいるのを思うとそのまま言うのもなんだか癪だったので、部長の隣にしゃがみ込み肩同士をとんと当ててみる。
 「んー?」
 「部長にお礼を言うべきか、言わないかで迷ってるんです」
 そこは言えよ、と笑いながら俺の肩をグイグイ押しもどす。

 ふと、下から3段目のキーホルダーが光って見えたので手に取る。
 「これとか綺麗じゃないですか?」
 キーホルダーは、星形のクリアケースに青色の液体とヤシの木にバカンスをしているさっきのぬいぐるみのネコがぷかぷか浮いていた。

 「オイルチャームってやつだな。水と油で分けてる」部長がのぞき込む。
 「これって比重の差を使っている感じですよね」
 「それもある。あとは極性の有無で混ざらないかな」
 「む、むずい……」

 まだ習ってないんだし、急がなくていいよと言いながら部長がキーホルダーを斜めにすると、中の青い液体がゆらりと動く。バカンスをしているネコはやっぱりのんきにプカプカ浮いていた。
 ***
 歩き疲れたので、カフェでひと休みをすることになった。
 注文の品を受け取りに部長が行っている間にさっき買ったオイルチャームを取り出す。
 これぞっていうアイデアが思い浮かばずに、机に突っ伏してバカンス中のネコに「のんきでいいな」と愚痴をこぼす。目の前に冷えたグラスが置かれた。
 「奢ってもらった上に運んでもらって、ありがとうございます」
 「どーいたしまして」
 部長は、ミルクが下でコーヒーが上の2層に綺麗に分かれたカフェオレを頼んだみたい。対面で椅子を引いて座る。
 「案は井上の方がいいかもな」
 「俺はもう何がいいのかさっぱりで、煮詰まってきました」と突っ伏したまま答える。
 ほらまた一人で悩み始めたと言っておでこを指で弾かれた。痛い。
 「子供向けなら比重でいいと思う。分かりやすいし」

 比重とは、標準においた物質の密度と同じ体積の時の密度を比べること。液体の場合の標準密度は水の1だそうだ。

 「例えば、これとかもそうだろ」と言ってカフェオレを指で弾く。
 「ミルクにガムシロップを混ぜて密度を重くして下。コーヒーは水に近いから、軽いものは上って感じできれいに層が分かれている」

 解説が終わると早々にセパレートに分かれたコーヒーを気にせずストローで氷と一緒にがしがし混ぜる。

 「部長って意外とガサツですよね。実験の時は手先が器用なのに」
 「あ?やんのか、コラ」
 「その見た目でそれ言うとシャレにならないですよ」

 何だかんだ、不器用なりに気遣ってくれているんだよなと思う。わざわざ休日に時間を作って苦手なショップに付き合ったり、悩んでいたらフォローしてくれる。分かりにくい優しさなんだろうな。

ゆったりとした店内音楽が流れる中、松村部長は肩肘をついて俺の手元を見つめる。
 「井上はさ、最初俺のこと怖がってただろ。実験で、勇気出して質問してくれたんだなって分かってうれしかった」
 「質問する人あんまりいないんですか?」
 「いないよ。威圧感からか聞かれないし。質問をだしに彼女とか俺の情報を聞きたがる奴とかはいるけどね……」
 あんま、そういうの好きじゃないから、とぽつりと松村部長はこぼす。

 「俺は、俺自身の性格を変えるのは難しいけれど。もっと化学になじみのない人でも親しみを持ってほしいとは思っている。だから、勇気を出して井上が踏み込んできてくれたことがだいぶうれしかった」
 ありがとう、といい目元をくしゃりと笑みを浮かべた。

 まっすぐな言葉に、気恥ずかしさからブラッドオレンジティーに乗っかった薄切りオレンジをストローでつつく。

 「俺は、もっと綺麗な色が見てみたかっただけで……」
 (でも、それだけじゃなかった)
 「先輩は最初は怖かったけど、教え方は分かりやすかったし。器具の扱いから、とても試行錯誤してここに行きついたんだなって。そういう所、俺は尊敬しています」

 器具一つ使うにもコツがあって、本当の値の正確さを出すのは授業時間や部活の時間だけでは到底足りない。

 何のためにこの器具を使うのか、どうしてこの秤量なのか、この溶媒を使うのはどういう効果を狙って組んだのか、時間は、温度は、化学はひとつひとつにちゃんと意味があることを部長に出会ってから意識するようになった。

 松村部長の目をまっすぐ見ると、お行儀悪く肘をついて口元を手で隠していたが、髪から覗く耳が赤かった。

 「照れてます?」
 「おまえ、言うようになったね……。ストレートすぎてすごいわ」
 ふふっと、笑みがこぼれる。普段から揶揄われる事の仕返しができたようでうれしい。
 「絶対にオープンスクール成功させましょうね」

 俺は、グラスで冷えた先輩の小指を取って小学生みたいな約束を交わした。