化学部の松村部長は、人嫌いなくせに俺には甘い

 中間考査が終わり、テスト返却で周りが一喜一憂するなか部活動が再開する。
 かくいう俺も化学部に強制参加なわけで、この時期からの入部に白い目で見られないかと緊張していた。

 「じゃあ、井上君の入部は部長推薦なんだ」
 「あんまりないですか?」
 「一度もないよね、松村部長人嫌いだし。顔が良いから入部希望者が増えて困ったからうち面接あるもん」
 「化学にちゃんと興味があって、真剣に取り組む人しかいらないって感じだもんね」
 一緒の班においでよと入れてくれた2年の女性の先輩2人はそう言いながら、持ち合いで買ったお菓子を机の上に広げていく。

 今日はミーティングだそうで、実験室より手前のコモンスペースに集まっている。

 「つまり、それだけ選ばれるのは凄いってことだよ」
 「1年は井上君だけだし。めっちゃ貴重」
 お菓子どーぞと言って、もらったジャガイモのスナックをお礼を言って口に運ぶ。
 ――そう、1年が一人もいないのだった
 俺は、特段化学が得意というわけじゃないのに場違いじゃないかと思い始めスナックのカリカリした触感とともに、若干の不安感を飲み込んだ。

 (なんで無理やり部活に入れさせられたんだろう……)

 議題は、7月上旬に開催するオープンスクールについてだった。ホワイトボードに思ったことをそれぞれが書き込んでいく。
 「うちの学校はこの辺じゃ進学校だから熱心な親御さん多いよね」
 「毎年大体スライム作りとか葉脈のしおり作りだし」
 「ちょっとマンネリかなぁ」

 どーしよねーと、女性の先輩はバリっと大袋のチョコレート菓子の袋を開けた。
 ハイどーぞ、にっこり笑ってビスケット型のチョコ菓子を渡される。
 「あっ、ありがとうございます!」
 「初々しいねぇ」
 「1年はいいねぇ、若いって感じだもんね。お礼言えてえらい!もう一枚あげちゃお」
 ねーと、肘をついて先輩たちがお菓子をつつきながら笑いあう。

 (優しい人が多い)

 さっきまで不安だったことがウソみたいに、じーんと感動していると「何の話してんの」と言って松村部長は俺の横に椅子を引いて座った。なぜこんなに腕同士がくっつくほど近い距離に居るのかは分からないけれど。
 「部長また遅刻ですよ」
 「ごめんごめん、オイルバスの温度が上がるの待ってて遅れたわ」と宥めながら松村部長はお菓子に手を伸ばす。

 「今は、オープンスクールの案出しをしています」
 「井上は1年だから初めてだよな」
 そうですねと返事をしながら、そっと松村部長の横顔を伺う。チョコレートを口に運ぶだけでこんなに様になるのは凄いな。
 何だかヨーロッパの真っ白な大理石の彫刻みたい。

 (前は緊張で気づかなかったけどモデルって言われてもおかしくないかも)

 「そういえば、さっき山ちゃんが張り切ってたな。今年は市から視察が来るって」
 それを聞いて周りがざわざわし始める。
 「毎年同じなのはマズくない」とか「これでオレのモテ期が来る」とか各々士気が上がっていく中、当の部長はのんきに次のお菓子を選ぶ。

 伏し目がちで端正な横顔に見とれていると、パチっと目が合ってしまった。
 「どした?井上、グミいる?」
 「えっ」
 見ていたことがバレて焦っていたら、先輩の指が伸びてきて口元にグミが当てられる。食べないわけにもいかず、躊躇いながら口に入れる。

 スティック型の透明なグミは、外側が固く、パキッとかむと中は柔らかくて甘い桃の香りが口いっぱいに広がった。

 「おいしい、です」もごもごしながら答えると
 「よかったなぁ」と目尻を細めて俺の頭をゆっくりと撫でる。
 (なんでこんなに構ってくるんだろ)
 そろそろ周りがギャイギャイ白熱し始めたのを止めるため、松村部長は一人何案か持ち寄ることを提案して今日は解散となった。

 「案、井上ならいいのが出ると思ってる。楽しみにしてるから」と部長は俺に耳元で言って去っていった。

 (なんだかなぁ。恋愛的な誤解を生みやすそうな人だな)

 じんわりかかった期待に自分の耳が少し熱を持っているのを感じ、耳が隠れるように髪を整える。
 窓の外からは、いくぞぉー、とった、フライフライとソフトボール部の掛け声が聞こえた。