化学部の松村部長は、人嫌いなくせに俺には甘い

 土曜日のオープンスクール当日。
 平日とはちがう休日特有のゆったりとした空気が漂う中、学校内は朝から他の部活も準備や部室の掃除があるようで何だか忙しない。

 実験室も同様で、先輩たちは使用するワセリンと界面活性剤などを取りに行っている間に俺と中村先輩は来客人数分のビーカーと説明資料を机に置いていく。
 「今日って来客何時からだっけ」
 「十時からですね」
 中村先輩はハンドクリーム作成用に使う恒温水槽の具合を確認しながら「まじかー、もうすぐじゃん。緊張するわー」と既にぐったりしている。

 使用器具の設置が終わったので温度計が割れていないか黄色いプラスチックキャップを開けて中を確認していく。
 (あれ、固くて開かないな……)
 「あの、すみません、開けてもらっていいですか……」
 俺じゃ固くてと言うと、すごい笑われた。
 「温度計の蓋が開けられないとか、女子より握力ないじゃん」と中村先輩はひーひー笑いながら言った。
 「こういう甘え上手な所が、松村は気に入ってるんだろうな」
 「そうですか?」
 そーだよと、慈愛を含んだ口調で中村先輩は答えた。
 ***
 オープンスクールは事前の部活訪問希望者数が予想より多かったので、例年1回の所を午前と午後の部の2回に変更になっている。
 (後は午後の部だけだから、気を引き締めていこ)

 それぞれの実験机に学生が配置され手伝うことになっている。俺の担当先は中学生とその親御さんだった。
 中学生の子がおそるおそるパスツールを使いそっと油層を作っていく。
 「どうですか?」
 「そうそう、上手だね。じゃあ作った油層を恒温水槽であたためようか」
 (きっと後輩が出来たらこんな感じなのかな。松村部長から見た俺はどうだったんだろう)

 待ち時間で、サンプルボトルに入った透明と青色の混ざらない溶液を眺めていた中学生の子が「あのっ!」と俺に声をかける。
 「私、ここの学校を目指していて。先輩の面倒見がいいって聞いたんですけど実際どうですか?」
 すごく勇気を出して聞いてくれたんだろう。ボトルをぎゅっと握っている。
 「俺は1年で入学してそんなに日は経っていないけれど、部活で接する先輩たちはみんな優しい人ばっかりだよ。部活外で悩むことがあってもいつも真剣に一緒に考えてくれるよ」
 そうだ、部活に入って日が経っていなくても、どの人も親身になってくれた。
 俺は今まで自分から動くことが怖かったけど、ここに来てから踏み出す勇気をくれた人がいた。
 「君が入学したらそんな先輩に出会えると思うし、俺もそうすると思う。会えるのを楽しみにしているね」と伝えると、とても元気に「はい!」と答えてくれた。

 実験室の窓から見える空はとても澄んでいて、校庭の樹が揺れている。
 そういえば初めて松村部長に教えてもらった日も同じ席だった。

 ハンドクリームを作り終わり、中学生の親御さんが俺を引き留めてこう言った。
 「娘、本当は化学が苦手だったんです。でも、こんなに実験が楽しいって知らなかった。絶対合格して、私はここの部活入るんだって言い張っていたんです」
 丁寧に対応していただいて、本当にありがとうございますとお礼を言って帰っていった。

 (これは、本当に伝えるべき人に言わなくちゃ)

 化学に親しみを持ってほしいと一生懸命慣れないことでも頑張るあの人に。