演劇部の俺様ルーキーと期限付きで付き合うことになりまして

 「待ったか?」


 「おー、待ったぞ」


 「何お前、まだ拗ねてんのかよ」


 「いやだから、最初から拗ねてねぇって!」



 突然の電話から約2時間後。
 俺と如月は、目的地の最寄り駅で待ち合わせをしていた。


 いや~、それにしても。


 (やっぱモテるなぁ、こいつ)


 先ほどから周りの女性たちの視線が突き刺さってしょうがない。
 通りすがりの女性たちが、さりげなく、しかし確実に如月を見ていくのがわかる。


 当の本人はというと、そんなの視線をまるで気にした様子もなく、普通に俺に話しかけてきている訳だが。


 (いや、慣れすぎだろ……俺は、めちゃくちゃ気になるんだけど!?)


こういうのは、多分日常的に浴びていると感覚がバグってしまうのだろう。
多分。



とはいえ、まぁ視線を集めるのも納得ではある。


今日はいつも以上に仕上がっていた。


オーバーサイズのシャツが風に揺れ、妙に余裕のある色気を纏っている。
すらりと伸びた脚に、手元で光るシルバーアクセ。


腹が立つレベルで様になっている。


(こいつ、人生イージーモードか?)


それに比べて俺は……

白の無地のTシャツに、ただのジーンズ。


いつも通りの、何の変哲もない装備。
正直、隣を歩きたくない。


だが、今日の最大の問題はこれではないのだ。
今日の最大の問題、それは……


「なぁ、本気で行くのか……?水族館」


口に出した瞬間、余計に現実味が増してしまった。


夏休みの水族館なんて、もはや別名カップルの巣窟。
家族連れとカップルがひしめき合うあの空間に、俺と如月。


(いやいやいやいや)


(おかしいだろ!どうかんがえても)



ためらう俺にはお構いなしと言わんばかりに、如月は告げる。


「当たり前だろ。もうチケット取ったし」


そして、にやりと笑って続けた。


「別にいいじゃねぇか。実際にカップルなんだし」


「……っ!」


「それに、俺は来たくないなら来なくてもいいって言ったのに。来たのはあんただろ?」


ぐうの音も出ない。
確かにその通りだ。
その通りなんだが……


「わかったよ!じゃあもうほら、さっさと行くぞ!」


半ばやけになって歩き出す。


「りょーかい。センパイ♪」


俺は速足で水族館へ向かった。






「……まぁ、悪くはなかったな」


「それは良かった」


水族館に入ってから二時間余り。
なんやかんやで、俺たちは普通に水族館を満喫していた。


巨大な水槽の中をゆらゆら泳ぐ魚たち。


暗いトンネル型の通路。


色とりどりの光に照らされた沢山のクラゲ。


気が付けば、思っていたよりずっと楽しんでいた自分が居る。


(思えば、水族館なんて何年ぶりだ……?)


そんなことを考えながら、俺たちは併設のカフェにのんびり腰を落ち着けていた。


「お前、やっぱり可愛いよな」


「は!?」


思考が一瞬で吹き飛ぶ。


「いやだから、俺が可愛いわけないだろ!?」


「可愛いよ」


即答だった。


「クラゲを見て喜んでるところとか」


「それは別に普通だろ!」


「ドーム型水槽を見てネタにできそうだって言ってたところとか」


「いや、別にそれは可愛くないだろ」


「かと思えば、急に魚を見て寿司食べたくなってきたとか言い出したり……」


「あー!わかった!もうわかったから一旦黙れ!」


周囲の視線が微妙に突き刺さる。


訂正。のんびりどころか、普通に言い争っていた。


(こいつ、どんだけ俺のこと見てるんだよ。恥ずかしい奴だな……)


そう思う一方で。


一番恥ずかしいのは、最近はもう如月に「可愛い」と言われること自体に嫌悪感を抱かなくなっている俺自身だ。


(勘違いすんなよ、俺……)


(これは慣れだ。絶対に慣れだ)


そんなふうに自分に言い聞かせていると、ふと、如月からの視線を感じた。


「なんだよ?」


顔を上げると、如月がこちらを見ていた。


だが、すぐに目を逸らされる。


「……お前、さ」


「ん?」


「台本、上手くいってんのか?」


いつもなら躊躇なく言葉を投げてくるくせに、妙に歯切れが悪い。


どこか探るような、距離を測るような言い方だった。
まるで、思春期の娘の扱いに困る父親のようだ。


「上手くいってるって?一応完成はしたけど……というか、お前には見せたよな?」


そう。


俺は一度、協力してもらったお礼も兼ねて、ほぼ完成した原稿を如月にだけ見せているのだ。



「ああ、まぁ、そうだったな……」


如月は小さく頷いた後、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。


「なんだよ?思ってることがあるならちゃんと言えって」


俺が促すと、如月は僅かに視線を落としたまま控えめに口を開いた。


「もちろん面白くはあったんだけどさ」


「……あれが、お前の本当に書きたかった台本か?」


「……は?」


思わず声が裏返る。


「いや、去年の台本とか、最近のお前の様子を見てるとさ……なんか違う気がして」


「お前に何がわかるんだよ」


気が付けば、思っていた以上に冷たい声が出ていた。


(……違う)


(こんなことを言いたいわけじゃないんだ)


だけど、止められなかった。
図星をつかれた焦りが、そのまま形になって出てしまった。


「去年のものと比べて?そんなの知らねぇよ」


「あれが今の俺に書ける”最高”だ。それでいいだろ」


一度言ってしまえば、もう引き返せない。


「嫌なら、他の奴にでも頼めばいい」


――去年のものの方が良かった。
そんなの、俺が一番よくわかってるに決まってるじゃないか。


(こりゃ、完全に嫌われたな……)


そう思って、恐る恐る如月の方を向いた。


――その瞬間。


言葉が詰まった。


如月が、見たことのない表情をしていたからだ。


いつもの余裕が一切ない。


ただどこか苦しそうで、悲しそうで。


まるで、何かを必死に堪えているような顔だった。


「え……」


「そんなこと、言わないでくれよ」


そう言う如月の声は、少し震えていた。


「なぁ……あんた、覚えてないか?」


如月はゆっくりとスマホを取りだす。


そして、画面をこちらに向けた。


そこに映っていたのは――


「は……?なんでお前がその子の写真を……」


長い前髪。


控えめな表情。


どこか頼りなさそうで、それでも必死に何かを伝えようとしている、少年の姿。



――去年の文化祭で出会った、あの少年だった。



「これ、俺だよ」


(……は?)


一瞬、世界の音が消えた気がした。


「は?いや、そんなこといったって……全然違うじゃん」


思わず口をついて出た言葉に、如月は小さく息を吐いた。


「髪切って、身体鍛えて、姿勢とか、態度とか……全部変えたんだよ」


「な、何のために……」


「ここまで言えばわかるだろ」


如月は一度目を伏せて、それから静かに言った。



「……あんたに、待ってるって言われたからだよ」



は……?
本気で言ってるのか?この子が?如月だって?


とはいえ、心のどこかではもうすでに納得している自分がいた。
こいつと初めて会った時に、以前会ったことがあるような気がしていたのも、あの吸い込まれるような演技への情熱も、全て同じだったじゃないか。


「他の奴に頼めとか、そんなこと言わないでくれよ」


如月の声が少しだけ掠れた。


「俺は……あんたの台本で演技がしたくて、ここまで来たんだ」


その言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


「今のあんたの台本を否定してるわけじゃない」


「あれだって確かに面白かった。書いたのがあんたじゃなければ、俺はあれでも喜んでやってたよ」


一度、言葉が途切れる。


それから、絞り出すように続けた。


「でもさ」


「……あんたの台本は、あんなもんじゃないだろ」


真っ直ぐな目だった。


逃げ道を塞ぐみたいな、真っ直ぐな目。


「あの日、あの台本は俺が書いたんだって教えてくれた時みたいな笑顔で出せる台本、出してくれないか」


「俺は……あんたの台本に恋して、ここまでやってきたんだ」





どうすればいいのかなんて、わからなくて。


正直時間だって全然なくて。


それでもその夜。
俺は、気が付いたら演劇部の部長に電話していたんだ。


「すみません。台本の内容、進捗報告から全て変えてもいいですか?」