演劇部の俺様ルーキーと期限付きで付き合うことになりまして

 唐突に過去の夢を見た。
 夢の中にいたのは、一年前の俺。


 去年の文化祭。
 あの日の出来事を、俺はなぜか今になって夢に見ていた。

 


 

 「自分の書いた台本が劇になるって、感動するもんだな……めっちゃ良かった」


 文化祭1日目。
 無事に迎えた本番で、自分の書いた台本が劇として完成した姿を見た俺は、興奮が冷めないまま文芸部の展示室へと足早に向かっていた。


 客席から沸いた笑い声。
 カーテンコールの拍手。
 演者たちの輝く笑顔。


 その全てがまだ胸の中に残っている。


 (いやぁ、書いてよかったなぁ……)


 自然と頬が緩む。


 しかし、文化祭真っ最中の校舎は人、人、人。


 廊下はまともに進めないほど混雑していた。


 (全然進まないな……お盆の高速道路かよ……)


 (よし、こうなったら裏ルートを使うか!)


 この学校には、知る人ぞ知るちょっとした抜け道がいくつか存在する。


 窓から中庭へ出て、渡り廊下を抜ける。
 文芸部員御用達のショートカットコースだ。


 勢いよく窓をくぐった、その瞬間。


 「うわっ!?」


 「わっ……!?」


 目の前に飛び出してきた誰かと危うくぶつかりそうになり、慌てて身体をひねる。


 なんとか衝突は避けられたものの、驚いて相手を見ると、そこに立っていたのは中学生くらいの男の子だった。


 (俺と身長とかはほとんど変わらないし、中3辺りか?)


 長い前髪が目元を隠していて、どこかおとなし気な雰囲気をしている。


 制服を見る限り、文化祭に来ていた中学生だろうか。


 「あ、す、すみません!」


 先に声を上げたのは、その子の方だった。


 小さな声と、少し怯えたような表情。


 俺はその子のことが心配になって、思わず声をかけていた。


 「こちらこそ、ごめん。普通窓から人が出てくるなんて思わないもんな」


 苦笑しながらそう言うと、その子は少しだけ肩の力を抜いたようだった。


 「君は、中学生だよね?この学校、分かりにくいよな。迷ってるなら案内するよ」


 すると、その子は軽く俯き、小さな声で言った。


 「今日は、演劇部を見に来て……」


 「うん」


 「公演が終わって帰ろうと思ったんですけど、道に迷ってしまって……」


 なるほど。
 学校に抜け道が多いということは、それだけ校舎の作りが複雑ということでもある。
 

 (わかるよ……)


 俺も、入学したばかりの時は毎日のように道に迷っていた。


 そんな共感が頭をよぎる。
 よぎったのだが。


 「演劇部、見たのか!?」


 気づけば、俺の口は勝手に動いていた。


 「え……?」


 「あ、いや、ごめん。その……ちなみに、どうだった?」


 「どうだった……?」


 彼は小首を傾げた。


 「あー、ほら、その……内容とか?面白かったとか、そういう……」


 我ながら必死すぎるとは思うが、仕方がないだろう。


 もしつまらなかったとか言われたら、今ここで泣く自信がある。


 「あー、いや、ごめん。やっぱり答えなくても……」


 「最高でした!」


 つい先ほどまでおとなしく俯いていた彼が、ばっと顔を上げた。
 長い前髪の隙間から覗く瞳は、きらきらと輝いていていた。


 「お、俺、演劇が大好きで、いろんな学校行ってるんですけど……」


 彼は堰を切ったように言葉を続ける。


 「オリジナルのストーリーでこんなに面白かった学校は初めてでした!」


 「演者さんもみんな本当に演技が上手だったし、特にラストのシーンなんて……」


 そこまで一気に話したところで、彼は突然はっとしたように口を閉ざした。


 「す、すみません……」


 再び俯く。


 「いきなりこんなに語っちゃって、気持ち悪いですよね……」


 「そんなことないよ!」


 思わず声が大きくなった。
 彼の目を見つめてもう一度言う。


 「そんなことないよ。全然、気持ち悪くなんかない」


 彼はぱちぱちと目を瞬かせた。


 「それに……」


 少し照れ臭かったけど、これはちゃんと伝えたかった。


 「俺は嬉しかったし。やっぱり、自分の書いたものを褒められるのは嬉しいからさ」


 そう言って笑う。
 


 「ありがとう」



 その瞬間。


 長い前髪の奥で、彼の目が大きく見開かれた気がした。


 「自分の書いたものって……」


 彼は恐る恐る口を開く。


 「もしかして、貴方が……?」


 「うん」


 照れくさくなりながら笑う。


 「あの台本書いたの、俺なんだ。俺、文芸部入っててさ」


 その言葉を聞いた彼は、しばらく俯いていた。


 何かを決意するように、長い前髪が揺れる。


 彼はゆっくりと顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめた。


 「あ、あの……俺みたいなのでも、演劇、できると思いますか?」


 その言葉に、俺は思わず笑みがこぼれた。


 あんなに楽しそうに演技の話をしてくれた君ができなくて、一体誰ができるというのだろうか。


 「もちろん!」


 俺は迷わず答えた。


 「俺、来年も台本担当に立候補しようと思っててさ」


 そう言って、再び彼に笑いかける。


 「だから、この学校で待ってるよ」






 「……そういえばあの子、今うちにいるのかな……」


 夢から覚め、ぼんやりとした頭のまま天井を見上げる。


 うちにいてもいなくても。
 彼がどこかで楽しく演劇をできていればいいな。


 そんなことを考えながら、俺は再び布団を頭まで被った。


 まだ少し眠い。

 結局そのまま、俺はもう一度眠りに落ちた。