塩後輩が、ペアになった途端に甘やかしてきて困る

その日は日曜日で部活の練習は休みだった。だが、先週は怪我で全く部活練習ができなかったので、今日は軽く体を動かそうと思う。都心に出ると、貸しコートがあるのでそこで誰かに付き合ってもらい練習をしようと思ったのだが……練習相手がいない。国田は、日曜日は塾と彼女とデートで忙しい。他に連絡先知っていて誘えそうな人――。
『午後、もし暇だったら都民会館で練習しない?』
 午後といってももうすでに十時だ。読んでない可能性が高いのでダメ元のつもりで送信ボタンを押したら、五秒くらいで既読がついた。え、早……と思うと同時に返信が来た。
『今からいきます。一階のロビーで待ち合わせで』
とだけ追加でメッセージが送られてきた。
 誘い出しっぺが遅刻するわけにもいかないので、急いで荷物をまとめ、ラケットケースを片手に都民会館を目指した。都民会館の体育館は先着順で誰でも無料で利用できる。ちょうど一時からバドミントンコートは空いていた。遠宮・塩野とボードに書き、英単語帳を見ながらロビーのソファで塩野を待つことにする。
 十二時五十三分。無地の白Tは、その均整の取れた体格と長い脚、そして美しい顔を強調するだけだった。
「……いや、イケメンすぎるだろ」
 思わず呟く。その顔に俺まで見とれて、顔が熱くなってくる。
「は?」
「あ、いや、心の声が漏れた」
「はあ」
 塩野は不服そうな表情で、首の後ろをかく。今日は午前中に雨が降り、気温が低かったが、じんわりと汗が滲んでいるようだった。「暑い?」と聞くと、塩野は首を振る。
「すみません、急いで走ってきたんで……ちょっと、熱くて」
 そう言って襟元をぬぐう姿に、ぎゅんと心臓が高鳴る。
「もう怪我は大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫。全然」
 俺は頷いて足首をぶらぶら振って見せると、「良かったです」と塩野は微笑む。きゅっと寄った目尻の皺が妙に可愛くって、胸が柔らかく溶けるような、それでいてすぐにじゅっと熱に焼かれたような感覚がした。
「じゃあ今日は軽い練習にしましょう」
 塩野の言葉に、俺はうん、と軽く頷いた。
 そのあとコートでは実戦練習をして、もちろんコテンパンにやられた。でも負けた後の悔しさはなく、むしろ次に試合に繋がる爽快感だけが残っていた。
「腹減らないですか?」と塩野が聞くので、練習終わりにファミレスに寄った。俺はそんなにお腹が空いていなかったので、ドリンクバーでドリンクだけ飲むことにした。
「お待たせしました~。デカ盛りメロンパフェでーす」
 俺の目の高さよりデカい鮮やかな緑のパフェが出てきた。
「1980円をたっぷり堪能してくれ。先輩の奢りである」
 俺が笑うと、
「300gステーキも追加していいですか」
 とパネルを触り出す。とりあえずそれは止めると、
「先輩も食べましょうよ」
「いや、いい」
「どうしたんですか? 水分しか飲まないって、お腹痛いんですか?」
 つい笑いが漏れる。
「どうしたんですか? やっぱりお腹痛いんですか?」
 焦る塩野の表情がさっと曇る。
「いや、お前は本当に優しくて可愛いなって思って」
そう言うと、塩野の表情がさらに曇る。
「変なこと言わないでください」
「変じゃないよ」
「……俺が先輩に言いたいこと、先にとらないでください」
 メロンデカパフェの一番みずみずしくて美味しそうなメロンの部分をすくって、俺の唇の前に突き出してくる。
「はい、あーん」
「い、いや」
 さすがに高校生の男が。恥ずかしさに、思わずティーカップで唇を隠す。というかどんだけ過保護なんだ。
「要らないんですか?」
 そう言う塩野の表情が少しさみしそうで、俺は思わず言った。
「ひ、ひとくちだけ」
「はい」
 塩野は満足気な顔に戻り、俺は差し出されたスプーンをおずおずと口に含む。
「く~。甘い~」
その後、塩野は一瞬でデカパフェを平らげてしまった。
その後のお会計は、俺が塩野の分まで持った。それに気づいた塩野が「俺が出します!」とお札を渡してくる。
「いいよ。この前、捻挫したときに助けてくれたお礼」
 言うと、ふっと表情が陰る。
「やっす。それなら金額全然足りないんですけど」
「俺だって小遣い無いんだよ~」
 唇を尖らせ、反抗する。
あっという間にパフェを食べ終わり、「もうちょっといましょうよ」とさらに一品注文しようとする塩野をなんとか止め、駅まで一緒に歩いていった。肩が触れそうな距離で、汗が引いたばかりの体の距離感になんだか柄になくむずむず緊張した。
「遠宮さん」
 改札で、塩野が振り返る。
「なに?」
「今日、楽しかったです。ありがとうございました」
 そして、滅多に見せない笑顔を見せた。俺も嬉しくなって、一緒にはにかんでしまう。こうやってたまにでいいから、塩野に喜んでもらえるなら、ふだんの引っかかりも忘れられる気がした。
「部活辞めた後も、こうやってたまに一緒に打ちましょう」
「塩野は俺がいないと何もさびしくなっちゃうのかな~?」
 冗談めかして言うと、塩野が腕を握ってきた。
「分かってるなら、辞めないでください」
「え?」
「遠宮さん、部活辞めないでください。ずっと一緒にやりましょう」
 腕を握る手に、力が籠められる。
 塩野の表情は、悲しげに、そして苦し気に歪んでいる。こんな痛切な顔をしている塩野、初めて見た。こんな悲しそうな顔をしないでほしい。
「そんなの無理だよ」
「……そんなこと、知ってますよ」
「俺のこと、嫌いなんじゃなかったの?」
 聞いても意味のない質問を、どうしてもしてしまう。どうしても気になってしまう。
「そんな分かり切っていること、どうして聞くんですか」
「それは……」
 歯を食いしばって何かに耐えている塩野を見ると、胸が痛んだ。もし、今、同じ思いでいられるのだとしたら……こんなにも嬉しくて、そして、切ないことはなかった。
 帰りの電車で、スマホを見る。塩野からは何も連絡がなかった。待ち受け画面のカレンダーを、ぼおっと見つめる。
夏の引退試合まであと5日だ。