塩後輩が、ペアになった途端に甘やかしてきて困る

俺の見込み通り、塩野の実力はずば抜けていた。
入部から一週間後の春のリーグ大会では、入部して三週間で、ほぼ練習しないままシングルスで塩野は地区大会で優勝してしまった。それにともなって、部全体もよくて地区大会でも二回戦負け、よくて四回戦敗退だったのが、一気に都大会レベルにまで押し上げられた。顧問の先生もコーチも部員も狂喜乱舞し、塩野を絶対的エースとして賞賛し出した。俺は塩野をスカウトしたことが三年間で一番の功績になった。結果、一応年功序列の最後の砦として残っていた貴重な団体戦シングルス枠は無事に塩野に奪われたわけだった。
塩野は、俺のことが嫌いらしい。というのも、入部してから直接そう言われたから間違いない。理由は「どんくさいし、バドミントン弱いし、先輩っぽくないから」と言い放たれたのだ。塩野が入部して初めての練習の後、正門前ではっきりそう言われた。ここまで言われたらかなり嫌われているんだろう。
塩野の入部初日、無事に練習試合でコテンパンに負かされた日の帰り道、溜息混じりにそう言われた。ショックかって言われるとショックでもなく、「だよね」としか返せなかった。もともと体育教師で熱血な強い顧問の先生と、部員数ギリギリの部だからどうにか試合に出られているものの、俺はいつも一回戦負けの実力だ。どちらかというと、そんな弱い先輩で申し訳ないという気持ちだった。
でも塩野は、そうやって強いことを言う割に、遅刻も早退もせずちゃんと練習に参加する。顧問のみならず、2~3年生の先輩にも好かれている。そして女の子にもモテている。塩野が入部してから女子マネージャー希望者が殺到し、早々に募集を打ち切ったくらいだ。
ある日の休憩時間。俺はポットからマネージャーが作ってくれたスポドリを紙コップに汲んで、塩野を含めた一年生達に渡した。
「これ、ドリンク」
「あざーす!」
 一年生達は軽い礼をしただけで、それを受け取って一気に飲み干すとまた雑談に戻っていく。その姿を見た塩野は、どこか苛々した顔をしていた。
「遠宮さん」
「何?」
「来週からは、あいつらにドリンク渡さないでください。俺がやるんで。約束ですよ」
塩野は吐き捨てるように、でも一抹の優しさを残した声色で言うと、コートに戻っていった。
 部活が終わり、教室で着替えて外に出ると、校門で塩野が腕を組んで待ち構えていた。なぜか塩野は毎回のように部活終わりは校門で待っている。
「先輩って、もっと威厳とかあるもんじゃないんですかね」
 開口一番、塩野が溜息をつく。
「だよねー、ごめん」
と返したら、塩野は少しむっとした顔をして、唇を噛んだだけだった。
「まあでもさ。皆が楽しく部活してくれるなら俺はそれでいいよ」
もともと運動神経が良くなくて、でも結局、なんとなく沈んだ空気になって、「送ります」と言って最寄の駅まで電車をわざわざ乗り継いでついてきた。それで、帰りは反対方向の電車に乗って帰っていた。
「でもまあ、それが先輩の良いところというか、まあ、威厳があったら遠宮先輩じゃないっていうか、だからまあ別に変えなくていいと思うんですけど……」
 急に塩野はもごもごし始める。駅の前で立ち尽くすその横を、同じ学校の女子達が「きゃあ」と言いながら過ぎ去っていく。すれ違う女の子の中に顔見知りがいたのか、「塩野くん」と言われると、塩野は笑顔でその子に手をあげた。
「塩野ってさ」
「なんですか」
「俺にだけ塩対応だよな。塩野だけに」
 塩野の顔が一瞬、かたまる。
「……つまんないこと言わないでくださいよ」
 一拍あけて塩野が溜息をついた。
「そういうところが塩なんだよなー。塩後輩だ」
「……」
 つまらない俺の冗談に怒ると思ったのに、塩野は無言のままだ。おかしいな、と思っているうちに、駅について別れることになった。