塩後輩が、ペアになった途端に甘やかしてきて困る

「遠宮、塩野。お前ら、夏の引退大会でペア組め」
 今日は5月23日。午後5時31分。更衣室で顧問の先生から告げられた言葉に、頭が真っ白になる。だって、部で一番強い塩野と、おそらく三年生の中では一番弱い俺がペアを組むなんて、前代未聞だからだ。
「遠宮とダブルス……ですか?」
 思わずおずおずと顧問に聞き返す。
「そうだぞ」
「え、いや、その、俺、シングルスじゃないんですか?」
「シングルスは塩野が二戦と国田と藍沢に出てもらう。お前はシングルスはなし」
「そんなあ……」
ちゃっかり、シングルス落ちまで発表された。そうだとは思ったけど。
「なんだ? 異論あるのか?」
「お、俺は別にいいんですけど、その、塩野は俺と組むの嫌だと思いますよ! なっ、塩野?」
 先輩の威厳なんて糞くらえで、肯定してもらおうと左に立つ一年生――塩野に笑顔で助けを求める。嫌だって言ってくれ。だっていつもお前はあんなに俺に塩対応じゃないか。俺のこと嫌いだろ。なのにペアとか、組めるわけないよな? ――という叫びは、塩野の一声で心の中で消える。
「……俺は、大丈夫です」
「えっ」
「……むしろ、遠宮さんと組んでみたいです」
「えっ、ちょっと待って……」
「おお、いいじゃないか。やっぱり見立ては間違ってなかったな。じゃ、そういうことで。よろしくな、遠宮。塩野とダブルス練も毎日組み込んでおけ」
 顧問の先生は満足気に言い、俺の肩を二度ポンポンと満足気に叩くと、部室は俺と塩野だけになった。なんか急に室内が汗臭く感じる。嫌な沈黙が落ちる。
「……だそうですよ、遠宮さん」
 塩野はこっちを見ずに、テンションの全く変わらない様子で、鼻先をかいている。
「いや、あのさ、お前は頭いいから分かっていると思うけどお前とペアとか組める気がしないんだけど」
「そうですか? 俺はいけます」
「ええ……」
 てっきり「遠宮さんは俺の足手まといになるので嫌です」と顧問に食って掛かると思っていたのに、何もかもが予想と違う動きをして困惑せざるを得ない。そんな俺のことも気にせず、塩野は首の後ろを掻きながら傲然と言い放った。
「それに、俺達なら、最強のペアになれる気がするんすけど」
「いや、俺なんて足手まといだろ」
「ま、そうですけど」
「いやそこは否定してくれよ」
 ツッコミというよりもはや苦情というか、溜息しか出ない。
「遠宮先輩はとりあえずネット際にいて、打てそうな球打ってくれればいいんですよ。俺が全部スマッシュ決めるんで、そうすれば全部勝てますから」
 それは確かにそうだ。塩野が入部してから数か月、他校との試合でも一度も負けたのを見たことがない。
「でも、お前俺のこときら……」
 言いかけて、俺は言葉を止める。
――だってお前、どうせ俺のこと嫌いだろ。
「なんですか? 遠宮さん」
 有無を言わさない圧に、自棄になって投げつけたかった言葉を飲みこむ。
「忘れてないですか? 入部のときの約束。遠宮さん」
 すっと、肩に近づいた塩野の息がかかる。
「……な、なにを」
「『俺の言う事、何でも聞くって約束してくれましたよね』」
「……」
 忘れてた。そんな昔(といっても三か月前)のことを掘り起こされても。
「というわけで、明日からがんばりましょうね。遠宮さん」
「う……はい、わかった」
と言って塩野が笑った顔は、こんな笑えるなら最初から笑っておいてくれればいいのに、と不満になるほど輝いていたのだ。