廃部寸前の落研部員、天賦の才を持つ一軍男子にあふ事


「ハイブ? K-POPの事務所?」
「廃部です。は、い、ぶ。落研のくせに、オーソドックスな駄洒落に逃げないでください」

 六月、部室棟の一角。
 ただでさえ梅雨時で湿っぽいというのに、己の飛ばしたジョークが滑り散らかしたせいでますます空気は重くなる。

「悪かったですね、面白くなくて……それで、そもそもの話ですけど」
「部活動の存続について、私たち生徒会がこんな簡単に決めていいのか、でしょう? 久我山君、これが意外と何とかなるものなんですよ」
「はあ、左様で」

 パイプ椅子の背もたれに、才色兼備の優等生らしからぬ格好でぐでんと寄りかかる生徒会長。いかにもやる気がありませんといった風情は、今まさに廃部寸前の崖っぷちに追い込まれている久我山(くがやま)(えにし)にとって少々、否、かなり腹立たしい。

「久我山君が部長を務めている落語研究会、通称落研は活動実績に乏しく、部員もキミ以外はほとんどが名簿に名前を貸しているだけの幽霊部員。そして今年の新入生は入ってこず。むしろ、こんな状態でよく前年度と同じ額の部費を請求しに来られましたね」
「事実陳列罪やめてください。これでも、子ども落語大会高校生の部に出場を希望していたこともあるんです」
「その言い方だと、心の中で希望していただけで実際に応募はしていないというオチですね。話のオチって、落語ではサゲと呼ぶのでしたか?」
「オチというか、別に何も面白い話じゃないんですけど。応募要項を見て、締切までまだ一ヶ月あると思って余裕かましてたら、普通に月そのものを間違えていたっていうか」
「なるほど、自業自得。落語でも粗忽者(そこつもの)と呼ばれるタイプのそそっかしい人間が出てきますが、まさかご自身で実践しているとは。恐れ入ります」
「傷つき過ぎて胃に穴が空きそう……それで、結局どうなるんですか。いくら何でも、即廃部ってわけじゃないんですよね?」

 縁は身を乗り出して懸念事項を口にする。秋季文化祭実行委員会とシンプルな立て看板が置かれている教室の入り口付近を、生徒たちの話し声が通り過ぎていった。
 生徒会長、もとい縁の一つ上の先輩である鴨島(かもじま)彩羽(いろは)は、ようやく背もたれから体を起こし手元のファイルから書類を一枚取り出す。そこには「第六十七回文化祭における部活動展示・公演エントリー一覧」という表題の下、落研の名前がはっきりと記載されていた。

「結論から言いましょう。秋の文化祭、体育館ステージでの公演枠を一つあげます。そこで、お客さんを最低でも百五十人は呼んでください」
「百五十? え、五十の間違いじゃなくて?」
「いいえ、百五十です。久我山君の聞き間違いではありませんよ、大丈夫」
「何も大丈夫じゃないんですが? 体育館のステージって、確か去年は軽音部とダンス部の演目以外、ほとんど席埋まってなかったですよね。学生バンドの演奏ですら、客席には百人集まっていたかどうか」
「知っています。だからこそ、あえて百五十人と言っているんです」

 鴨島は書類の余白に、シャーペンでさらりと数字を書き足した。一、五、零。

「無理難題にも程がありません? ほとんど嫌がらせの域なんですけど」
「人聞きの悪いことを。これでも譲歩したつもりですよ? 本当は二百人と言いたいところを」

 鴨島の声から、人をおちょくるような色が引く。代わりに滲むのは冷徹なまでに静かな響きだ。

「部員は実質ほぼゼロ。実績もない、知名度もない。そんな部活が『来年も存続したい』、『部費は他の部と同じぐらい欲しい』と言うなら、相応のエビデンスを示してもらわないと他の部活動への示しがつきません。文化部にも運動部にも、似たような事情の部はいくつもあるんです」
「それは、でも」
「百五十人というのは何も本当に嫌がらせのつもりで言っているんじゃありません。毎年行われている文化祭全体の平均来場数から逆算した、体育館ステージの公演枠として見合う集客数です。逆に言えば、落研にはそれぐらいのポテンシャルがあると期待しているということですよ?」
「ポテンシャル、ですか」

 緊張で粘つく唾液を飲み込みながら、縁は彼女の言葉を反復する。

「それは一応、褒めてもらっているという認識でも大丈夫な感じで?」
「ええ、はい。四月の始めに、新入生勧誘のために部室で一席設けたことがあったでしょう? 『長屋の花見』、なかなか楽しめました」
「え? あの時、会長もいたんですか?」
「何人かの一年生に紛れて、後ろの方でこっそりと。ごくたまに不適切な勧誘行為をする部活動もあるので、監視の意味も含めて念のため。でも、純粋に面白かったですよ」
「それはどうも」
「ただまあ、あの調子で文化祭に客を呼べるかとなったら話は別です。久我山君の落語は、良く言えば真面目、悪く言えば地味というところでしょうか。上手い下手の話なら上手い方だと思いましたが、何というか、華がないんですよね」

 全国模試の総合成績において常にトップ五十位圏内に名前が載る才女は、伝統芸能にもそれなりに通じているのだろうか。なかなかボロクソに言われている気がするが、如何せん自分でも自覚している欠点を的確に突かれているので、反論のしようがない。
 視線の置き場所に困って窓の外を見やる。今にも落ちてきそうなほどにどんよりとした重たげな雲が空一面を覆っていて、かえって気が滅入る。

「まあ、とにかく頑張ってください。応援していますよ」
「分かりました。じゃあ、これから部室で張り切って稽古を」
「あ、駄目です」
「は?」
「落研の部室は、一時的に日本拳法部に貸し出すことになりました」
「パードゥーン!?」

 頓狂な声とともに、「もう一度言ってくれ」という意味の英単語が思わず口をついて出る。先日の授業で、ネイティブスピーカーはあまり使わない単語だから実践では別の言い回しをするようにと英語教師が言っていた気がするが、日本語話者同士ではネイティブもへったくれもあったものではない。

「な、な、何で? 何がどうなったらそうなるんですか?」
「先月、部室棟のエアコンが故障して、ひどい水漏れが起きたのを覚えていますよね。あれで一番被害を受けたところに、一番被害がマシだった部室を貸し出すことになったんです。落研の顧問の平岡先生は快諾してくれましたが、聞いていませんでしたか?」
「聞いてないから今こうやって取り乱してるんですがあ!?」
「それは失礼しました。とにかく、そういう理由なのでしばらく部室は使用できません」

 まったく悪いと思っていないであろう口振りで言ってのける会長に、縁は呆れるやら悔しいやらで何とも表現しがたい顔になる。

「いや、待ってくださいよ。言いたいことはいろいろありますけど、まずはですね……俺はどこで稽古すればいいんですか」
「それについてはご安心を。来年取り壊し予定の旧校舎、三階空き教室の使用許可を取っています。そこを稽古場として使ってください」
「いや、待って? 旧校舎使えるんなら日拳部をそこに避難させたら良かったんじゃ?」
「あそこは武道場から遠いので」
「そ、忖度が過ぎる」

 俺が一体何をしたって言うんだ。
 縁はそんな台詞が飛び出しそうになるのを必死に抑え、努めて冷静に振る舞う。こういう時にキレてもあまり良いことはない。幼児ではないのだから、喧嘩をするならもっとスマートに。そしてクールに、である。

「まあ、何ですか、その……事情は分かりました。ですが、文化祭で本当に客席を埋められたら、その時はこの理不尽に対して何らかの埋め合わせをお願いします。いや、お願いしますなんて生ぬるい言い方じゃなくて、絶対にやってもらいます」
「もちろん。その時は必ず、ね」

 長い黒髪をさらりと揺らし、彼女は薄く笑んでみせた。