お爺さんは山で死ばかり

 昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。
 お爺さんは山へ、しばかりに。
 お婆さんは川へ、洗濯に。
 行く。
 というところで、お婆さんがお爺さんに言いました。

「おぉい。爺さん。洗濯物。重いから川まで持ってておくれ」
「仕方のない婆さんだ。どれ。おや、こりゃ本当に重い」
「そりゃそうでしょう。お爺さんの着物。たっぷりと血を。吸い込んでいるのだもの」
「ありゃあ、酷い怪我じゃったからのう」
「血糊を落とすのは大変なんですよ。これだけの汚れ。十五分はかかります」

 他愛のない会話をし。
 二人は川に。

「じゃあ、婆さん。ちょっくら。ワシは山にしばかりに行ってくら」
「はいはい。いってらっしゃい」

 お婆さんは川で洗濯を。
 お爺さんは、川上の方へ。
 一歩二歩三歩。
 一秒二秒三秒。
 時間を数えながら、山の方へ。

 十分。
 お爺さんは山でしばかりを。
 していた、ところでした。
 お爺さんは山でしばかれました。

 しばかり中のしばかれ。
 ああ、このまましかばね。
 とはならぬ。ならぬ。ならぬ。
 お爺さんは、心臓の高鳴り。血管の収縮。止まらないアドレナリン。
 ドクドクと鳴る。脈打つ体を時計として。
 一秒。二秒。三秒。

 五分。
 お爺さんが致命傷から回復にかかった時間。
 である。

 お爺さんは山を下りる。
 山を登って、十分。
 山でしばかれ、五分。
 山を下り、十分。

 計二十五分。

 お爺さんは、川へ。
 そして、川で洗濯をしているお婆さんに。
 こう。言いました。

「犯人はお前だ!」

 お婆さんは、何を言っているんだと、お爺さんに、そ知らぬ顔。

「何を言っているんだい? お爺さん。そんなに息を切らして。やだ。その血。また、洗濯物を増やして。いやだいやだ。今。ちょうど。洗濯物が終わったところだというのに」
「今。終わった? 馬鹿な。そんなはずはっ?」

 お爺さんは、お婆さんが洗った洗濯物を全てチェックします。

「あれほどの汚れが全て落ちている。馬鹿な。あの洗濯物を全て、このように綺麗に洗濯するのは、」
「どうやったって、十五分はかかる」

 お婆さんは、先程とはうってかわり。
 にたり。にたり。にたり顔で。
 話を続ける。

「山への往復。そいつは何分かかるんだい?」
「にっ、二十分だ」
「なら、私が。犯人なわけないだろう?」
「いやっ、可能だ」
「どうやってさ」
「お婆さんあなたは、川で洗濯をしながら、川の中を移動したのではないですか?」
「はんっはっはっ。面白い。面白いっ。なら、二十分だ。たった、それだけの時間で服が乾くかい? 触ってごらんよ。私の服は濡れているかい?」

 お爺さんは、お婆さんの服を触りました。

「かわ。乾いてる」
「それが、私が川居てる証拠では?」
「確かに水には濡れてない。だが」

 お爺さんは、お婆さんの服を指さし。

「ワシの返り血に濡れている」
「確かに。お爺さんの返り血ですね」

 血濡れのお婆さんは、だからなんだ?
 と。

「洗濯したとき、汚れがうつったのでしょう。なんて、阿呆な言い訳はしません。その通り。お爺さんの返り血です。ですが、どうやって? 私はどうやって、お爺さんをしばきに行けたというのです? 私の服は返り血に濡れているが、水には濡れていない。お爺さんの推理では、私が川で洗濯をしながら、川の中を移動する。ならば服は、濡れていなければいけな、」

 お爺さんは遮る。

「桃だ」
「もも?」
「お婆さんあなたは、大きな桃で、どんぶらこ、どんぶらこ、と」
「証拠は?」
「すっここ」

 すっと指した先に、大きな桃が。

「川上から大きな桃が。どんぶらこっこ、すっこっこ。どんぶらこっこ、すっこっこ、と。『おや、まあ。美味しそうな桃だ。お爺さんの冥土の土産にしてやろう』と」
「くっ、なぜ分かった」
「洗濯物からフローラルな香りがした」
「だが。だがだがだが。お爺さん、あんたは推理ミスをしている。川上から大きな桃が流れる。それは当たり前だ。だがっ。川下から大きな桃が流れるなんてことはありえない。流れに逆らい、川上まで、」
「できるのさ」
「どうやって?」
「川の主の休日」
「川の主の休日?」
「ポロロッカ」

 お爺さんは一つ。小さな息をした。

「ふーっ。ポロロッカ。カシバナ語で、川の主の休日。という意味だ。満月のとき。大潮の影響によって、川が逆流する。お婆さん。君は、川を逆流させ、大きな桃に乗り、私をしばき。また、大きな桃に乗って川上から流れる。桃の中で、洗濯をしながらね」
「そんなことっ。できるわけがないっ」
「できるさ」
「できないっ」
「できる」
「できな、」
「だって、君は、かぐや姫だからね」

 お爺さんは、あの日の月を、思い出すように。遠くを眺めた。

「かぐや姫。月の民の住民である、あなたは、潮の満ち引き。潮汐力を自在に操ることができる。こんな、小さな川。逆流させることなど、造作もないことだ」
「なぜ、そんなことが分かる」
「君に、同じ方法で、二百二十二回。殺されているからね」
「そんな。馬鹿な。あっ、ああ、思い出した。あなたは、あの薬を燃やしてしまわなかったのですね」
「燃やしてしまったら、君を取り返すことなど、できなかっただろうね」

 お爺さんが山でしばかれること、二百二十三回。
 その山は富士山と呼ばれていた。