昼休み。織姫はおにぎりを片手に、校舎裏のベンチへ向かった。
目の前には裏山が広がり、それ以外には何もない。
そんな場所だから昼休みでも閑散としている。織姫お気に入りの穴場だった。
「はぁ……静かぁ……癒やされる」
木々を揺らす風の音に耳を傾けながら、ベンチに深く腰をかける。
「本当だねえ」
「冬は寒いのが難点だけどね……って、王子!? なんでここに!!」
目を開けると、いつの間にか王子が隣に座っていた。
「置いていくなんて酷いなぁ。朝もさっさと行っちゃうし。せっかく同棲してるのに」
「同棲じゃない! ただの居候でしょ!」
「でも僕、多々羅家に出資してるけど」
「ふぐっ……!」
思わず、おにぎりが織姫喉に詰まりそうになる。
「……誰にもいないよね」
織姫はおにぎりをどうにかお茶で流し込むと、慌てて周囲を警戒した。王子との同居話が町中に広まり、今朝だって、教室ではその話題でもちきりだった。
ここに来たのも、クラスメイトの好奇な視線から逃げる為だった。せっかく見つけた唯一の息抜きの場所なのに……。
念の為、王子が詰めた距離の分だけ、織姫はベンチの端へ移動する。
「ねぇ、なんで離れるの?」
「あんたと一緒にいるところを見られたくないから」
「わお、辛辣」
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。王子のせいで休まった気がしない。
「とにかく学校で話しかけてこないで! 迷惑だから!」
そう念を押して教室へ戻ると、織姫の机の周りに人だかりができていた。何だろうと疑問に思いながら席へ行くと、西原が近づいてきた。
「駄目だよ、多々羅さん。学校にお酒なんて持ってきたら」
「は?」
西原のそれは、気味の悪いくらい清々しい笑顔だった。なんだろう。とてつもなく嫌な予感がする。
「これ、多々羅さんのでしょう?」
ゆっくりと織姫の机の上を指す。
〈蛇ごろし〉
そこには、そんなロゴの入った小さな紙パックが置かれていた。
「蛇ごろし……? これ私のじゃないんですけど」
織姫は即座に否定した。
蛇ごろしは、「強い蛇でも酔い潰れる酒」という由来を持つ日本酒の銘柄だ。コンビニやスーパーなど比較的お手頃な値段で売られているのをよく見るが、未成年の織姫には縁のない代物だ。
「でも多々羅さんの鞄から出てきたって。ね、委員長」
「う、うん……」
西原の投げかけにおどおどと答えたのはクラス委員長の安藤裕子だ。
お下げヘアに眼鏡のいかにも大人しい彼女は、見た目の通り気弱な性格だ。地面には織姫の鞄の中身がぶち撒けられている。
察するに、蛇殺しを入れた誰かの手によって、安藤さんが発見者に仕立てられてしまったのだろう。
「私も見ましたー!」
次々と証言が飛ぶ。織姫は舌打ちしたくなった。冤罪だが完全に犯人の罠に包囲されていた。
「何の騒ぎだー」
そこへ松山が現れた。女子生徒達が一斉に声を上げる。
「先生! 多々羅さんがお酒を持ってきてます!」
「未成年飲酒です!」
「多々羅さんの鞄から出てきました!」
「酒……?」
学校の教室に不釣り合いな紙パック目にして、松山が怠そうに頭を掻いた。
「多々羅、それお前のか?」
「違います」
「って言ってるぞー」
「でも、多々羅さんの鞄から出てきたんですよ?! 多々羅さんのじゃなかったら誰のなんですか!!」
「わかった! わかった! とりあえず、これは没収だ」
西原の勢いに圧された松山が机の上の紙パックを面倒くさそうに持ち上げる。
「あー……多々羅」
「はい」
「後で準備室に来い」
「……はい」
放課後、織姫は松山の担当教科である国語科準備室にいた。
てっきり職員室に呼ばれるかと思っていたが、職員室だと大事になるから嫌だとのことでこちらに連れて来られた。
「まさかあの多々羅が学校に酒を持ってくるなんてな……」
「違いますけど」
「大胆なやつだなぁ。俺でもやらんぞ」
「もういいです! 私ので。で、反省文何枚書けばいいんですか」
織姫は開き直って言った。
どうせ無罪を主張しても信じてはもらえまい。だったら、さっさと認めてこの場を切り抜けた方が得策だと考えたのだ。
「分かってるよ」
松山があっさりと言った。
「仕事道具なんだろ?」
「……は?」
織姫は顔を上げた。松山がにやりと笑って続ける。
「お前の家の仕事が特殊だって事は分かってる。でもな、今のご時世公になったら保護者のクレームとか色々面倒なんだ。持ち込むならもうちょい気を付けて」
「……」
「頼むよ〜」
松山が〈蛇ごろし〉を織姫に渡し、ひらひらと手を振る。
こうして、勘違いされたまま説教らしい説教もなく解放された。叱られると思っていたから拍子抜けだった。まさか松山のやる気の無さに救われるとは。
目の前には裏山が広がり、それ以外には何もない。
そんな場所だから昼休みでも閑散としている。織姫お気に入りの穴場だった。
「はぁ……静かぁ……癒やされる」
木々を揺らす風の音に耳を傾けながら、ベンチに深く腰をかける。
「本当だねえ」
「冬は寒いのが難点だけどね……って、王子!? なんでここに!!」
目を開けると、いつの間にか王子が隣に座っていた。
「置いていくなんて酷いなぁ。朝もさっさと行っちゃうし。せっかく同棲してるのに」
「同棲じゃない! ただの居候でしょ!」
「でも僕、多々羅家に出資してるけど」
「ふぐっ……!」
思わず、おにぎりが織姫喉に詰まりそうになる。
「……誰にもいないよね」
織姫はおにぎりをどうにかお茶で流し込むと、慌てて周囲を警戒した。王子との同居話が町中に広まり、今朝だって、教室ではその話題でもちきりだった。
ここに来たのも、クラスメイトの好奇な視線から逃げる為だった。せっかく見つけた唯一の息抜きの場所なのに……。
念の為、王子が詰めた距離の分だけ、織姫はベンチの端へ移動する。
「ねぇ、なんで離れるの?」
「あんたと一緒にいるところを見られたくないから」
「わお、辛辣」
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。王子のせいで休まった気がしない。
「とにかく学校で話しかけてこないで! 迷惑だから!」
そう念を押して教室へ戻ると、織姫の机の周りに人だかりができていた。何だろうと疑問に思いながら席へ行くと、西原が近づいてきた。
「駄目だよ、多々羅さん。学校にお酒なんて持ってきたら」
「は?」
西原のそれは、気味の悪いくらい清々しい笑顔だった。なんだろう。とてつもなく嫌な予感がする。
「これ、多々羅さんのでしょう?」
ゆっくりと織姫の机の上を指す。
〈蛇ごろし〉
そこには、そんなロゴの入った小さな紙パックが置かれていた。
「蛇ごろし……? これ私のじゃないんですけど」
織姫は即座に否定した。
蛇ごろしは、「強い蛇でも酔い潰れる酒」という由来を持つ日本酒の銘柄だ。コンビニやスーパーなど比較的お手頃な値段で売られているのをよく見るが、未成年の織姫には縁のない代物だ。
「でも多々羅さんの鞄から出てきたって。ね、委員長」
「う、うん……」
西原の投げかけにおどおどと答えたのはクラス委員長の安藤裕子だ。
お下げヘアに眼鏡のいかにも大人しい彼女は、見た目の通り気弱な性格だ。地面には織姫の鞄の中身がぶち撒けられている。
察するに、蛇殺しを入れた誰かの手によって、安藤さんが発見者に仕立てられてしまったのだろう。
「私も見ましたー!」
次々と証言が飛ぶ。織姫は舌打ちしたくなった。冤罪だが完全に犯人の罠に包囲されていた。
「何の騒ぎだー」
そこへ松山が現れた。女子生徒達が一斉に声を上げる。
「先生! 多々羅さんがお酒を持ってきてます!」
「未成年飲酒です!」
「多々羅さんの鞄から出てきました!」
「酒……?」
学校の教室に不釣り合いな紙パック目にして、松山が怠そうに頭を掻いた。
「多々羅、それお前のか?」
「違います」
「って言ってるぞー」
「でも、多々羅さんの鞄から出てきたんですよ?! 多々羅さんのじゃなかったら誰のなんですか!!」
「わかった! わかった! とりあえず、これは没収だ」
西原の勢いに圧された松山が机の上の紙パックを面倒くさそうに持ち上げる。
「あー……多々羅」
「はい」
「後で準備室に来い」
「……はい」
放課後、織姫は松山の担当教科である国語科準備室にいた。
てっきり職員室に呼ばれるかと思っていたが、職員室だと大事になるから嫌だとのことでこちらに連れて来られた。
「まさかあの多々羅が学校に酒を持ってくるなんてな……」
「違いますけど」
「大胆なやつだなぁ。俺でもやらんぞ」
「もういいです! 私ので。で、反省文何枚書けばいいんですか」
織姫は開き直って言った。
どうせ無罪を主張しても信じてはもらえまい。だったら、さっさと認めてこの場を切り抜けた方が得策だと考えたのだ。
「分かってるよ」
松山があっさりと言った。
「仕事道具なんだろ?」
「……は?」
織姫は顔を上げた。松山がにやりと笑って続ける。
「お前の家の仕事が特殊だって事は分かってる。でもな、今のご時世公になったら保護者のクレームとか色々面倒なんだ。持ち込むならもうちょい気を付けて」
「……」
「頼むよ〜」
松山が〈蛇ごろし〉を織姫に渡し、ひらひらと手を振る。
こうして、勘違いされたまま説教らしい説教もなく解放された。叱られると思っていたから拍子抜けだった。まさか松山のやる気の無さに救われるとは。

