祟り姫と変態王子の怪異録

 家に着いた織姫は、ガラガラと重たい音をさせて玄関の引き戸を開ける。古くなった木製の戸は建て付けが悪く、開けるたびに大きな音を立てるのだ。
「……まったく。散々な目に遭った」
 婚約者だの、転校生だの。思い出すだけで頭が痛い。
 ぶつぶつと文句を零しながら靴を脱いでいると、奥の居間から声が飛んできた。
「おかえり、織姫。どうした? 溜め息なんか吐いて」
「父さん! 何してんの? こんなに段ボールいっぱい散らかして」
「まぁ、ちょっとな」
「あ、また無償労働?!野菜や米も良いけど、仕事ならちゃんとお金も貰ってきてよね?うちだってカツカツなんだから!」
 段ボールを両手に抱えて出迎えたのは、織姫の父親の多々羅修造だ。修造はお人好しな為、近所の人に頼まれると無償で労働を引き受けることも多い。
 その為、生活面の家計管理を預かる織姫は常々頭を悩ませている。
「大丈夫だよ。これは我が家の問題だからな。それより、帰宅して第一声がそれか」
「我が家の問題……?」
「そうだよ。おかえりって言われたなら、ただいまって言わなきゃ」
「はいはい。ただいま……ってお、お、お王子?!なんでいるのー!」
 目の前に現れたのは、先程学校に置いてきたはずの王子奏人だった。
 何故か織姫が家で使うエプロンを着て、その手にはお玉を持っている。
「私の方が先に出たのに……」
「タクシーで来たからかな」
「金持ちかよ……それで、何しに来たの?」
「そりゃ来るでしょ。今日から僕の家だし」
「は?!」
「さっき説明したじゃん。同棲するって」
「同棲?冗談でしょ!?」
「お、なんだなんだ。2人とも、もう仲良くなったのかー!」
「父さん!!説明して!婚約者ってどういうこと!!」
 織姫は思わず叫んだ。帰宅してからずっと我慢していた疑問が、一気に噴き出したのだ。
「元々、多々羅家と奏人くんの王子家は古くから姻戚関係だったんだよ」
「え、そうなの?」
「家同士の繋がりを強めるために、昔は跡取り以外の男女を結婚させていたらしい。男女の組み合わせが合わなかったり、政略結婚の風習が薄れたりしてな。ここ数代は交流もほとんどなかったんだんだけど……」
「だけど?」
「少し前に奏人くんから婚約の申し出があってな。滅多にない好条件だったから受けといた」
 修造は悪びれもせず言い放った。
「私の意思は?!」
「奏人くんは優良物件だぞ! イケメンでお金持ち持ちだし、優しいし。それに結納金もくれたからな。お前には勿体ないくらいだ」
「は?結納金?幾ら貰ったの」
「えっと……500万くらい?」
「出しな!!」
「それはちょっと……」
「なんで? まさかまたホイホイ誰かにお金をあげたんじゃないでしょうね?」
「ち、違う!」
「じゃ、出せ! 今すぐ」
「ほ、本当にないんだ! 全部屋根の修理代に使ったから……」
 織姫はその言葉を聞いて納得した。
織姫の家は瓦屋根の築数百年の古民家であちこちガタがきていた。特に雨が降った日は、雨漏りが酷く修繕費用も数百万単位の為、バケツを置いたりしてどうにか凌いでいたのだ。
 それが先日、完璧に修繕されたものだから妙に思っていた所だった。
「まあまあ、今夜はすき焼きだよ。美味しいもの食べて元気だそ」
 父娘のやり取りをにこにこと見ていた元凶が能天気に言った。
 言われてみれば、美味しそうな匂いが漂ってきて織姫の腹がぐぅと鳴った。
「と、とにかく、今日はもう遅いから奏人くんも家に泊まるしかないだろ。織姫、2階の部屋を案内してやって」
「だから、なんで私が……」
 反論しようとしたものの、父の鈍臭さを思い出し、織姫は渋々段ボールを受け取って2階に上がった。
 階段を昇ってすぐ目の前の部屋に段ボールを置く。
「ここでいいでしょ。あんたの部屋」
「うん。住めるなら、どこでもいいよ」
「……言って。何が目的?いったい何を企んでるの?」
多々羅家は、古くからの霊媒師の家系だ。死者や人ならざるものの声を聞き、生きている人に代わりに届ける。あの世とこの世を繋ぐ媒介者。
 しかし、科学技術の発達により、非科学的なものがさほど受け入れられていない現代は細々と暮らしている有様だ。
 それでも、特殊な力を持つ多々羅が面白くないと思う輩は少なくない。
 だから、織姫は王子が多々羅家の隆興を阻止する刺客か何かではないかと考えた。
「安心して。何も企んでないよ。僕が多々羅さんを害することは、神に誓ってない」
「そんなの信じられる訳……」
「だって僕、何も視えないし」
「視えない?」
「僕、霊媒師の家系に生まれたのに、霊も妖も神様も何も視えない……能無しなんだよ」
「だから、何でそれが婚約に繋がるの?」
 織姫が聞くと、王子は少しだけ気恥ずかしそうに答えた。
「……能無しでも、その子供には隔世遺伝するかもしれないでしょ」
「ああ……」
「まぁ、王子家の偉いおじさん達はさ?祟り姫で有名な多々羅さんとの間に霊力の強い子供が生まれたらラッキー! くらいには思ってるかもしれないけど」
「……視えない、ね」
 自嘲気味に笑った王子の声は妙に淡々としていた。霊媒師の家に生まれながら、霊力を持たない。それがどれほど肩身の狭いことか、同業の織姫には簡単に想像がつく。
「あ!ごめん!気に障ったかな!?でも子供とか強要したいわけじゃないから! そういう可能性もあるって話で……」
「痛ッ!」
 ドスッ。鈍い音が響いた。王子が背中を押さえて恨めしそうに織姫を見上げる。
「多々羅さん!?いきなり殴らなくても……」
「……祓った」
「え?」
「今、あんたに取り憑いてた霊を祓ったの」
『ワタシノオトコ……』
 織姫には最初から視えていた。
『ワタシノカレ……ワダシノカレなノォ゙……』
 王子の背中にべったりと張り付く長い黒髪の女が。霊は、王子に近づく者全員にぎょろりと目を剥いて威嚇していた。
「血塗れの女の霊。どうもあんたのこと恋人だと思い込んでたみたい」
「えぇ……」
 霊の手首や腹からは無数の傷跡があり、血が噴き出していたから自傷して死んだ霊だと思われる。さすがの王子もショックだったらしい。それを伝えると、王子はしゃがみこんだ。
「お、王子?!大丈夫だよ、もう祓ったから……」
「血塗れの霊……それってどんな顔だった?!色は?髪の長さは?匂いはやっぱり生臭い?!」
 顔を上げると、王子は子供のようにキラキラと目を輝かせながら矢継ぎ早に質問した。
 どこから取り出したのか手にはペンとメモ帳を持っている。
「何で嬉しそうなの……?」
「だって僕、ホラー作家になりたくて」
「ホラー作家?」
「うん!昔からホラーや怪異とかを読んだり書いたりするの好きでさ。リアルを追求したいのに、僕は視えないでしょ?でも、多々羅さんを取材したらリアルな心霊作品が書ける!それってすごいアドバンテージだと思わない?!」
 開いた口がふさがらないとは、まさにこの事だ。織姫はこめかみに青筋が浮かぶのを感じた。
「それを早く言えっ!」
「多々羅さん?何で怒ってるの?」
「あんたが紛らわしい表情するからでしょうが!」
「え? だって僕だけ視えないのは辛いじゃん……」
 王子が子供のように口を尖らせてごねる。織姫はこんな阿呆に警戒していた自分が馬鹿らしくなっていた。
「痛い!痛い!お願いだからそんなに強く叩かないでよ〜」
「すき焼き代の代わり! 普段、無料で除霊はしないんだから光栄に思え!」
「痛くない除霊がいいです〜」
 と、痛がって見せながら王子の表情は笑っていた。どうやら、とんでもない変態に巻き込まれてしまったかもしれない。
 織姫は苦々しく思いながら、すき焼きが待つ食卓に向かった。その足取りは不思議と重くはなかった。