夕暮れ時。織姫は渡り廊下を早足で歩いていた。蛇ごろしの一件以来、松山から「目こぼし料」と称して雑用を押し付けられるようになった。
今日も放課後までこき使われ、帰る頃にはすっかり日が傾いている。
早く帰りたい。と思っていると、向かい側から西原穂乃果がやってきた。
織姫は面倒事を避けるため、廊下の端へ寄り、そのまま通り過ぎようとした瞬間だ。
どんっ!
肩に鈍い痛みと衝撃が走った。わっと、織姫は体勢を崩し、尻餅をつく。
「うわ、最悪〜」
西原がわざとらしく顔をしかめた。織姫は眉をひそめる。織姫はすれ違えるスペースを十分に空けた。その境界線を越えてぶつかってきたのは西原の方だったからだ。
「こっちの台詞なんだけど……」
そう言いかけて、織姫は固まった。
「あっ……!私のひよこ!」
さっき御駄賃代わりに松山から貰ったひよこの形の饅頭がぺしゃりと潰れて無残な姿になっているからだ。
ひよこを救い出そうとした瞬間、事もあろうに西原がひよこを踏みつけた。織姫の顔から血の気が引く。
「何すんの!!家で食べようと思ったのに……!」
「祟り姫だか何だか知らないけど、ちやほやされて調子に乗ってるからじゃない?」
西原は鼻で笑った。そして吐き捨てるように言う。
「ブスのくせにさぁ」
悪意を隠そうともしない声だった。取り巻きも、媚を売る王子もいないからか、西原は遠慮なく本性を曝け出してきた。
さらに西原が足を上げて、再びひよこ饅頭を踏みつけようとした。その時だった。
シャーッ!!
白い影が床を走った。
「きゃっ!?」
西原が悲鳴を上げる。
「シロ太!?」
いつの間に現れたのか。白蛇が西原の前に躍り出ていた。鎌首をもたげ、牙を剥いている。
「な、何よこれ……!」
シロ太は低く威嚇しながら、西原へ飛びかかろうとしていた。
「シロ太!」
織姫は慌てて呼び止める。
「お利口さんだから、噛んじゃダメ!」
シロ太の前へしゃがみ込み、そっと身体を引き寄せた。シロ太は不満そうに舌をちらつかせるが、素直に織姫の方へ戻ってくる。
「は? お前、蛇なんか学校に連れて来てんの?」
「違うけど」
「やっば! 校則違反じゃん! 先生に言うから」
「……言えるものなら言ってみれば」
「は? ブスのくせに生意気なんだよ!」
相変わらず汚い言葉使いだった。黙っていれば綺麗な表情も、今は醜く歪んでいる。
織姫はため息をつく。そして西原の背後へ視線を向けた。黒い靄。どろどろとした感情の塊が、肩や首筋にまとわりついている。
嫉妬、怒り、憎悪。
その隙間に引き寄せられた低級霊達が、西原の周囲をうろついていた。
「西原さんさ」
「は?」
「私も大概な性格だけど、このままだと、ろくな目に遭わないよ」
普通の人間には見えないだろうヘドロ達。それが西原の人格にも悪影響を及ぼしているのが織姫にははっきりと見えていた。
「は? 何なの?」
西原は一瞬きょとんとするも、次の瞬間にはまたいつもの悪態を吐いた。
「キモいんだけど。話しかけてくんな」
「……忠告したからね、私は」
織姫はそれ以上は言わなかった。言ったところで聞かないだろう。シロ太を抱き上げると、裏山へ逃がした。
「ほら。帰りな」
シロ太は名残惜しそうに織姫の腕に尾を絡ませた後、するりと外へ滑り出た。夕闇の中へ白い身体が消えていく。
帰り際、織姫はもう一度だけ西原を見た。
彼女の背後では黒い靄が不気味に蠢いている。織姫は目を瞑ってそれを見なかったことにした。
本人が助けを求めていない以上、余計なお世話だからだ。
そして潰れたひよこ饅頭を拾い上げると、そのまま踵を返した。
今日も放課後までこき使われ、帰る頃にはすっかり日が傾いている。
早く帰りたい。と思っていると、向かい側から西原穂乃果がやってきた。
織姫は面倒事を避けるため、廊下の端へ寄り、そのまま通り過ぎようとした瞬間だ。
どんっ!
肩に鈍い痛みと衝撃が走った。わっと、織姫は体勢を崩し、尻餅をつく。
「うわ、最悪〜」
西原がわざとらしく顔をしかめた。織姫は眉をひそめる。織姫はすれ違えるスペースを十分に空けた。その境界線を越えてぶつかってきたのは西原の方だったからだ。
「こっちの台詞なんだけど……」
そう言いかけて、織姫は固まった。
「あっ……!私のひよこ!」
さっき御駄賃代わりに松山から貰ったひよこの形の饅頭がぺしゃりと潰れて無残な姿になっているからだ。
ひよこを救い出そうとした瞬間、事もあろうに西原がひよこを踏みつけた。織姫の顔から血の気が引く。
「何すんの!!家で食べようと思ったのに……!」
「祟り姫だか何だか知らないけど、ちやほやされて調子に乗ってるからじゃない?」
西原は鼻で笑った。そして吐き捨てるように言う。
「ブスのくせにさぁ」
悪意を隠そうともしない声だった。取り巻きも、媚を売る王子もいないからか、西原は遠慮なく本性を曝け出してきた。
さらに西原が足を上げて、再びひよこ饅頭を踏みつけようとした。その時だった。
シャーッ!!
白い影が床を走った。
「きゃっ!?」
西原が悲鳴を上げる。
「シロ太!?」
いつの間に現れたのか。白蛇が西原の前に躍り出ていた。鎌首をもたげ、牙を剥いている。
「な、何よこれ……!」
シロ太は低く威嚇しながら、西原へ飛びかかろうとしていた。
「シロ太!」
織姫は慌てて呼び止める。
「お利口さんだから、噛んじゃダメ!」
シロ太の前へしゃがみ込み、そっと身体を引き寄せた。シロ太は不満そうに舌をちらつかせるが、素直に織姫の方へ戻ってくる。
「は? お前、蛇なんか学校に連れて来てんの?」
「違うけど」
「やっば! 校則違反じゃん! 先生に言うから」
「……言えるものなら言ってみれば」
「は? ブスのくせに生意気なんだよ!」
相変わらず汚い言葉使いだった。黙っていれば綺麗な表情も、今は醜く歪んでいる。
織姫はため息をつく。そして西原の背後へ視線を向けた。黒い靄。どろどろとした感情の塊が、肩や首筋にまとわりついている。
嫉妬、怒り、憎悪。
その隙間に引き寄せられた低級霊達が、西原の周囲をうろついていた。
「西原さんさ」
「は?」
「私も大概な性格だけど、このままだと、ろくな目に遭わないよ」
普通の人間には見えないだろうヘドロ達。それが西原の人格にも悪影響を及ぼしているのが織姫にははっきりと見えていた。
「は? 何なの?」
西原は一瞬きょとんとするも、次の瞬間にはまたいつもの悪態を吐いた。
「キモいんだけど。話しかけてくんな」
「……忠告したからね、私は」
織姫はそれ以上は言わなかった。言ったところで聞かないだろう。シロ太を抱き上げると、裏山へ逃がした。
「ほら。帰りな」
シロ太は名残惜しそうに織姫の腕に尾を絡ませた後、するりと外へ滑り出た。夕闇の中へ白い身体が消えていく。
帰り際、織姫はもう一度だけ西原を見た。
彼女の背後では黒い靄が不気味に蠢いている。織姫は目を瞑ってそれを見なかったことにした。
本人が助けを求めていない以上、余計なお世話だからだ。
そして潰れたひよこ饅頭を拾い上げると、そのまま踵を返した。

