大空羽ばたくデンジャラス・カラス

「キミたちは被害者なんだから、早く逃げるんだ。何でここに残っている?」
 ボクはヨーシー民の男子二人に話しかける。
「僕たちは、裏切るのが怖いよ」と男子の一人がジェーンと二口田亜弥を見て言う。
「早く逃げろ! 死ぬぞ」
 ボクは何度も逃げるようにうながした。

「チクショー! 何で仲間が助けに来ないんだ!」
 ジェーンは窓の外を見て言う。
「私たちは、仲間に切り捨てられたんだよ。非常時には戦闘機か何かで助けにくると言われていたのに」
 二口田亜弥は悔しそうに言った。
「公安の連中には、あれだけいい思いをさせてやったのに……。じゃあ、お前らが何とかしろ! 命令だ」
 ジェーンは男子に命令する。

「でも……」
 男児二人は腕時計で時間を確認しようと、同時に左手を顔に近づける。

 それは一瞬だった。
 銃声が鳴り響き、何が起こったのかボクが理解するよりも早く、血しぶきが飛び散る。そして、目の前にいた男子二人とジェーンが悲鳴とともに倒れていった。

 珠美さんは、表情を何一つ変えず、銃口に息を吹きかけている。
「珠美さん、何で? こんな、……酷いよ!」
 ボクは珠美さんが男子に発砲する理由が分からない。
「こいつらは、私たちを殺そうとした」
「そんな訳ない……。子どもを撃たなくてもいいだろ!」

 珠美さんは、男子の腕時計を指差した。
「見ろ。これ。何の変哲もない腕時計のように見えるが、小さな毒針が発射できるように仕込んである」
「え?」
「やらなければやられていた。まあ、私は最初からこいつらが兵器を持っていることに気付いていたがな。いつも言ってるだろ、先入観を捨てろ、と」

 ──爆発まで、あと1分だぞ! すぐにビルの外に逃げて!
 無線で、小川さんが絶叫する。
「こいつ、許せねえ」
 珠美さんが二口田亜弥に銃口を向けた。どうしよう。爆破まで時間がない。
「やめて! お願い、助けて。言うことなら、何でも聞くから」

 ──ボス! 俊介! あと20秒だぞ。
 緊張感のこもった小川さんの声が無線で響く。
「俊介。この女、お前がやれ」
 珠美さんは銃で撃つように、ボクに促す。

「そんな……」
「お願い……。少年のキミ。私には幼い子どもがいるの。撃たないで。ここから脱出させて」
 ボクは銃口を向けてみたが、怖くてたまらない。手が震えた。

「撃てー!」

 撃てない。それに、撃ったところで、どっちにしたって爆発して、死ぬじゃないか。
 追い詰められた時、小谷さんの言葉を思い出した。

(いいか。最後の最後まで追い詰められるようなことがあったら、何とかしようなんて、思わなくていい。開き直って、この状況がちょっとマシになる選択をするんだ)

 開き直って、ちょっとマシになる選択。……あっ。男子とジェーンはまだ死んでいない。そうか。

 ──5秒前! 何やってんだ!
「チッ、俊介、逃げるぞ」
 珠美さんは瞬時にテーブルの上の金品をケースに押し込み、翼をはためかせて外に出る。

 ──3、2、……。
 ボクもすぐに窓の外へと脱出した。
「いやあああ! 置いてかないで! 死にたくないぃ」
 二口田亜弥の叫び声がビルの外まで響く。

 ──ゼロ。

「俊介! どこへ行く?」
 その一瞬、ボクは屋上へと飛び上がり、フェンス伝いに張り付けた配線の一つを銃口で狙う。
(神様。申し訳ありません)
 念じながら、トリガーに手をかけ、静かに引いた。
 その直後、けたたましい爆音と爆風が巻き起こり、ビルは破壊されていく。

 ──ボス、……無事かい?
 心配した小川さんが、声のトーンを落として安否を確認する。
 ──ああ、無事だ。作戦は成功だ。

 ──爆発が、少し遅れたように思えたのですが?
 ボクと珠美さんは、上空でホバリングして、ビルの破壊された状況を見下ろしている。
 ──さあな。
 珠美さんは笑う。

「殺せばいいものを、お前は甘いな。あの一瞬で、ホール近くに仕掛けた爆弾が爆破しないように、配線の一つを銃で撃って切り落としたんだな」
「……はい。でも、一か八かでしたよ。ボクの腕前で弾丸が当たるかどうか分からないので。開き直って、ダメ元でやったら、たまたまうまくいきました」
「ホールは爆破しなかったが、その下の階はすべて粉々になったせいで、見てのとおり、最上階のホールは地面に突き落ちてる。生き残ったとはいえ、かなりの重傷だろうな」

「それでも、殺さなければいいです。二口田亜弥は、死ぬ恐怖を十分似味わったことでしょう。珠美さんだって、ジェーンと男子二人を殺さなかったですよね? 急所をわざわざ外して撃っていましたから」
「ふん。でも、出血多量で危ないと思うぞ」
「救助は、すぐに来ます」
「そうだな」
「ホントは、殺したくなかったんですよね? ほら、神様に謝罪する3秒があってよかったじゃないですか」
「……生意気だな。帰るぞ」
「はい」



 空を羽ばたき、珠美さんとアジトを目指す。その途中、ボクは今日の出来事を思い返していた。どうしても気になることがある。
 あの男子二人は、リスクを冒してまで毒針で攻撃できる腕時計を身に着けていた。そして、仲間が助けに来ない、と嘆いていた二口田亜弥。まるで今夜、ボクたちが襲撃することを最初から知っていたみたいじゃないか。
 まさか、公安にバレていた?

 バレていたが、二口田が邪魔になったから、助けなかったとすると、……何でバレたんだ?
「珠美さん」
「ボスって呼べ」
「はい、ボス。……作戦は本当に成功でしたか?」
「ちゃんと高額な金品を奪えたし、要支援者人種から性的搾取をしている優等人種のヤツらを痛めつけられたから、いいんじゃないか」
「それは結果です。……バレてましたよね、きっと」
「ああ」

「盗聴されているとか、無線を傍受されているとかですか?」
「うちの無線は公安よりもはるかにセキュリティが高いがな」
「ボスも最初からバレていることを知っていたんですね。原因も含めて全部知っていたけど、公安は手を出してこないと見込んだから、今夜作戦を決行したんですか?」
「どうだろうな。じゃあ、この謎の解決はお前に任せる。でないと、ヤタガラスのメンバーがいつか公安に殺されちまうからな」

「ボクが? バレた原因が何か知っているなら、ボスが指示を出せばいいじゃないですか?」
「違うな。お前がやれ。組織の存続がかかっている極秘の案件だ。これは命令だぞ」
「今日初日のボクにできますか?」
「新人だから頼んでいる、といったらどうだ?」
 新人だから? 珠美さんの言うことが、イマイチ理解できない。新人には任せられないのが、一般的な考え方なのに。

「俊介のEQは、ヤタガラスの誰よりも突出しているから、頭脳戦で負けないだろう。極秘作戦が練り上がったら私に報告しろ」
 頭脳戦?

 ……急に、背中が凍り付くような恐怖を感じた。
 ひょっとして、ヤタガラスのメンバーに裏切者がいる? それって、かなり危険な状況だと思う。

 今夜の作戦を知っているのは、コアメンバーだけだ。だから、もし裏切者がいるなら、他の大勢いるヤタガラスの人たちではなく、きっとコアメンバーだ。
 その裏切者が誰か、きっと珠美さんは知っているけど、泳がせているようだ。

 確かに、この件はボクしかできない。
「は、……い」
「ふっ。楽しいだろ。このヒリヒリした緊張感がたまらないねえ」
 珠美さんは、カラスのように気高く翼を広げて空を飛ぶ。ボクは置いて行かれないように、付いていくのに必死だった。