大空羽ばたくデンジャラス・カラス

「小谷さん! 大丈夫ですか?」
 小谷さんはうめき声をあげる。身体を強く打って、出血しているようだ。早く救護テントに行かなければいけない。小谷さんを背負って、山のふもとを目掛けて歩き出す。この山の坑道全体が破壊されたようだ。きっとこの山で作業をしているたくさんの人が、それぞれの坑道で倒れ込んでいることだろう。とにかく小谷さんだけでも、手当てを急がなくては。

「無駄だ!」
 振り返ると、見覚えのある女性が立っていた。
「……珠美さん?」
 そこにはさっきまでの作業着姿ではなく、真っ黒な衣装を身にまとった珠美さんがいた。まるで、工作員のようないで立ちだ。胸にカラスのようなマークが入っている。
「この坑道は二度と使えないようにボロボロにしてやった。救護テントも爆発したから、行ったところで手当てなんかできないよ」
 珠美さんは別人のように横柄な口調で言う。

「何でこんなことをするんですか? 何の罪もないボクらをこんな目に遭わせて、一体、誰が得をするんですか?」
「うるさい! お前らは優等人種の奴隷になって逆らおうともしない。私からすれば、その無能さが大きな罪だ。それに、この金儲けができる施設がなくなれば、優等人種はさぞや困ることだろう。いい気味だ」

「酷い。この山で作業するみんな、いい人なのに。ひょっとしたら今、死人だって出ているかもしれないんですよ! 珠美さんは間違っている! 暴力で世界は変わりません!」
「いや、変わるな。こうしている間も、優等人種はのうのうと私腹を肥やし、楽しい人生を送っている。それに引き換え、ヨーシー民はどうだ? 暴力でも使わなければ、お前らは合理的配慮という仮面に騙されて、一生奴隷のままだぞ。こんな苦しい生活を一生送るくらいなら、死んだ方がいいだろう?」

「ヨーシー民の暮らしは、全部が全部不幸じゃない! 何とか暮らせていけて、それなりに喜びもある」
「それが優等人種や普通人種の思うつぼなんだよ」
「ボクは、珠美さんを許さない」
「私を?」
 珠美さんは大声で笑った。
「へなちょこだけど、ヨーシー民にしては少しばかり頭がよさそうだから、お前だけ私の組織に入れてやろうかと思ったんだが、断るのか?」
「テロ集団にボクは入らない?」
「一生、ヨーシー民のままでいいのか?」
「これで、いいんだよ」

「母親に会いたくないのか?」
 思いがけないことを言われて、ボクは息を呑んだ。……会いたい。母さんに会いたいけど……。
「調べたら、お前の故郷、滋賀県で弟の佳亮と一緒につつましやかに暮らしているぞ。いいのか? 私に付いてきたら、会わせてやるぞ」

 佳亮……。あいつは、もう中学生くらいか。ボクと佳亮に父親はいない。ボクにとって、家族は母さんと佳亮だけだ。佳亮はきっと、大きくなっているのだろう。
「どうする? 家族に会うのを諦めるか?」
「そんな……」
「どうして、家族が引き離される必要があるんだ? お前はそんな酷い目に遭っているのに、どうして許せるのかさっぱり分からない。すべては優等人種が悪い。その優等人種の言いなりになって、すべてを従う普通人種も同罪だ!」

「母さんには、会いたい。会いたいよ! でも、……ボクがテロリストになったら、きっと悲しむ……」
 気が付いたら、ボクは泣いていた。
「取引しよう」
「取引?」
「お前が私に付いてきて言うことを聞くなら、家族に会わせてやるだけじゃなく、この山の爆発でケガをしているヨーシー民をすべて病院に送り届けてやる。どうだ?」

 そうだ。早く小谷さんを手当しないとまずい。小谷さんだけじゃない。同じヨーシー民の仲間がこの山の坑道内でたくさん大ケガを負っていることだろう。

 でも、だからといって、こんなテロリストに加担するなんて……。それに、本当に小谷さんや他の仲間を病院に送るだろうか……? そもそも、珠美さんからすればボク一人のために全員を助ける価値なんてないと思う。

「珠美さんはどうして、ボクなんかを連れていこうとするんだ? ヨーシー民のボクを連れて行っても何の役にも立たないのに」
 すると、また珠美さんは大声で笑った。
「お前の頭だ」
「頭?」

「お前は私と同じで、ヨーシー民ではないのに無理矢理ヨーシー民の人種に入らされたんだよ」
「違う。ボクは6歳の時にEQテストでスコアか60だったんだ」
「政府に騙されるな。日頃から俊介と接していて、どうみてもヨーシー民なのはおかしい、って私は感じたから、政府のデータをハッキングして調べたんだよ。お前のEQのスコアは、60じゃない。140だった」
 ボクのEQが140? ありえない。

「嘘だ。ボクは幼い頃から発達が遅くて、言葉を話すのが苦手で、周りの子たちについていけなかったのに」
「天才というのは、幼い頃、発達が遅い傾向かある。実際に今、俊介は発達で追いついているだろ?」
 確かに、いつからかボクは発達の遅れを取り戻している。
「優等人種からすれば、自分たちより上の優生指数を持つ者がいると、いつか自分たちの地位を脅かしかねないから邪魔なんだよ。だから排除して、無理矢理ヨーシー民にしているんだ」
「まさか」

「本当だ。ちなみに私のEQは135だ。以前は140以上の者を排除してヨーシー民にしていたが、去年から規定が厳しくなって排除のラインが、140から135まで引き下げられた。だから、私は去年、政府の陰謀でヨーシー民に人種化された」

 ボクは本当に、そんなに高いEQなのだろうか? 珠美さんに騙されているだけかもしれない。でも、不思議だが、こんな凶悪な事件を起こした犯罪者なのに、珠美さんが言っていることは嘘に思えない。
「おい、俊介。どうするんだ? 爆発があったことは公安にバレてるから、もうすぐ、公安隊が戦闘機に乗って私を殺しにやってくるだろう。時間にない。今すぐ決めろ。取引にのるか、のらないか」

「本当に、小谷さんや山の作業員のみんなを病院へ連れて行ってくれるのか?」
「ああ。約束する。言っておくが、今からやってくる公安隊や政府の奴らは、この山で倒れているヨーシー民を確実に見捨てるだろう。奴らにとって大事なのは、この山から採れるトレジャーアースがすべてだからな」
 そんなのは、言われなくても分かっていた。ヨーシー民は、優等人種や普通人種のように大切に扱われない。悔しいが珠美さんの言うとおりだ。
「俊介、どうするんだ?」

 どうすればいい?
 助けたい、この山の仲間を。ヨーシー民の同胞を。
 助けたいが……。
「俊介、残念だがタイムオーバーだ。せっかく仲間になれると思ったのにな」

 突然、珠美さんの背中に衣装と同じく真っ黒で大きな翼が現れた。そして、その翼は力強く羽ばたき、土埃を上げる。
 珠美さんは、鳥のように翼を羽ばたかせながら宙に浮かび始めた。
「これは、翼型の最新式ドローンだ。音速で飛べるから、公安隊の航空機では私に追いつけない。俊介とはここでさらばだ」

 一瞬で珠美さんは大空高く舞い上がり、雲の中に入ろうとしていた。
 これでよかった、……のだろうか。違う!
 やっぱり、助けたい、この山の仲間を。
 その時、風が吹き抜け、ボクの心に巣食う臆病虫を吹き飛ばした。
 ボクは目を見開き、大声で叫ぶ。

「のった! 珠美さん、その取引、のったよ!」

 すると、珠美さんは急下降して風を巻き起こしながら、ボクに近寄ってきた。
「よく言った! この手に捕まるんだ」
 珠美さんは上空から両手を差し出してくる。ボクは大きくジャンプして、珠美さんの手をしっかりと摑む。
 そして、珠美さんが甲高い口笛を吹くと、同じ翼型のドローンを身に着けた戦闘服の人たちが次々と雲間から降りてきた。そして、負傷者を抱えると、再び空へ舞い上がっていく。心配していた小谷さんも、戦闘員とともに空へと消えた。

 入れ替わるようにして、けたたましい警報音が鳴り響き、公安隊の真っ黒な戦闘機が猛スピードでボクらを目掛けてやってくる。全部で3機はいるようだ。
 レーザーを照射してきた! ボクたちを撃ち殺すつもりだ。

「俊介、一気に500メートル上空まで急上昇するから、この手を離すなよ!」
「はい!」
 公安隊は、本当に発砲してきた。爆撃をくぐり抜けて、ボクと珠美さんは上空へ飛び立った。
 空から見る景色は、絶景だ。眼下に、住み慣れた街が小さくなって見えた。気が付けば、空が夕焼けに染まって、街に明かりが灯り始めている。

 空から見たボクらヨーシー民の住むエリアは、余りにもちっぽけだ。エリア外には、優等人種や普通人種しか入れない、きらびやかなビルや街並みが広がっていた。
 公安隊の戦闘機はしつこくボクらを追いかけてくる。

「一気にまいて逃げるぞ」
「はい」
「安心しろ。あの戦闘機よりもこの翼の方が性能は上だ。保安隊よりも私たちの方が有能だから、兵器も何もかも、私たちは負けない」
 珠美さんの背中にある翼か高速で羽ばたくと、ワープするように目まぐるしく景色が一瞬で変わっていく。
 ボクは生まれて初めて、自分の人生を自分で変えようとした。
 不安だけど、ボクは前を向いた。
 眼下に広がる景色は、どこまでも美しかった。