大空羽ばたくデンジャラス・カラス

 母親と引き裂かれてから10年が過ぎ、ボクは毎日、鉱山で採掘の作業を担っていた。
 山の斜面に爆弾などで穴を開けたところに、大きなパイプを差し込み、薬品の液体を大量に流して、溶け出した泥水を回収する。この液体の中に含まれるのが、トレジャーアースというものだそうだ。

 ボクらの人種は、要支援人種、略してヨーシー民だ。
 ヨーシー民の労働は週4日で、1日あたりの労働時間は、休憩を入れて6時間。普通者や優等者の最低賃金以下の時給しかない。

「俊介、危ないぞ」
 グループリーダーの小谷さんが声をかける。パイプの設置位置がずれてしまっていたから、溶け出した泥水の一部がボクの右腕にかかってしまった。
 山の穴の中は照明があるものの、暗いからすぐに手元か狂う。

「すいません。すぐにパイプを設置し直します」
 ボクは慌てて、バルブを閉めて薬品液が出ないようにした。
「いや、それより、すぐにここを出て、救護テントに行け。お前、この泥水を右腕に浴びただろう」
 心優しい小谷さんは心配して言ってくれているが、ボクはもう、そんなことどうでもよかった。

「もう、いいですよ。このまま作業を続けます」
「詳しくは知らないが、この泥水は身体によくないらしいぞ」
「知っています」
 実際に、泥水を浴びた右腕は、しびれている。泥水を浴びるのは、初めてではない。これまで何度も経験しているし、この作業場で働く作業員はみんな経験しているだろう。救護に行けば、入院するよう強制される。ただでさえ賃金が少ないのに、入院すれば生活が立ちいかなくなる。
 入院したくないし、少しでも働いてお金がほしいから、みんな我慢するのだ。

「黒田は、先月、咳が止まらなくなって、がんにかかった。もう、こんな悲しいことになってほしくないんだよ、俊介」
「発がん物質が含まれているそうですね、この泥水に」
「おお。そういうのがこの泥水にあるらしいな」
「救護に行っても行かなくっても、ここの作業員は、みんな長生きはできません。この特殊な発がん物質は揮発性なので、今もここに満ちています。だから今、救護に行ったところで意味がないです」
「え? キハツセイ? よく分からないが、オレも長生きできないのか?」
「はい、かなりの濃い発がん物質らしいですから」

「チックショー、普通人種と優等人種の奴らめ。こんなひどいことをオレたちに押し付けやがって」
「しかも、この泥水はバケツ一杯分で高い車が買えるくらいの金になるそうです」
「こんな汚い泥水が? 普通人種と優等人種がその取り分をまるまる持っていくってのか? 許せんな」
「はい。ボクらは底辺ですから仕方ないですよ。この中に含まれる有害なトレジャーアースはロボを動かすのになくてはならない物質みたいで、世界中で奪い合いになっているみたいですね」

「俊介、前から思っていたけど、お前はホントに同じ人種のヨーシー民か? お前、頭がいいよな」
 俊介は、笑った。
「6歳に受けたEQテストの結果以来、間違いなくボクはヨーシー民です。この首元に埋め込んであるチップにヨーシー民と刻み込まれていますよ」

「小谷さん、俊介くん、作業は順調?」
 坑道の汚染清掃を主な業務とする珠美さんが近付いて声をかけてきた。
「いや、俊介が泥水を身体にかぶっちまってさ」
「ダメじゃん! すぐに救護に行かないと」
 珠美さんは心配そうに言う。
 珠美さんは、20歳前後の背が低めの女性。以前は優等人種だったらしいが、去年、交通事故に遭い、頭を強く打ったためにEQが下がって要支援人種になってしまったらしい。

「もう、今更手当なんていらないですよ。ボクらは、どっちにしてもこの環境のせいで寿命は短いし、この暮らしからは抜け出せません。仕方がないです」
「すべての人は平等なのに、おかしいよ!」
 珠美は喚く。

「平等ですよ、建前上は。この世界を支配している優等人種からすれば、ボクらが受けているのは差別ではなくて、合理的配慮だって譲りません。優等人種に支配されている普通人種は、自分さえよければいいから、ボクらヨーシー民のことなど気にもかけませんからね。珠美さんだって、以前は優等人種だったから分かるんじゃないですか?」
「分かるからムカつくの。ヨーシー民はこの泥水の採集だけじゃなくて、殺人ウイルス消毒の仕事や核爆弾開発作業、毒物処理みたいな危険なものばかりやらされている。復讐したくない?」
「おいおい物騒なことは言うな。監視カメラをチェックしている公安にしょっ引かれるぞ」

 小谷さんは心配して、黙るようにジェスチャーをする。
「俊介くん。優等人種の中には、こういう差別をなくしたいと思っているまともな人もいるんだよ。少なくとも私はデモをして、SNSで世界に日本の異常な合理的配慮を批判して発信し続けてきたの。……でも、私はこんな目に遭った」
「え? 珠美さんが交通事故に遭ったのは、たまたまでしょ?」
「違う。私を車で轢いたのは、公安省副大臣の秘書だよ。今のこの差別的な状況を守り、反発する人たちを排除しているのは、優等人種の中の政治家。特に公安大臣よ。だから、私は復讐することにした」
「復讐って……」

「おい黙れ!」と小谷さんが制止するために割って入ろうとした時、珠美さんが何かのリモコンのスイッチを押すのが見えた。瞬時に視界を奪われる強烈な閃光と爆発音が坑道内の奥から発し、一瞬でボクらを包み込む。そして、爆風で吹き飛ばされ、気が付いたら山の外に飛び出していた。

 すぐ近くで小谷さんは全身血まみれで倒れている。ボクも頭から軽く出血していたが、幸、命に別状はなさそうだ。