廃部間際の僕の部を救ったのは転部魔でした

 翌週の月曜日。昼休みの終わり頃、スマートフォンに一通のメッセージが届いた。

〝一週間、部活休みます。〟

 端的な文章だった。欠席するという旨だけ、他に理由も説明もない。けれどそれだけのことで、僕は胸の奥が、急にひびが入るように痛むのを感じた。
 部活を休むと言うことは、浪川くんが来ないということだ。「転部します」という文言こそないが、嫌な予感がしてたまらないのはどうしてだろうか。
 来られない日があれば連絡してほしいと言ったのは自分だというのに。そしてきっと、彼はそれに従っただけだというのに。

(……僕のせい、なのかな)

 あの日の責めるような言葉、視線。それらをうまく流せなかったこと。僕を見つめる、浪川くんの痛ましい表情。……全部が、頭の中でぐるぐると回る。
 もし彼がこの部を辞めたいと言ってきたらどうしよう。放送部は廃部になる。でも、それだけじゃない。浪川くんと会えなくなる。こうやって、会う理由もなくなってしまう。……それはなんだか、胸が苦しい。
 ……嫌だ、と思う。

(……なんで?)

 自分でも分からない。いや、これはいつもの僕の悪癖だ。現実から目を背けようとしている。理解を拒もうとしている。自覚するのが怖いから。浪川くんに、ここから去ってほしくないから。……だから、分からないままなのだ。
 そんな不安を抱えたまま、迎えた放課後。放送室の前を通りかかった時、僕はふと、視界の端に何かが映るのを捉えた。

(投書箱……)

 アクリル素材で作られた透明な箱は、生徒からのお便りやリクエストを受け取るためのものだ。最近はほとんど空っぽだったのに、今日は一通の封筒が入っていた。
 差出人はなし。折り畳まれた便箋を開くと、整った字でこう書かれていた。

〝好きな人を傷つけてしまったら、どうすればいいですか。〟

「……す、好きな人?」

 素っ頓狂な声が口から飛び出る。だって……「好きな人」って。これはいわゆる恋愛相談なのだろうか。放送部宛に?……僕宛に?

(いたずらとか?)

 いや、仮にそうだったとしたら、もっと意味不明で、笑止千万な内容になっていただろう。何よりその筆致がふざけたものではない。とすると、これは立派なお便りに違いなく。

(……誰か、悩んでるんだ)

 そう思うと、自然と顔が前を向いた。放送室へと足を踏み入れると、僕は机に向かい、原稿用紙を広げる。

「今週の『放課後ラジオ』は……これにしよう」

 ペン先が紙を滑る。言葉が字という形を帯びていく。

〝好きな人を傷つけてしまったら、どうすればいいですか。〟

 その問いに対する明確な答えがあったわけではない。第一、僕は恋愛なんてさっぱりだ。「好きな人」という存在に思い当たる人物がいるわけでもない。……では、答えなんて出せないのではないか。
 ……案外、そうでもない。

(だって、このお便りがここにある)

 僕が放送部に入ったのは、誰かに自分を伝える機会が欲しかったからだ。声なら、言葉なら、誰かに届くかもしれないと思ったから。そしてそれは、このお悩み相談にも同じようなことが言える。
 お便りをくれた差出人は、僕にこの悩みを伝えようとしてくれたのだ。文字なら届くかもしれないと思ったから。そして僕はたしかに受け取った。……なら、きっと僕の答えも届くはずだ。必死に考えた分だけ、きっと報えるに違いないと思った。

(考えろ、考えろ)

 好きな人を傷つけてしまったら、どうすればいい?
 それは、誰かの悩みへの回答であり──同時に、自分自身への問いかけでもあった。

 ──……僕が浪川くんをこんなに気にしてるのは、どうしてだろう。

 不意に、以前思ったことが脳裏を過ぎる。
 僕は浪川くんに冷たくしてしまった。彼は、今どこで何をしているのだろう。どうして休んでいるのだろう。彼は僕を、どう思っているのだろう。

(……僕は、どうすればいい?)

 一瞬、筆が止まる。けれど僕は姿勢を整えると、再び淡々と、丁寧に、文を(したた)めていった。