廃部間際の僕の部を救ったのは転部魔でした

 浪川くんが放送部に入ってから、およそ二ヶ月が経った。
 初めは戸惑いや不信感ばかりだった彼の存在は、気づけばすっかり放送部の一員になっていた。「放課後ラジオ」の台本作りも準備も、二人でやるのが当たり前になっていて、僕はそんな時間がずっと続くものだと、どこかで勝手に思い込んでいたのかもしれない。
 ……違和感に気づくのが遅れたのは、そのせいだったのだろうか。

「──あれ? 今日の原稿、まだもらってない」

 それは終礼前の下校準備中のこと。せっせと通学鞄に教科書を詰め込んでいた僕は、ふと浪川くんから台本の原稿を受け取る予定だったことを思い出す。
 忘れていたのは、今日が木曜日だったから。用事があるという理由で火曜日の部活動を欠席した彼に、僕は原稿の締め切りとして今日を設定していたわけだが、いつもと異なるスケジュールもあって、頭からすっかり抜け落ちていた。
 余談だが、この状況は初めてのことではなかった。浪川くんは先々週の火曜日も部を欠席していたが、その時は翌日の放課後に「できました~」と軽いノリで原稿を持ってきてくれていた。

(忘れた……? ううん、浪川くんならありえる……か?)

 でも、明日にはラジオが控えている。このままでは最悪放送に間に合わなかった。
 どうにも胸騒ぎがする。嫌な予感を振り払うように、僕はすくりと席から立ち上がった。

「おっ、どうしたー? 江古田」

 突然席を立った僕に、後ろの席のクラスメイトが目を丸くする。「浪川くんのところ行ってくる」と告げれば、彼は怪訝そうに「え? 浪川ってあの浪川?」と眉を顰めた。くるくる変わる表情は、暗に「大丈夫か?」と僕に心配を告げる。

「何がどういうワケで浪川んとこ行くんだよ。お前とあいつ、関係あったっけ」
「浪川くん、一応放送部だから」
「えっ⁉ 『流浪の男』、いま放送部いんの? どういう風の吹き回しで⁉」

 そんなの僕が知りたい。が、何がどうしてか、巡り巡ってこうなっている。そして僕は部長である以上、クラブのことには責任を持たなければならなかった。
 めらりと使命感に燃える僕を前に、クラスメイトは「あー、まあ……程々にな」と生温かい眼差しを向ける。僕がそれにはてと首を傾げれば、彼は「なんつーかさ……」と声を潜めた。

「ほら、浪川って飽きやすいじゃん? だから……あんま期待しない方がいい、つーか。期待すると痛い目見る、というか……」

 クラスメイトなりに気遣った言い回しに、僕は目をパチクリさせ、そしてそっと口角を緩める。

「……そんなこと、浪川くんが入部した時から分かってるよ」

 そして僕は、それでもなお、彼とこれまで何とかやってきた。

「ちょっと行ってくるね」

 原稿を受け取りに、浪川くんの教室へ向かう。廊下を歩く足取りが、いつもより少しだけ重かったが、それには気づかないフリをした。
 直線距離をしばらく進んで、三教室め。浪川くんのクラスの前に立つと、扉の向こうから明るい笑い声が聞こえてきた。
 終礼前に教室がざわつくのはどこも変わらない。ドアの窓から室内を覗き込めば、彼はクラスの中心にいた。彼の雰囲気によく似た、彼の友人らしい人たちに囲まれ、何やら楽しそうに話し込んでいる。その輪の中に、僕が入る余地はまったくない。……それでも、

(……原稿、もらわないと)

 胸の奥がきゅっと縮むのを感じつつも、僕はぐっと息を飲み、その扉をスライドした。

「あれ、江古田クン?」

 真っ先に気づいたのは浪川くんだった。口をポカンと開けては、すぐに立ち上がる。「教室来るなんて珍しい──」と言いかけ、その次の瞬間に「……あっ」と声を漏らすと、彼の表情はたちまち青ざめた。

「やべ……原稿、まだ渡してなかったよね。マジでごめん、今持ってく!」

 慌てて鞄を漁り、シワの付いた紙束を引っ張り出す。その動きがあんまり必死で、急いでいたものだから、僕は思わず胸の前で手を振った。

「あ、ううん。大丈夫。ありがとう。……押しかけちゃってごめんね」
「いや、謝んないで。俺が百パー悪いから。なんか今日、色々あって──」

 と、その時、唐突にも浪川くんの言葉を、取り巻きの一人が強引に遮る。「え、なに? 放送部の台本?」と、軽い口調で……面白がるように。

「浪川お前、まだあれ続けてんの?」

 尋ねるその声音が、どこか乾いた響きをしていた。

「つーかさ、最近お前、放課後全然来ねぇじゃん。放送よりこっち優先しろよ、なぁ?」
「そーだよ。もっとあたしらと遊ばん? ナミいないとつまんないんだけど」
「おい、やめろって」

 浪川くんが唸るような声で制する。しかし当の彼らは、どこか白けた目で僕を見ていた。その突き刺さるような視線が痛い。僕がここにいること自体が、迷惑みたいに感じられる。……まあ、実際その通りかもしれない。
 鮮やかな色に染められた髪、校則違反の化粧やアクセサリー。いくつも開けられた胸元のボタンや、何重にも折られたスカートは、とても僕のような生徒に馴染みはなかったから。

「お、お邪魔してごめんね、浪川くん。……じゃあ、これで」

 原稿を受け取り、僕はそそくさと教室を出ようとする。その背後では、僕をよそに彼へと話しかける声がいくつも聞こえた。

「放送部とか、よく続くよな。飽きねーの?」
「ぶっちゃけ浪川らしくねえよな。『流浪の男』の名が廃る」
「部活やんならスポーツやれよ、スポーツ。そんでまた大会制覇してさー」
「そっちのがオモロいし、もったいねえよ、才能がさ」

 空気はまるで、場違いな僕を追い出そうとするかのよう。それ自体は然して気にならないが、僕のせいで浪川くんが肩身の狭い思いをしていることが、ひどくしんどかった。

(……悪いことしちゃったな)

 胸がズキりと痛む。せっかくあんな楽しそうなムードだったというのに、僕が半端に介入してしまったせいで台無しになってしまった。きっと不快な思いをさせてしまったに違いない。
 これがきっかけで、もし浪川くんが放送部を嫌になってしまったら──なんて、そんなことを考えるだけでまた足が重くなる。

「おい!」

 去った教室から、浪川くんの苛立った声が響く。けれど振り返る勇気はなかった。僕は昔から根暗で、小心者だったから──顔を背けて、ただ無心に廊下を戻って行った。