通報系ぼっちが愛されるまで

 陰鬱な雨の朝。
 俺は校門が開くのも待ち遠しく校舎に一番乗りを果たした。人気の無い教室でフライヤーを1年の全クラスの机に配る。

『新入部員大募集! 蜜集めのお仕事を頑張るミツバチ達を一緒に応援しませんか?』

 コンビニコピーの手作りフライヤー。昨日帰宅後すぐに作成した物だ。
 黙々とそれを配っている途中で、運動部の朝練なのか体操服を着た他クラスの生徒が教室の入り口で足を止め、俺を見つめる。

「…………」
「…………」

 『おはようございます』は、初対面でもおかしくないよな。あ、『はじめまして』が先か?

 いつものようにうっかり黙り込んで脳内会議を始めてしまった俺。対峙した生徒は短く息を吞み、踵を返して超高速で走り去っていった。
 声掛けしながらの手配りも一瞬考えたけど、やっぱり置き手紙式でいこう。緊張しいの俺が上手く話せるわけもない。
 それにしてもめちゃくちゃ足速かったけど、さっきの人陸上部かな。

 フライヤー配布後はレディと花のイラストを添えたポスターを各階の掲示板に貼っていく。
 雀の涙のお小遣いからコピー代を捻出したので全校生徒に配るほどの余裕は無い。
 まだ部活に入っていない可能性がある一年生のみにフライヤーを配布、ポスターは2、3年生の既に部活に入っている層の掛け持ちを狙う。

 居場所を求めて校内をさすらった結果、掲示板の配置はしっかり把握している。人生どこで経験が活きるかわからないものだ。
 昨日帰りに雑貨屋さんで見つけた花の形の青と水色の二色の押しピンは、ポスターの花がさらに増えたようなデザインに仕上げてくれる。すごく良い感じ。

 昨日レンゲ先輩は気を使って『同好会でも悪くない』と言ってはくれたけど、新入部員が増えれば部活に昇格して部室がもらえる。そうなれば雨の日でも部室で日誌を書いたり増設する巣箱を作ったりできるかも!

 名付けて『レンゲ先輩と一緒に過ごす時間を増やそう大作戦』!

 いつも美味しいお茶やお菓子でおもてなししてくれる先輩を驚かせたいから、この作戦は先輩にはあくまで秘密。

 部室がもらえたら、レンゲ先輩、喜んでくれるかな。
『ありがとう! ハニー! おかげで新しいレディ達の巣箱が設置できたよ!』なんて。

 おこがましくも想像の世界の先輩の笑顔を享受しただけで頬が熱くなる。
 妄想を現実の物にするため、その後もせっせと押しピンの青い花でポスターを彩り続けた。

 各階の掲示板を巡り終えてから教室に帰還すると、予想以上に時間が経過していた。
 フライヤー配布とポスター貼りに1時間半以上。
 押しピンの空きケースを鞄に片付けていると、登校してきたクラスの女子の声が響いた。

「ねぇ聞いた!? なんか3組の子が言ってたんだけど、今朝教室に不良っぽい目付きの悪い不審者が入り込んでたんだって」
「えぇ!? 何それ!?」
「睨まれて即逃げたから何もされなかったらしいけど、先生とかもまだ来てない時間帯で、まだ捕まってないって」

 3組に不審者!?
 今朝俺もフライヤー配りに一年生の全教室回ったけど、そんな人と遭遇しなくて良かった。不審者と教室で二人きりなんて状況、想像するだけで怖すぎる。
 無事逃げられたみたいだけど不審者と鉢合わせた子もさぞや怖かっただろうな。かわいそうに。

「それよりさ、これ何?」
「わかんない。学校来たら机の上に置いてあったんだけど」

 あ。部活勧誘のフライヤー。さっそく読んでくれてる。

 モノクロの紙片を手に話すクラスメートを横目でこっそりと観察する。

 これをきっかけに部員が増えれば、きっともっと楽しくーー……。

「おはようございます。委員長の田中さん、ちょっと先生の代わりに出欠確認をお願いします」

 教室に入ってきて早々、緊迫した声で学級委員長に声を掛けた担任の萩野先生は、「蜂ノ屋くん!」と俺を呼んだ。
 驚いて立ち上がった拍子に足が机に当たり、ガタン、と音を立てる。

「……ちょっと、お話があります。こちらへ」

 え? え、何だろう?
 俺だけ?

 教室を見回すが、いつものごとく誰とも視線が合わない。
 先生の元に歩み寄ると、視線が合わないはずの教室のあちこちから視線が飛んでくるのを感じた。

「確認したいことがあるので、ついてきてください」

 言われるままに予鈴を聞きながら先生の数歩後ろを歩く。

 教室ではできない話、なのかな。
 ドラマとかで見るこういう展開って、家族に何かあったりした時だよね。スマホ、鞄の中に置いてきちゃったけど、父ちゃんか母ちゃんに何かあったのかな。

 ぐるぐる脳内を占めてゆく不穏な思考は、先生の声で中断された。

「連れてきました」

 顔を上げると別クラスの担任と思しき先生と学年主任の先生、その背後に隠れるようにして体操服姿の男子生徒がこちらを窺うように見つめていた。

 あれ? あの子、今朝のーー……。

「間違いないな?」

 主語の無い学年主任の問いかけに男子生徒は怯えた様子で小刻みに頷く。

「よし。じゃあ、君は教室に戻りなさい。……お前はこっちだ」

 脱兎のごとく早足で去っていく生徒の後姿と、学年主任から高圧的に指し示された生徒指導室のドア。

 状況が理解できず、俺はただ、呆然とその場に立ち尽くした。