通報系ぼっちが愛されるまで

 ティーセットを片付け、下校している途中でグラウンドの端に咲いているクローバーに採蜜に来ていたレディを発見した。脚にオレンジの花粉をかぼちゃパンツのようにくっつけている。慣れてくると、胸元のファーのようなふわふわした部分が可愛く見えてくるのが不思議だ。
 スマホのカメラを構えた時、ふとクラブハウスの方から歩いてくるレンゲ先輩の姿を視界に捉え、慌てて立ち上がった。スマホをポケットに突っ込み、居住まいを正す。

「レ……レンゲ先輩っ!」

 呼びかけた声が少し上ずった。

「あれ? ハニー、今帰り?」

 にこにこと歩み寄ってきてくれる先輩の顔を見ただけで、運動をした時みたいに心臓が弾む。

「……そ、す。先輩は、ご用事、終わった、すか?」
「終わったよー。これで堅苦しいお詫び行脚は完了!」

 先輩は両腕を頭の後ろでぐぐぐ、と伸ばした。
 妙に耳に残る『お詫び』という言葉。

「あの、先輩。お詫びって……?」
「『レディ達の落とし物が洗濯物に付いた』って苦情が来てね」
「落とし物、すか?」

 すぐに意味が理解できずに問い返すと、レンゲ先輩はクローバーにとまるレディに視線を移して、くすりと笑みを浮かべた。
 視線の先のレディは我関せずと一心不乱に花の上を歩き回る。

「まぁなんというか、レディ達の排泄物だね。花粉が含まれるから白地の洗濯物には黄色っぽいのが付いてしまうんだよね。で、お詫びの品として、迷惑かけた部にレモンのハチミツ漬け配ってきたんだ」

 ああ。レディ達も、食べれば出るのか。

「本当は苦情が来る前に対処しなきゃいけなかったんだけど、野球部の先輩からは『養蜂始まる前からこれくらいはあったし、黄砂とかグラウンドの砂の巻き上げもあるから蜂が原因かはわからない』って言ってもらえてたから、他の部に関しては正直油断してた。完全に僕の手落ち」

 すとん、としゃがみ込んだ先輩は、両手で顔を覆って天を仰ぐ。

「あーあ。ハニーに格好悪いとこ見せちゃったな」
「かっ……!? あ、いえっ! むしろ、かっ……こ良いと思う、す」
「他の部活への配慮不足で謝罪して回ってるのに?」

 指の隙間からちらりと視線を寄越し、小首を傾げるレンゲ先輩。

 あれ? もしかしてこれって、先輩、落ち込んでる?

「あの……配慮、とかは、お互いにする物だと思います。洗濯物の汚れの原因がレディ達ってハッキリしていないのに、勝手に決めつけるのも、レンゲ先輩とレディ達に対しての配慮が足りなくて。……えと、一方的な自分の意見ばっかりじゃなくて、きちんと相手の意見も聞いて、わざわざレモンのハチミツ漬けも持参してレディ達の頑張りも伝えて。レンゲ先輩はずっと一本筋が通っていて、格好良い、す」

 慣れない長文を一気に話し切り、酸欠になりかけの脳に空気を送るために慌てて息を吸い込む。

 やば。鼻息荒いとか思われるかも。

「すごいな。全肯定だ」

 俺の心配をよそにレンゲ先輩の顔から両手が離れ、みるみる内に笑顔が広がっていく。

 すごいのは先輩です。美しい笑顔の破壊力たるや。

 立ち上がった先輩から両手を包み込むように握られて、ただでさえ酸欠気味だったのに卒倒しそうになった。

「……ありがとう、ハニー。ハニーがいてくれるから、僕、もっともっと頑張れるよ」

 握られた両手はそのままレンゲ先輩の笑顔へと引き寄せられていき、形の良い唇に指の背がちょん、と触れる。


 笑顔って、爆発だ。


 かの著名な芸術家は芸術を爆発と呼んだけど、彼に私淑する自分としては、レンゲ先輩と自分の関係をオマージュで表現させてもらいたい。今俺、木っ端微塵になってないよね?
 全身の血流が良くなりすぎて足元がふわふわして、自分の体重とか自覚できなくなる。

 不意に先輩と俺の間を小さな影がよぎった。

「ね、見て。こっちにも」

 レンゲ先輩が指差す校庭では白や紫のツツジが二分咲きになっている。繋いだままの手に引かれて近づいてみると数匹のレディ達が採蜜に励んでいた。

「うちの子達かな?」
「……たぶん、そう、すね」

 その短いやりとりだけで先輩も俺も口元が緩む。
 気分は授業参観の父兄だ。うちの子、今日も頑張ってる。

「明日は雨らしいから、今のうちにたくさん蜜集めてもらわないとね」
「……すね」

 雨ってことは、明日は養蜂部の活動無いのか……。

 雨の日や風が強い日はレディ達が飛べない。雨であれば差し水もしなくていい。
 けど、レンゲ先輩に逢えないのは寂しい。

「どうしたの? ハニー。考えごと?」

 黙り込んで立ち尽くしていた俺を案じてか、レンゲ先輩が小首を傾げる。色素の薄い宝石のような瞳と目が合い、俺の心臓がきゅうぅ、と鳴いた。

「……っか……!」

 酸欠になりかけ、慌てて空気を吸い込んだ。
 レンゲ先輩はいつものように笑顔で俺の言葉を待ってくれる。

「……活動できないのっ、残念で……っ!」

 元々穏やかな笑みを浮かべていたレンゲ先輩が輝くような満面の笑みになり、繋いでいない方の手で頭を撫でられる。

「ハニーはかわいいね。そんなこと考えてくれてたの?」
「かわ……っ!?」

 かわいいのはどう見ても俺なんかじゃなくて先輩の方です。かわいいというか、美しいというか、尊いというか。

「僕もハニーと一緒に活動ができないの、残念だな」

 レンゲ先輩はちぇ、と唇を尖らせ、部室やトレーニングルームなどが集まるクラブハウスに視線を投げた。

「部室があれば雨の日でも溜まり場にできるんだけど、同好会のシビアな現実だよね。屋上だと、どうしても活動が天気に左右されちゃうから」

 眉根を寄せて、むむむ、と考え込む先輩。と、不意に開いたアーモンド型の瞳が俺を捕らえ、形の良い唇の端を上げて吐息のように囁く。

「ま、二人きりの同好会も悪くは無いんだけど」
「……ぇ?」

 どういう意味だろう。

 言葉の意味を測りかねて固まってしまった俺を見て、先輩は満足そうに眼を細めた。

「じゃ、またね。ハニー」

 ぱ、と手を離されて初めてまだ手を繋いでいたことに気付く。

「ぇあっ! はいっ! お疲れ様、す!」

 バイバイ、と手を振って踵を返すレンゲ先輩。
 遠ざかってゆくその後姿を、胸の前で小さく手を振って見送った。

 先輩に、俺ができることって何だろう。
 先輩はレディのお世話も、美味しいお茶の準備も、他の部活との揉め事も、自分で解決してしまう。
 俺だって、何か先輩に貢献したい。

「……あ!」

 急に思いついた。俺でもできそうなこと。
 どうしよう。今日の俺、冴えてるかも。