通報系ぼっちが愛されるまで

 手を洗って戻ってくると、テーブルの上の花瓶に活けられた房状の小花が甘い香りを放っていた。

 これ、確か姫ライラックだ。この前調べててレンゲ先輩の髪色に似た花だから気になってた。
 画像ではわからなかったけど、甘くていい匂い。レディ達の今日のおやつかな。

 1、2匹のレディが楽しそうに花と俺たちの間を縫って舞う。これくらいの数なら羽音も大きくないし、それほど怖くない。
 前まで花の名前はチューリップとかタンポポとかしか知らなかった。けど最近はレディ達のご飯になるのかと思うとついつい種類が気になってスマホで調べたりする。

「お疲れ様。今日もよく頑張ってくれたね」

 レンゲ先輩はカ〇リーメイトに似たお菓子が乗った皿とレモンの薄切りが入ったティーカップをサーブしてくれる。レモンとハチミツがふわりと香った。
 青葉先輩は着席するやいなやお菓子にがっついていたが、俺はレンゲ先輩が自分の分のティーセットを準備して着席するまで待ってから両手を合わせる。別に待てを命じられたわけではない。単に俺が、楽しい時間を少しでも長くレンゲ先輩と共有したいだけ。

「いただきます」

 ティーカップを両手で包み込む。爽やかなレモンの香りの湯気を吹いてから、そっと一口含むと、全身を温めてくれるハチミツの優しい甘さに頬が緩む。

「……おいしい、す」

 もっと気の利いた感想とかが言えればいいけど、本当に美味しい時にはそれ以外の言葉なんて浮かばない。

「気に入ってくれてよかった」

 レンゲ先輩は向かいの席で形の良い唇をにこりと上げた。それだけで体が軽く浮き上がってしまいそうな気分になる。
 ふわふわと幸せに浸っている隙に俺の菓子皿に伸びてきていた青葉先輩の手を、レンゲ先輩がすかさずぺち、と叩いた。

「足りなかったのなら、僕の分けてあげるから。ハニーの分まで狙っちゃ駄目だよ」
「うまい。塩ちんすこう」
「ええと、一応言わせてもらうとショートブレッドだけど」

 青葉先輩はレンゲ先輩の皿から取った菓子を遠慮なく頬張った。
 青葉先輩に倣って俺もショートブレッドとやらを口に運ぶ。長方形の焼き菓子は濃厚なバターの香りがして、クッキーに似ているけど、もっと軽い口当たり。ほろほろと崩れる甘いベースの生地にしっかりと塩味も感じる。爽やかな甘さのはちみつレモンとの組み合わせが絶妙だ。

「さて、と。そろそろ僕は用事があるから失礼しようかな」

 気づけばはちみつレモンを飲み終えたレンゲ先輩が席を立とうとしていた。俺も慌てて残りのはちみつレモンを煽る。

「ああ、2人はゆっくりしてって。器は後で回収に来るから」
「いえっ……あの、俺もっ……! お皿とか、俺が片付ける、す」

 慌てて立ち上がろうとすると、目ざとく青葉先輩が俺の菓子の皿を指差す。

「ハチ公。食わんのか?」

 レンゲ先輩が心配そうに眉を寄せた。

「もしかして、口に合わなかった?」
「違っ……あの、」

 家ではこんなおしゃれなお菓子、ついぞ出た試しが無い。だから。

 俺の言葉の続きを待つように、レンゲ先輩が優しく微笑んで頷いてくれる。

「……すごく、おいしかった、す。だか、あの、父ちゃんと母ちゃんにも、食わせたくて、その……」

 合点がいったとばかりに先輩の笑顔が晴れる。

「そっか。すぐ包むから、ちょっと待ってくれる?」

 レンゲ先輩の言葉と青葉先輩の舌打ちが同時に聞こえた。
 先輩が用意してくれるお菓子はいつもおしゃれで美味しい。だから、父ちゃんと母ちゃんにも幸せのお裾分けをしたい。なんて恰好をつけたけど、本音としては父ちゃんと母ちゃんに自慢したい。レディ達の働きっぷりや色んな花の名前。はちみつを使った飲み物と、それに合う美味しいお菓子。
 知らなかったことを次々と知っていく楽しさでいっぱいなこと。
 それを教えてくれる、大好きな先輩がいること。