通報系ぼっちが愛されるまで

 屋上のドアには以前からあった『危険! 生徒の立ち入りを禁ず!』の表示の下に貼られた『養蜂部(仮)活動中』の紙。

 そう。あくまで部活になる予定の、本当は養蜂"同好会"。会員はレンゲ先輩と俺の二人きり。
 登校初日に突然おもてなしを受け、さっそく俺はレンゲ先輩率いる養蜂同好会に入会した。
 活動内容は屋上に設置されたミツバチ達のお世話と活動記録。

 全部で四基設置している養蜂箱の内、西洋ミツバチの二基の巣の内検を終えたレンゲ先輩は面布を外して頭を左右に振って蓮華色の髪を揺らす。
 周囲を飛び交うミツバチ達の黄色はレンゲ先輩の髪の輝きを増すためのエフェクトだ。

「……お疲れ様、す」

 対する俺は、上半身だけの防護服のレンゲ先輩よりも重装備。全身宇宙飛行士スタイル。
 レディというのはミツバチ達のこと。ミツバチの九割近くが雌。働き蜂は100%雌だそうで、レンゲ先輩は敬意を籠めて彼女たちを『レディ』と呼ぶ。

「ハニーこそ、水運びお疲れ様。重くて大変なのに、ありがとう。今年も順調にレディの数が増えてるみたい。あ、もうそれ脱いでも大丈夫だよ」
「は、い」

 そう返事はするものの、身体の周囲で飛び回る無数の羽音は防護服を外すのを躊躇させる。身体が小さいとはいえ針を持った生き物が集団で周囲を飛び交う状況は、正直少し怖い。

「今日はここ数日で特に暖かいから、新人のレディ達が外に慣れるためのオリエンテーションをやってるんだ」

 巣の周囲を飛び回るミツバチを慈しむように見つめるレンゲ先輩。の、横顔を見つめる。
 時折顔の近くに飛んでくるミツバチ達に臆するどころか嬉しそうに微笑むレンゲ先輩は絵画のように春の光にまばゆく輝く。それを遠慮なく堪能できる防護服という名のブラインドは、先輩のご尊顔を合法的に観察できる安全地帯だ。眼福過ぎる。

「おい、変態」

 棟屋のドアが開く音と同時に飛んできた声に思わず身体が跳ねた。

 すみませんすみません! あまりに美しい光景にじっくりねっとりと見入っておりました!

 声に出すこともできずに、あわわと両手を泳がせていると、狭い視野の端で黒髪がひらめいた。

「青葉君! 見てよ、今年のレディ達のデビューを! 可憐で素敵だよ!」
「虫は虫だろ。脚六本生えてる時点で可憐でもなんでも無いわ。遊んでないで腐葉土と苗運べ」

 目を輝かせてレディ達を褒め上げるレンゲ先輩をにべもなく一蹴する眼鏡の男子生徒は、ふとこちらに視線を寄越す。

「お前が新入部員か?」

 止める間もなくジップ音が響いて頭を覆っていた防護服を外され、新鮮な空気が頬を撫でた。

「わ! 顔こっわ!」

 目が合った瞬間、青葉と呼ばれた男子生徒は、さっと一歩退く。思ったことがストレートに出るタイプらしい。

「何言ってるんだ青葉君。こんなに可愛い子、なかなかいないよ。ね? ハニー」

 ハニーというのはレンゲ先輩が付けてくれた、俺の愛称。『"蜂"ノ屋"蜜"流』だから、たぶん蜂蜜の意味での。
 レンゲ先輩が慰めるように優しく俺の頭を撫でてくれる。ただそれだけで防護服の中の温度がほわわと1、2度上昇した。

 レンゲ先輩が『可愛い』と言ってくれるのは正直大変嬉しい。
 俺は兎角人相が悪いと思われがちで、子供の頃から両親以外に容姿を褒められたことが無い。むしろ威圧感で引かれるか、喧嘩を売っていると勘違いされる方がよほど慣れている。
 傷つかないわけではないけれど。

「な……なんだよ。睨むなよ」

 口調は横柄だが、青葉と呼ばれた生徒の上靴は一歩、また一歩と後退っていく。

 俺はできる限り威圧感を与えないよう、ぺこりと頭を下げた。自己紹介は何度もシミュレーションしたのでするりと口をついて出る。

「……蜂ノ屋 蜜流、す」

 ネクタイの色はレンゲ先輩と同じ臙脂だからおそらく二年生だ。

「ほら、青葉君。ハニーが自己紹介したんだから、青葉君も自己紹介」

 レンゲ先輩がだいぶ後退った青葉先輩の背中をぽん、と叩く。

「ちょ、おいやめろ! 別にそんなんいらんて!」

「ハニー。こちら草野 青葉君。園芸同好会の会長さん。蜜源になる花を育ててくれてる。我が養蜂同好会と協力関係にあるんだ。まぁそれほど仲良くしなくてもいいけど、顔と名前くらいは覚えてあげて」
「…………っす!」

 レンゲ先輩のご友人の青葉先輩。
 張り切って頭を下げ、ついでに友好の印とばかりに笑顔を浮かべてみる。慣れない表情筋の動きに眉間と鼻頭に皺が寄り、努力して持ち上げた口角の筋肉が引きつりそう。

 ニタァ……。

俺の笑顔につられて青葉先輩も笑顔にーー……なんて奇跡は起こりうるはずもなく。青葉先輩は恐怖に顔を引きつらせる。

「……顔っ!! こっわぁっ!!」

 屋上に青葉先輩の声が響いた。

 やっぱり笑顔って、難しい。