放課のチャイムが鳴り、これから始まるぼっち高校生活を憂えて一人寂しく下校準備をしていた折、突然廊下側から「あーーっ!!」と大きな声が響いた。
声量に驚いて肩を揺らす。
目を引く鮮やかなピンクの髪が視界いっぱいに飛び込んできて、いきなり両手を握られた。
何これ? 何だこれ? 一体何が起こってる?
脳内を駆け巡る疑問符の答えが出ないまま、ピンクの髪の男は「蜂ノ屋くん、だよね?」と俺の名を呼ぶ。
呼ばれたのは確かに俺の名前。だけど、この人誰?
同じ学校に知り合いはいないはずだし、教室の外からやってきたところを見ればクラスメートでもないはず。
助けを求めるように教室内に視線を移すが皆一様に視線を逸らす。
「きっとこれは運命だ!! 会いたかったよ、僕のハニー!!」
そう言って頬を上気させた男は、俺の両手を包み込んでぎゅっと握る。
あまりの予想外の事態に俺の脳の機能は完全に停止した。
いやほんと、誰ぇーーーーっ!!?
俺の心の叫びに答えてくれる者は無く。突如現れた謎の男に捕まってしまった。
相手の名前も目的もわからないまま、鼻歌を歌うピンクの髪の謎男に手を引かれながら廊下を歩く。自由な校風が売りなはずだが、手を繋いで廊下を闊歩する派手な髪色の二人組に他の生徒達が海を割るように道を譲った。
あの髪色、ラベンダーピンクとかいうんだっけ?
入学前に髪色を染める時、ヘアカラーの種類をチェックしたから記憶に残っている。春めいた心が浮き立つ色味に可愛い、と興味を抱いたが、母ちゃんから「ダメダメ! そんな可愛過ぎる色だと舐められる!」と却下を食らい、現在の俺の髪色はド金髪。
ちらり、と前を歩く上靴の色を確認する。
上靴の色が違うから上級生だ。
友達を作って青春を謳歌どころか、登校一日目にして本物のヤンキーに目をつけられてボコられるのかな。
男は階段を上り、『危険! 立ち入りを禁ず!』と掲示されたドアのカギを片手で器用に開ける。
あれ? この先って……。
ドアが開くと同時に眩い光が目を射し、まだ目に馴染まない自身の金の前髪を風がさらってゆく。
屋上!? え!? 危険とか書いてあったし、もしかして突き落とされ……!?
『死』という文字がちらつき恐怖で膝からくずおれそうになる。
「……の……あのぉっ!」
情けなく裏返る声が奇跡的に届いたのか、俺の手を引く男が振り返る。
逆光で男の表情は読めないが、その背後に広がる青空と風に揺れる髪を美しいと思った。
ああ、これが最期に見る光景になるんだ。
頬を涙が伝う。恐怖と混乱で唇が強張り、言葉が出ない。
「……ぃ……」
……命だけは、お助けを……! そう心の中で請うた瞬間、伸びてきた長い指先が俺の涙を拭った。
「泣かないで、僕のハニー」
優しく両手を取られ、ダンスをするような格好で屋上に出た。
眩しさに細めた目を少しずつ開く。
だだっ広い屋上に不自然にぽつんと置かれたテーブルと椅子。テーブルの上の花瓶に飾られた青い花と、その下に枝垂れるように小花を付けた白い花が揺れていた。
え? 何これ? おしゃれなオープンテラス?
「さぁ、こっちにどうぞ」
いざなわれて訳も分からないまま引かれた椅子に腰を下ろした。
テーブルの上のステンレスのポットからガラスの丸っこいティーポットにお湯が注がれると、化学の実験のようにお湯が青く色づいてゆく。
な……何が起こってるんだろう。
畏まって椅子の上でもじもじと身じろぎする。怖くて隣に立つ男を見上げる勇気は無い。ガン飛ばしただの、メンチ切っただのと因縁をつけられて初対面の相手に殴られた経験は一度や二度では無い。現実はただ一方的に殴られることに怯えるちっぽけな小心者に過ぎないのに。
目の前でティーポットから透明のカップに青く美しい液体が注がれ、黄金色に輝くとろみのある液体を載せたスプーンが中でくるくると揺らされると、青色が少し藤色に変化した。
「マロウティーだよ。温かいうちにどうぞ」
手渡されたティーカップが緊張で冷えた指先をじわじわと温めてくれる。
そっと口に運ぶと懐かしい香りが鼻に抜け、とろりとした飲み口に優しい甘みが広がった。
「おいしい……」
自然と言葉が零れた。
「良かった。このお茶喉に良いんだよ」
喉。この人なんで俺が喉痛いの知ってるんだろう。
質問しようと顔をあげて気付く。さっきまで怖すぎてまともに顔を見れなかったから気付かなかったが、春の柔らかな日差しのもとで見る男の顔立ちは甘やかな髪色が似合うイケメンだ。
普通の人間にすら耐性がついてないのに、いきなりこんなに整ったお顔立ちと向かい合うなんて前代未聞過ぎて全身が小刻みに震えだす。
形の良い唇が左右対称に笑みを作る。
「ハニーのクラスの子からインフルエンザで休んでるって聞いてたんだ」
今日だけでなく昨日かそれ以前から俺のクラスに来てたってこと?
次々に沸き起こる疑問。
初対面、だよな? こんな目立つイケメン一度会ったら忘れる方が難しい。
そもそもなんでハニー? 勘違いとかでなければ恋人同士とかで呼ぶ愛称に聞こえるんだけど。
「どうしたの? ゆっくりでいいから、ハニーが話したいこと、教えて?」
俺の前に臣下のようにかしずいた先輩が小首を傾げて優しく微笑む。それだけで充分な破壊力だ。
「……ひゅ、」
飲み込んだ息が声にならずに笛のように喉の奥で鳴った。
イケメンの上目遣いすごすぎる!
ってそうじゃない!
相手はどう見ても上級生だ!
先輩を跪かせて自分だけ優雅にティータイムなんて、どう考えてもおかしいシチュエーション!
あわあわと慌てふためき、手の中のティーカップが
ソーサーに小刻みに触れる音が響く。
「あ、の……せ、膝っ、汚れ……あの、」
先輩の膝が汚れてしまうので。たったそれだけの言葉すらうまくまとまらない。
それでも意図は伝わったのか、指摘されて初めて気づいたとばかりに自身の足元に視線を移した先輩は、テーブルの向かいの椅子に座り直した。ゆるく組んだ手をテーブルに置き、前のめり気味に微笑む。
「ハニーは優しいね。僕のことまで気遣ってくれてありがとう」
気遣ったというより、後輩としていたたまれなくて。
今まで『不機嫌そう』『生意気』なんて言われ続け、これほど恭しく扱われたことなど皆無な俺。突然高貴な位に祭り上げられてしまったような高揚感と居心地の悪さが心の中でせめぎ合う。
ちら、と視線を向けると、美しいアーモンド型の瞳がにこりと笑んで俺を見つめ返した。
俺の言葉を待ってくれる人なんて、初めてだ。
嬉しさと、興奮と、混乱と。ない交ぜになった感情が心臓を揺らし、頬が熱を帯びる。
膝の上のティーカップを割らないようにテーブルにそっと置いて立ち上がった。
「あの、お、は……」
言いかけた俺の顔を覗き込むように小さな虫が突然割り込む。驚いて身を竦めると、先輩は優雅な仕草で立ち上がり、こちらに手を伸ばした。
「驚かせてごめんね。レディが早速君の事知りたがってる」
レディ?
羽虫は、ぅゅ、ぅぅ、という微かな羽音を立てて俺の眼前を数秒ホバリングした後、差し出された先輩の人差し指の上にちょん、と着陸した。
「そういえば自己紹介もまだだったね。僕は春川 蓮華。そしてこちらは日本ミツバチのレディ」
蓮華。
あ、なるほど。あの髪色、ラベンダーピンクじゃなくてレンゲ色なんだ。
それよりレディって?
蜂って言ったけど、指とかに乗せたら刺されるんじゃないの?
湧き上がる疑問はまとまらず、落ち着かない手を組んでは開きを繰り返す。
そんな俺にレンゲ先輩は目を弧に細めた。
「レディも君の事気に入ったみたい。やっぱり君は僕の運命のハニーだ」
「……運命?」
「ようこそ。蜂ノ屋 蜜流君。君に会えるのを、ずっと楽しみにしていたんだ」
レンゲ先輩は俺の疑問を全て打ち消してしまうほど極上に甘い笑みを浮かべた。
不意に吹き抜けた春の風に蓮華色の髪がさらさらと揺れる。
先輩の指先から飛び立つレディを目で追うと、小さな身体はパステルブルーの空に黄色い残像を残して翔び去っていった。
声量に驚いて肩を揺らす。
目を引く鮮やかなピンクの髪が視界いっぱいに飛び込んできて、いきなり両手を握られた。
何これ? 何だこれ? 一体何が起こってる?
脳内を駆け巡る疑問符の答えが出ないまま、ピンクの髪の男は「蜂ノ屋くん、だよね?」と俺の名を呼ぶ。
呼ばれたのは確かに俺の名前。だけど、この人誰?
同じ学校に知り合いはいないはずだし、教室の外からやってきたところを見ればクラスメートでもないはず。
助けを求めるように教室内に視線を移すが皆一様に視線を逸らす。
「きっとこれは運命だ!! 会いたかったよ、僕のハニー!!」
そう言って頬を上気させた男は、俺の両手を包み込んでぎゅっと握る。
あまりの予想外の事態に俺の脳の機能は完全に停止した。
いやほんと、誰ぇーーーーっ!!?
俺の心の叫びに答えてくれる者は無く。突如現れた謎の男に捕まってしまった。
相手の名前も目的もわからないまま、鼻歌を歌うピンクの髪の謎男に手を引かれながら廊下を歩く。自由な校風が売りなはずだが、手を繋いで廊下を闊歩する派手な髪色の二人組に他の生徒達が海を割るように道を譲った。
あの髪色、ラベンダーピンクとかいうんだっけ?
入学前に髪色を染める時、ヘアカラーの種類をチェックしたから記憶に残っている。春めいた心が浮き立つ色味に可愛い、と興味を抱いたが、母ちゃんから「ダメダメ! そんな可愛過ぎる色だと舐められる!」と却下を食らい、現在の俺の髪色はド金髪。
ちらり、と前を歩く上靴の色を確認する。
上靴の色が違うから上級生だ。
友達を作って青春を謳歌どころか、登校一日目にして本物のヤンキーに目をつけられてボコられるのかな。
男は階段を上り、『危険! 立ち入りを禁ず!』と掲示されたドアのカギを片手で器用に開ける。
あれ? この先って……。
ドアが開くと同時に眩い光が目を射し、まだ目に馴染まない自身の金の前髪を風がさらってゆく。
屋上!? え!? 危険とか書いてあったし、もしかして突き落とされ……!?
『死』という文字がちらつき恐怖で膝からくずおれそうになる。
「……の……あのぉっ!」
情けなく裏返る声が奇跡的に届いたのか、俺の手を引く男が振り返る。
逆光で男の表情は読めないが、その背後に広がる青空と風に揺れる髪を美しいと思った。
ああ、これが最期に見る光景になるんだ。
頬を涙が伝う。恐怖と混乱で唇が強張り、言葉が出ない。
「……ぃ……」
……命だけは、お助けを……! そう心の中で請うた瞬間、伸びてきた長い指先が俺の涙を拭った。
「泣かないで、僕のハニー」
優しく両手を取られ、ダンスをするような格好で屋上に出た。
眩しさに細めた目を少しずつ開く。
だだっ広い屋上に不自然にぽつんと置かれたテーブルと椅子。テーブルの上の花瓶に飾られた青い花と、その下に枝垂れるように小花を付けた白い花が揺れていた。
え? 何これ? おしゃれなオープンテラス?
「さぁ、こっちにどうぞ」
いざなわれて訳も分からないまま引かれた椅子に腰を下ろした。
テーブルの上のステンレスのポットからガラスの丸っこいティーポットにお湯が注がれると、化学の実験のようにお湯が青く色づいてゆく。
な……何が起こってるんだろう。
畏まって椅子の上でもじもじと身じろぎする。怖くて隣に立つ男を見上げる勇気は無い。ガン飛ばしただの、メンチ切っただのと因縁をつけられて初対面の相手に殴られた経験は一度や二度では無い。現実はただ一方的に殴られることに怯えるちっぽけな小心者に過ぎないのに。
目の前でティーポットから透明のカップに青く美しい液体が注がれ、黄金色に輝くとろみのある液体を載せたスプーンが中でくるくると揺らされると、青色が少し藤色に変化した。
「マロウティーだよ。温かいうちにどうぞ」
手渡されたティーカップが緊張で冷えた指先をじわじわと温めてくれる。
そっと口に運ぶと懐かしい香りが鼻に抜け、とろりとした飲み口に優しい甘みが広がった。
「おいしい……」
自然と言葉が零れた。
「良かった。このお茶喉に良いんだよ」
喉。この人なんで俺が喉痛いの知ってるんだろう。
質問しようと顔をあげて気付く。さっきまで怖すぎてまともに顔を見れなかったから気付かなかったが、春の柔らかな日差しのもとで見る男の顔立ちは甘やかな髪色が似合うイケメンだ。
普通の人間にすら耐性がついてないのに、いきなりこんなに整ったお顔立ちと向かい合うなんて前代未聞過ぎて全身が小刻みに震えだす。
形の良い唇が左右対称に笑みを作る。
「ハニーのクラスの子からインフルエンザで休んでるって聞いてたんだ」
今日だけでなく昨日かそれ以前から俺のクラスに来てたってこと?
次々に沸き起こる疑問。
初対面、だよな? こんな目立つイケメン一度会ったら忘れる方が難しい。
そもそもなんでハニー? 勘違いとかでなければ恋人同士とかで呼ぶ愛称に聞こえるんだけど。
「どうしたの? ゆっくりでいいから、ハニーが話したいこと、教えて?」
俺の前に臣下のようにかしずいた先輩が小首を傾げて優しく微笑む。それだけで充分な破壊力だ。
「……ひゅ、」
飲み込んだ息が声にならずに笛のように喉の奥で鳴った。
イケメンの上目遣いすごすぎる!
ってそうじゃない!
相手はどう見ても上級生だ!
先輩を跪かせて自分だけ優雅にティータイムなんて、どう考えてもおかしいシチュエーション!
あわあわと慌てふためき、手の中のティーカップが
ソーサーに小刻みに触れる音が響く。
「あ、の……せ、膝っ、汚れ……あの、」
先輩の膝が汚れてしまうので。たったそれだけの言葉すらうまくまとまらない。
それでも意図は伝わったのか、指摘されて初めて気づいたとばかりに自身の足元に視線を移した先輩は、テーブルの向かいの椅子に座り直した。ゆるく組んだ手をテーブルに置き、前のめり気味に微笑む。
「ハニーは優しいね。僕のことまで気遣ってくれてありがとう」
気遣ったというより、後輩としていたたまれなくて。
今まで『不機嫌そう』『生意気』なんて言われ続け、これほど恭しく扱われたことなど皆無な俺。突然高貴な位に祭り上げられてしまったような高揚感と居心地の悪さが心の中でせめぎ合う。
ちら、と視線を向けると、美しいアーモンド型の瞳がにこりと笑んで俺を見つめ返した。
俺の言葉を待ってくれる人なんて、初めてだ。
嬉しさと、興奮と、混乱と。ない交ぜになった感情が心臓を揺らし、頬が熱を帯びる。
膝の上のティーカップを割らないようにテーブルにそっと置いて立ち上がった。
「あの、お、は……」
言いかけた俺の顔を覗き込むように小さな虫が突然割り込む。驚いて身を竦めると、先輩は優雅な仕草で立ち上がり、こちらに手を伸ばした。
「驚かせてごめんね。レディが早速君の事知りたがってる」
レディ?
羽虫は、ぅゅ、ぅぅ、という微かな羽音を立てて俺の眼前を数秒ホバリングした後、差し出された先輩の人差し指の上にちょん、と着陸した。
「そういえば自己紹介もまだだったね。僕は春川 蓮華。そしてこちらは日本ミツバチのレディ」
蓮華。
あ、なるほど。あの髪色、ラベンダーピンクじゃなくてレンゲ色なんだ。
それよりレディって?
蜂って言ったけど、指とかに乗せたら刺されるんじゃないの?
湧き上がる疑問はまとまらず、落ち着かない手を組んでは開きを繰り返す。
そんな俺にレンゲ先輩は目を弧に細めた。
「レディも君の事気に入ったみたい。やっぱり君は僕の運命のハニーだ」
「……運命?」
「ようこそ。蜂ノ屋 蜜流君。君に会えるのを、ずっと楽しみにしていたんだ」
レンゲ先輩は俺の疑問を全て打ち消してしまうほど極上に甘い笑みを浮かべた。
不意に吹き抜けた春の風に蓮華色の髪がさらさらと揺れる。
先輩の指先から飛び立つレディを目で追うと、小さな身体はパステルブルーの空に黄色い残像を残して翔び去っていった。


