四葉学園養蜂部(仮)

 通学鞄を握り締め、息を切らして、がらんとした廊下を走った。
 既に授業が始まっている教室のドアを勢い良く開く。教室中の視線が一斉に俺に集まった。
 受験時に自由な校風だと説明があったが、進学校の新入生ということもあってか皆制服を着崩すことも無く、染めた髪の生徒も見当たらない。

 しまった。これ、浮く奴だ。

 そうは思ったものの、今更家に戻って染め直すこともできず。

「……ちっ」

 遅刻しました、は、見ればわかるよね。
 すみません? あ、いや、おはようございます?

 今日も俺は何の言葉を紡げば良いかわからず、フリーズしてしまう。
 うっかり舌打ちしたみたいになってしまったせいか、近くに座る生徒がびくりと肩を揺らした。
 教壇に立つ担任の萩野先生が「初登校がずれてしまったけど、今日から皆さんのお友達になる蜂ノ屋くんです。皆さん仲良くしてくださいね」と俺のことを手短に紹介し、「蜂ノ屋くんの席はそこね」と後ろの方の空いている席を指差す。
 まだ目に馴染んでいない脱色された前髪を揺らして小さく会釈し、座席に向かう。通り過ぎる瞬間、数人の生徒が身体を震えあがらせた。椅子を引いて座ると隣の女子が、そっと、そぉっと机を離していく。

 ……ああ。まただ。

 父ちゃん譲りの三白眼。母ちゃん譲りの短めの眉。大柄で猫背。緊張すると喉で詰まる言葉達。
 そんな俺には誰も寄り付かない。
 今朝だって道に迷って困っているおじいさんに声をかけたら腰を抜かしてしまった。更にそれを見ていた通行人からカツアゲと間違えられ、お巡りさんを呼ばれて事情聴取のおかげで遅刻。
 誰かに優しくしたいだけなのに、気持ちは空回りしたまま誤解ばかりが積み重なる。

 ふと見ると前の席の生徒が何度もペンケースを確認しているのに気付いた。

「じゃ、今から小テストを配りますので教科書をしまってください」

 先生の声に前の生徒の動作が焦りを帯びる。

 シャーペンは出してあるから、消しゴム忘れたのかも。それなら、と、高校入学祝いに新しく買ってもらった消しゴムにぐっと力を込めて半分に割る。

「……ぁ、」

 消しゴムを差し出そうと肩を叩いた瞬間「ひぃっ!!」と悲鳴をあげて前の席の生徒が勢い良く起立した。
 教室に響き渡る、椅子が倒れる音。

「すっ……すみませんっ!! 急にお腹が痛くなりましたぁっ!!」

 そう言いながら彼は教室を飛び出していった。
 静まり返る教室。


 また、やってしまったーー……!!


 通夜のような静けさの中で小テストを受けながら、じわる涙を堪えてすん、と小さく鼻をすすり上げた。
 ……ああ、高校でもぼっち確定だ。

 居たたまれない。

 休み時間になっても俺の半径3メートルにバリアを張られたかのように人が近寄らない。それどころか先ほどの姿を見られていたらしく、「機嫌悪そうに消しゴムを真っ二つに引き裂いていた」「物にあたるなんて怖い」なんて漏れ聞こえてくる。
 クラスの皆に無駄な緊張と圧迫感を与えないよう休み時間ごとに教室から外に出てはみたものの、行くあてもなく。
 結局校内一人散策ツアー。今なら誰かに移動教室の場所を尋ねられても案内できる。そんな日は来ないけど。

 昼休み、人気の無い場所をさまよい求めてたどり着いたゴミステーションの隣。膝を抱えて、もそもそと箸を口に運ぶ。

 好物のひじきと油揚げのおにぎりとニラ入りの甘い卵焼き。母ちゃんが早朝から張り切って作ってくれた。

「……美味しい」

 間違いなく美味しい。の、だけれども。

 校舎内から響いてくる楽し気な笑い声。

 きっと、みんなでお弁当を囲んでいるんだろうなぁ。
 おかず交換とかするのかな。

 中学も内気過ぎて人に声をかけられず、クラスで浮いてしまったことを思い出す。いじめと勘違いした父ちゃんと母ちゃんが学校に乗り込んできてくれたけど、クラスの子は誰も悪くなくて。不甲斐ないのは俺ばかり。
 結局三年間ぼっちを極めてしまった。

 高校では変わろう。そう、決意したはずだった。
 でも、神様はちょっとだけいじわるで。

 桜の下で撮るはずだった入学式の記念写真。インフルエンザで寝込んでいる間に花は跡形も無く散っていた。
 一週間遅れで登校した教室内にはすでにグループができあがっていて。

 友達ってどうやって作るんだろう。
 何て話しかけたらいいんだろう。
 一匹狼を気取ることができたならいいのだけど、でもやっぱり友達と楽しそうに過ごしているのを見ると羨ましくて。

「いいなぁ……」

 遠くから聞こえてくる誰かの笑い声に焦がれ、小さくため息をついた。