そして、放課後。早速雨宮との将棋が開始していった。
俺は将棋で負けるのは絶対に嫌だし、何より負けるつもりなんてもんはねえ。
だから、必死で勝たなければならないんだ。
放課後俺はあいつと将棋を指すために盤の前に座った。昨日は久しぶりに、頭を熱心に使った。
研究することも大事だけど、一番重要なのは勘を鍛える事に他ならない。
俺は将棋盤の前に座り、一手一手指していく。今日は持ち時間40分切れたら言って30秒と言う持ち時間ルールで戦っていく。
その30秒の持ち時間が無くなってしまえば、負けという事になる。
俺は一手一手指していく。その中で、間違えないように指していく。
「ねえ」
対局中、彼が口を開いた。
「研究内容ばかりやってても面白くないよ」
そう言って、俺の頭にない手を指して行った。
45歩。ここで仕掛けるのは俺の頭にない。
乱戦に持っていこうという事は分かっている。乱戦となれば、研究している指定内はもはや関係ない。
ここから先は勘の勝負となっていく。
「おもしれえじゃねえか」
自分から、荒々しい手を指して行くとは。男だ、と感じた。
なよなよしいみためだけど、しっかりと芯は持っている。
それに、前よりも楽しそうに将棋を指している。
俺は、今のてめえの方が好きだ。
前のてめえの勝つよりも今のてめえに勝ちたいと思う。
俺は兎に角指して行き、そのまま終盤へと入って行った。
ここまで来たらほとんど感覚で指している。
自分の手がどう効果的になるのかは分からないが、兎に角次の手次の手と言った感じで、指して行っている。
俺は昨日よりも強くなっている実感がある。
そして、ドンドンとあいつの首元へと突き進んでいる感じがする。
俺は、俺は、俺は。
俺は、
とにかく指して行き、
そして――
今日も負けた。だけど、昨日みたいな絶望感は無くて、
いい局面で、投了になったな、と感じた。
そして、それと同時に、こいつの事についてもっと知りたくなった。
こいつの過去が知りたくなった。
こいつは、何を考え将棋を指しているのか。何がきっかけで将棋を指し始めたのか、そして俺との将棋の果てに何を思ったのか。
「強いね」
一言呟いた。
「嫌味か」
「嫌味じゃないよ。僕が思った事」
「負けたのにそんなこと言われても嬉しくねえ」
絶望感は無い。ないだけで、悔しいという気持ちは確かに俺の中にあって。
「感想戦の後、もう一局やっていいか」
感想戦というのは、反省会のようなものだ。なぜ負けたのか、もっといい手は無かったのか、そして相手の手がどれだけよかったのかを二人で振り返る物だ。
それが終わった後、もう一度将棋を指す時間はある。だからこそ、その時間で再び将棋を指したいと感じた。
「いいよ。むしろ、僕が指したい」
そう、彼が言った。俺は頷き、そして将棋をもう一局指して行く。
その将棋でも、俺は残念ながらまた負けれしまった。壁は非常に厚い、と感じた。勿論気軽に乗り越えられる壁なんてくそったれと思っているが、
負けるのはやはりなれない物だ。
だけど、希望が見えない、という事もなく。
ただ、勝つ未来はまだ見えないのだけど。
そして、俺たちは一緒に帰る。ちなみに他部員とも一緒だ。
「あの、46銀打ちはどういう意図で指したの?」
「あれは、角打ちを防ぐ狙い。それと同時に後で玉の逃げ道を抑えられたらいいなぁなんて言う気持ちもあるけど」
「そうなんだ」
頷き、
「僕はあの銀が厄介だなって思ってたんだ。あれのせいで手が制限された。あれは見事だったよ」
「結局王手ですぬかれてしまったけどな」
「あれは打った僕が天才ということで」
そして胸を張られる。
楽しそうだ。
「なぁ、一つ教えてもらっていい?」
「なんでもどうぞ」
「最初大会で出会った時、なんでつまんなさそうに将棋を指してたんだ?」
それは聞きたいことの1つだった。あの日、あいつはつまらなさそうに将棋を指していた。それこそこの世の全てに絶望しているような面だった。
だからこそあの時負けて俺は悔しかった。俺は、自分に苛つき、将棋を嫌いになった。
「僕に敵う相手がいないから」
そう一言で言われた。
「僕は、全員に勝ってしまうんだ。まだ中盤なのにこの人に負ける未来が見えなくなるんだ。それっておかしいよね。だって僕が負ける未来が、可能性が無いと面白くないのに」
「それは、中盤で圧勝してってことか?」
「そうだね。僕にとっての終盤は訪れるけど、相手にとっての終盤は滅多に出てこないんだ。だって、こちらの玉は安全なままで、毎回玉が硬いまま終わるから」
「なるほど」
俺は将棋は命の奪い合いのようなものだと思っている。
将棋で勝つのは相手の命を取ったと同義。だけど、将棋で負けたら、命を取られたと同義。
だからこそ、終盤は楽しいんだ。いつ自分の命が取られるかもしれない。そんな本物の戦場みたいな危機感を感じるのが楽しいんだ。
だけど、
そんな危機感がない状況、
将棋で自分が負けるのが絶対にあり得ない状況。
それも楽しくないということはないが、それが何度も続くと、途端につまらなくなってしまうだろう。
「お前がつまんなさそうなのは、そういうことだったんだな」
「流石は安田くん。よく分かってるね」
そう言って笑う。
「だけどね、僕は今日は楽しかったよ。今までで初めてだったんだ。……負けの可能性が見えたのは。だから今日は楽しかった。僕を楽しませるのは 君だけだよ」
「そう言われて光栄だが、……それで俺がお前に勝ったらどうなるんだ?」
俺は問うた。もしそうなればどうなるのだろうか。
「僕は将棋の楽しみを本当の意味で覚える気がする」
「なら、俺はお前を絶対に倒してみせる。そんで俺の実力をお前に示してみせる」
「ありがとう。でも、安田君の実力はもう分かってるよ」
「分かってるじゃない。俺がわからせるんだ。俺の方が上って」
「うん、ありがとう!!」
そして雨宮はニッコリと笑うのだった。
そして俺は家に帰ってからまた将棋を指していく。何となく今はやる気に満ちあふれてる。
多分自分のためじゃないからなのだろう。
俺はあいつに勝つために将棋を指す。だけど、違うのはあの天才も負けたいと思っているということだ。
俺が勝てば二人の人間が幸せになれる。
俺はただただただただ、将棋の勉強をし続ける。
俺は将棋の定跡書を手に取ろうとして、辞めた。
型にはまった将棋だと面白くないと、やつは言っていた。
それに、俺だってそう思う。恐らく研究した内容ではあいつには中々勝てない。
今は理論よりも勘を鍛えることが大事だ。
俺は将棋の駒を手に持ち、そしてひたすらに今日の将棋を並べていく。
あいつとも軽い感想戦をした。
だけどそれだけじゃ足りない。解明して、その将棋で俺が勝つ、その可能性を探らなければならない。
俺はとにかく駒を動かし施策する。だけど、なかなか良い手が思いつかない。
今日は徹夜コースかな、なんて勝手に思うのだった。
俺が将棋を始めた経験は単純に面白そうだったからだ。
ただそれだけ。
そんな深い理由はなかった。だけど、その中で俺はただ、ハマっていった。
将棋が面白いと感じるようになった。そこからはひたすらに将棋を鍛え始めた。
研究によって相手を司る。相手を自分の手中に収めんとするのは楽しかった。
とにかく楽しかったのだ。そして、ある時から思うことがあった。なぜ俺に負けた人は悔しそうなのだろうか。
お前らは俺に負ける前に努力が足りていない。
そんな程度の努力で俺に負けて悔しがるのが、おかしいんだ。
悔しいなら俺に勝てるレベルに勉強しろ。
自分の努力不足、それだけだろ。
俺は別に天才じゃねえ、天才なんかじゃなく、ただ努力しただけなのに。
昔から天才とチヤホヤされてきていたが、それだけがムカついていた。
俺は天才なんかじゃねえんだ。俺は天才じゃねえ。ただの凡人だ。
俺に勝てねえ、カスどもが、ただの雑魚というだけだ。
俺があの後しばらく将棋がさせなかったのは、ショックだったからだ。
その時俺自身が凡才である事を再確認させられたんだ。連戦連勝で、流石の俺も調子に乗っていた、矢先だったのだ。
心では分かっていても悔しかった。だが、同じ学校に進学したことで、再会したという事で、俺は理解することが出来た。
納得できた。その人間性を知る事が出来た。
だからオレはひたすらに追いつきたいと思った。勝ちたいと思った。
凡才の俺でも天才に勝てる事を明らかにしたかった。
将棋というのは研究が大事だ。だけど、結局のところ勝利を分けるのは将棋勘だ。
何時間も考えた手よりも五分で考えられる手の方が重要な一手だったというケースもたびたび存在しているのだ。
俺は将棋の駒を掴む。
定石所やAIを駆使して、何がいけなかったのか、勝利を分けた手が何だったのか、考えた。
勝ちたい勝ちたい勝ちたい。俺はただただ勝ちたいと願った。
そして、それから俺の挑戦の日々は続いて行った。
翌日も二局指した。だが、昨日よりも内容がひどく俺は落胆した。
その翌日は勝てる未来が見えた。しかし、結局は最後逆転は出来なかった。
その翌日は、終盤までいい勝負を演出で来た。しかし、最後は押しやられてしまった。
結局三日連続でいい結果は残せなかった。
だけど、奴は嬉しそうにしていた。
この三日間楽しいと、言ってくれた。その言葉は嬉しく感じた。
この三日間の将棋は奴の喉元にナイフを持って行けたという事なのだから。
そして、
「少しいい?」
そう言ったのは、雨宮だ。
「明日二人で遊ばない?」
そう言い出したのだ。その言葉に俺は思わず、「は?」なんて突っ込んだ。
「将棋で?」
だけど、すぐに冷静を取り戻し、言った。
すると首を振った。
「毎日将棋を指してても面白くないでしょ」
そう言って楽し気に笑う。
「じゃあ、どこに行くんだよ」
「遊園地とかどう?」
「遊園地か。いきなりすぎねえか?」
遊園地に俺と雨宮が一緒に行く未来が正直あまり良く見えない。
正直もっとお似合いの場所があるように見える。
「じゃあ、映画とかになるかな。でも僕は君と一緒に遊園地で遊びたい」
「絶叫系とか乗れるのか」
「勿論」
そう言って奴は笑った。
「僕は毎日将棋を指すのも楽しい、けど。遊ぶのも楽しいと思ってるんだ」
「将棋がすべてじゃない」
「その通り」
すばりと、指を指し示した。
「将棋も楽しいけど、将棋だけがすべてじゃないでしょ。将棋に熱中してたら疲れちゃうから」
そう言って彼は笑うのだった。


