「……十分だけならいいって」
「いいよ、それくらいで」
コーチから許可をもらって拓斗のところに戻ると、やっぱりというかまた女子達に囲まれていた。
俺に気付くと拓斗はさっきよりもホッとした顔をして、でも他の人の目があるから猫被っていて。
話すにしてもさすがにここじゃ人多いし、何か込み入った話かもしれないから二人の方がいいよな。
「ひとまず向こう、行くか」
グラウンドの端にある水飲み場──の近くの、簡易的なベンチを目線だけでさす。
すると拓斗は柔らかく口角を上げて、俺をまっすぐに見つめたまま微笑んだ。
「うん。──ごめんね、みんな。また明日学校で」
言いながら女子達にひらりと手を振ると、わざわざ俺と隣りに立って『行こう』と目で合図をする。
……そういうとこ、本当にさぁ。お前、少しは自分の顔がいいってこと自覚しろよ。
溜め息をつきたくなるのを気合いで押し殺して、俺は脱力しそうになる脚に力を込めた。
「ああいうの、誰にでもしてんのか」
グラウンドの真ん中辺りまで歩いてる途中、やっぱり気になって堪えきれずに尋ねる。
俺は流し目されるのに慣れてるけど、ああいうことを誰にでもしてたら、って思うと心配になったから。
「何が」
……まぁ濁したから聞いてくるよな。
「えー、その……さっき俺にした、合図」
モゴモゴと口の中で呟いて、すぐに『しまった』と思う。
「へぇ、隼はああいうの好きなんだ。いいこと聞いたわ、それは」
案の定、拓斗はニヤニヤと楽しそうな顔で俺を見てくる。
「いやなんでそうなるんだよ! 違うけど!? 別に好きとか嫌いとかじゃなくて、顔の安売りするなってことですけど!?」
「あーはいはい。そういうことにしとくわぁ」
ワーワーと騒ぐ俺を横目に、拓斗が小さく肩を揺らす。
……こいつ、笑うと目尻が下がって、ちょっと幼くなるんだよな。
俺と二人の時は軽口ばかりだけど、こういうところは出会った頃から変わらなくて……可愛いと思う。
やがてベンチが見えて、拓斗と並んで座る。
水飲み場が近いのも合わさって、冷たい風が吹いてきて少し寒いけど、すぐ終わるって言ってたからそれほど深刻な話じゃないんだろう。
ちらりと拓斗を見ると、まっすぐに前を見ていた。
しっかりと引き結ばれた唇は、隣りに居ても分かるくらい緊張した雰囲気は、知り合ってから初めて見る。
これからこいつが何を言うのか予想できなくて、なんだか俺まで緊張が移る。ってか寒いんだよ、早く済ませろよ……!
「あげる」
寒さだか苛立ちだかで貧乏揺すりしていると、不意に拓斗が呟いた。
その声が小さ過ぎたからか、最初俺に言ってるとは思わなかった。
「へ」
え、あげるって何を。
そんな思いで拓斗の方に顔を向けて、そのまま目線を下げる。
それはつい最近、それこそ二日前に渡された箱と同じものだった。
……いや、ちょっと大きい? 拓斗の手がデカいから、なんでも小さく見えてるのかもだけど。
でもリボンは付いてなくて、そのまま開けるタイプらしい。
「……前ももらった、んじゃね?」
「前は前、今は今だろ」
確信が持てないまま呟くと、すかさず拓斗が言葉を重ねてくる。
その声は普段よりもずっと硬くて、緊張しているのがありありと分かった。
「先、言っとくけど」
ふいと拓斗が俺から視線を逸らして、口元に手をあてる。
「……本命、だから」
「は、っ?」
蚊の鳴くような声で呟かれた言葉を理解するよりも先に、素っ頓狂な声が出る。
本命って何? え、聞き間違いか?
本当は何か別の、新作のお菓子を作ったから試食して欲しかったとか……いや、こんなのこじつけだ。
「もしかして俺、告白……されて、る?」
恐る恐る尋ねると、拓斗はこっちを見ないままかすかに頷いた。
「それは、そのー……そういう、意味で?」
拓斗が何も言わないから俺から色々言うしかなくて、でも言葉にしたら今までの拓斗の言動は腑に落ちた。
そりゃあ中学からの付き合いで、俺以外にも友達は何人も居るけど、口調や態度はやっぱり違くて。
女子よりも一線を引いてるような、俺が他の奴と話してる時に邪魔をしてくる時もあった。
ああいうのが、単に『親友を取られたから』とか、そういうものじゃなかったとしたら。
「──ずっと、隼が好きだった」
不意に拓斗が振り返って、まっすぐに俺を見た。
外に居るのもあると思うけど、その顔は今まで見たことないくらい真っ赤だった。
心なしか泣きそうな、でも懸命に堪えているような瞳で俺を見つめている。
「あ、っ……」
じわ、と拓斗の熱が伝染したように俺の頬も熱くなる。
同時に一刻も早く、ここから逃げ出したい……そういう念に駆られた。
「お、とこ……同士、だろ。俺ら」
ぽつりと呟くように言うと、遠慮がちに膝に置いていた手を握られる。
「っ……!」
拓斗の手は火傷しそうなくらい熱くて、反射的に顔を上げた。
でもそれ以上に、俺を見つめる瞳が近くにあることに驚く。
「分かってんだよ、そんくらい。けど……困らせるって分かってても、お前に伝えたかった」
それだけは分かってくれ、とでも言うように拓斗が眉を引き絞る。
真正面、それも至近距離から見る拓斗の表情は、こんな時なのに綺麗だと思って……でも唇はもちろん、身体が動かなかった。
何も言えないでいると、拓斗は一拍ほど間を置いてから唇を開く。
「中学の時、こういうの作るって言ったらすげぇ褒めてくれたろ。あの時から、俺の好きなものを否定しない……隼のことが好きになった」
俺が受け取らなかった箱の表面を、拓斗は空いている手でそっと撫でる。
その声はさっきみたいな緊張したものじゃなくて、大切に慈しんできたような、優しい声だった。
「確かに俺らは男同士で……それ以前に親友で。でも、お前が他の女子からチョコもらってるの見たら、我慢できなくて。取られるかもって思ったら──」
「ちょ、待て待て待て! 一旦、一旦ストップ!」
「うっぷ」
さすがに堪えきれなくて、がばりと拓斗の口を両手で塞ぐ。
なんだよ、なんなんだよこれ……! 黙って聞いてたら告白されてるみたい……いやされたけども!
すらすらと何言ってるの、この子は! 俺の気持ちは無視か!?
……なんて思うさま言ってやりたいのをグッと耐えて、そのまま拓斗の肩をがしりと摑んだ。
「え、っ……?」
唐突な俺の行動に拓斗は目を丸くしていて、こんな時なのにイライラしてくる。
予想外な事があったら黙るの、よくないと思うんですよ。
……でも一番イラついてるのは、ちゃんと自分の気持ちを言葉にできない俺自身で。
「だぁ、もうっ!」
俺は喝を入れるように、自身の膝を力いっぱい叩く。
ジンジンとした痺れが走って涙が浮かんでくるけど、これくらいの痛みが今は丁度いい。
「……お前なぁ」
でも若干涙目になりながら、キッと拓斗を睨み付けた。
拓斗はまだ瞬きを繰り返していて、これ幸いと俺は口を開く。
「その言い方だと俺が振るみたいじゃんか。なんなんだよ、俺がどう思ってるのかくらい……ちゃんと、言わせろ……よ」
最後の辺りは拗ねるみたいな口調になって、そう言い切ったら顔が熱くなった。
「っ!」
すると拓斗が俺の頬を指先でそっと撫でてきて、そのまま目尻を拭われる。
「なんで泣いてんの」
不思議そうな、優しい声だった。
それは俺以外の人間に向ける時と似ていて、なんならおかしそうに笑っている。
「別に、泣いて……なんか、っ」
「嘘、泣いてる」
口ではそう言ってみるけど、拓斗がふわりと微笑んでまた目尻に触れてくるから認めざるを得ない。
そうだよ、泣いてるよ。でも原因が分かんねぇから、否定するしかないだろ。
「隼は、さ」
やがて安心させるように背中をぽんぽんと叩いてきて、穏やかな声で続ける。
「自分が思ってるより、俺のこと好きだと思う……多分」
「は、っ?」
俺が、お前を? そんな、何も返してないのに分かるのか……?
今度は俺が瞬きを繰り返す番で、そんな俺の反応に拓斗はまた小さく笑う。
「だって俺が言おうとしてること、遮ったじゃん? ハズかったり都合悪くなったりしたら、ああいう事すんの」
『気付いてなかった?』と拓斗が笑い混じりの声で言ってくる。
「ま、ぁ……それは、そう……かもしれん」
細かいとこ見てるなと思う反面、意識してなかったから改めて言われると恥ずかしい。
俺が顔を俯けて何も言えないでいると、今度はわしわしと頭を撫でられた。
「っおい……!」
何するんだ、って言う前に拓斗が口を開く。
「返事は今じゃなくてもいーよ。隼の気持ちの方が大事だし。あ、けどこれはもらってくれんと困る」
言いながら俺がまだ受け取ってなかった、白い箱を差し出してくる。
「隼だけに作ってきたから。甘さ控えめの、ビターなやつ」
にこ、と拓斗が微笑んで、俺に手に握らせてきた。
「それ食べて、練習頑張って」
口元に柔らかい笑みを浮かべながら、拓斗が立ち上がる。
「ちょ、拓斗っ」
俺が呼び止めても一度も振り返ることなく、拓斗が遠ざかっていく。
言いたいことを言い終わると『もう用は無い』って言われた気がして……でもそういうところは拓斗らしいと思った。
「ほんと……勝手な奴」
淡く口元を緩ませながら、ぽそりと呟く。
もう十分経ってるだろうし、早いとこ練習を始めないとだけど、拓斗の優しさにもう少しだけ浸りたかった。
「いいよ、それくらいで」
コーチから許可をもらって拓斗のところに戻ると、やっぱりというかまた女子達に囲まれていた。
俺に気付くと拓斗はさっきよりもホッとした顔をして、でも他の人の目があるから猫被っていて。
話すにしてもさすがにここじゃ人多いし、何か込み入った話かもしれないから二人の方がいいよな。
「ひとまず向こう、行くか」
グラウンドの端にある水飲み場──の近くの、簡易的なベンチを目線だけでさす。
すると拓斗は柔らかく口角を上げて、俺をまっすぐに見つめたまま微笑んだ。
「うん。──ごめんね、みんな。また明日学校で」
言いながら女子達にひらりと手を振ると、わざわざ俺と隣りに立って『行こう』と目で合図をする。
……そういうとこ、本当にさぁ。お前、少しは自分の顔がいいってこと自覚しろよ。
溜め息をつきたくなるのを気合いで押し殺して、俺は脱力しそうになる脚に力を込めた。
「ああいうの、誰にでもしてんのか」
グラウンドの真ん中辺りまで歩いてる途中、やっぱり気になって堪えきれずに尋ねる。
俺は流し目されるのに慣れてるけど、ああいうことを誰にでもしてたら、って思うと心配になったから。
「何が」
……まぁ濁したから聞いてくるよな。
「えー、その……さっき俺にした、合図」
モゴモゴと口の中で呟いて、すぐに『しまった』と思う。
「へぇ、隼はああいうの好きなんだ。いいこと聞いたわ、それは」
案の定、拓斗はニヤニヤと楽しそうな顔で俺を見てくる。
「いやなんでそうなるんだよ! 違うけど!? 別に好きとか嫌いとかじゃなくて、顔の安売りするなってことですけど!?」
「あーはいはい。そういうことにしとくわぁ」
ワーワーと騒ぐ俺を横目に、拓斗が小さく肩を揺らす。
……こいつ、笑うと目尻が下がって、ちょっと幼くなるんだよな。
俺と二人の時は軽口ばかりだけど、こういうところは出会った頃から変わらなくて……可愛いと思う。
やがてベンチが見えて、拓斗と並んで座る。
水飲み場が近いのも合わさって、冷たい風が吹いてきて少し寒いけど、すぐ終わるって言ってたからそれほど深刻な話じゃないんだろう。
ちらりと拓斗を見ると、まっすぐに前を見ていた。
しっかりと引き結ばれた唇は、隣りに居ても分かるくらい緊張した雰囲気は、知り合ってから初めて見る。
これからこいつが何を言うのか予想できなくて、なんだか俺まで緊張が移る。ってか寒いんだよ、早く済ませろよ……!
「あげる」
寒さだか苛立ちだかで貧乏揺すりしていると、不意に拓斗が呟いた。
その声が小さ過ぎたからか、最初俺に言ってるとは思わなかった。
「へ」
え、あげるって何を。
そんな思いで拓斗の方に顔を向けて、そのまま目線を下げる。
それはつい最近、それこそ二日前に渡された箱と同じものだった。
……いや、ちょっと大きい? 拓斗の手がデカいから、なんでも小さく見えてるのかもだけど。
でもリボンは付いてなくて、そのまま開けるタイプらしい。
「……前ももらった、んじゃね?」
「前は前、今は今だろ」
確信が持てないまま呟くと、すかさず拓斗が言葉を重ねてくる。
その声は普段よりもずっと硬くて、緊張しているのがありありと分かった。
「先、言っとくけど」
ふいと拓斗が俺から視線を逸らして、口元に手をあてる。
「……本命、だから」
「は、っ?」
蚊の鳴くような声で呟かれた言葉を理解するよりも先に、素っ頓狂な声が出る。
本命って何? え、聞き間違いか?
本当は何か別の、新作のお菓子を作ったから試食して欲しかったとか……いや、こんなのこじつけだ。
「もしかして俺、告白……されて、る?」
恐る恐る尋ねると、拓斗はこっちを見ないままかすかに頷いた。
「それは、そのー……そういう、意味で?」
拓斗が何も言わないから俺から色々言うしかなくて、でも言葉にしたら今までの拓斗の言動は腑に落ちた。
そりゃあ中学からの付き合いで、俺以外にも友達は何人も居るけど、口調や態度はやっぱり違くて。
女子よりも一線を引いてるような、俺が他の奴と話してる時に邪魔をしてくる時もあった。
ああいうのが、単に『親友を取られたから』とか、そういうものじゃなかったとしたら。
「──ずっと、隼が好きだった」
不意に拓斗が振り返って、まっすぐに俺を見た。
外に居るのもあると思うけど、その顔は今まで見たことないくらい真っ赤だった。
心なしか泣きそうな、でも懸命に堪えているような瞳で俺を見つめている。
「あ、っ……」
じわ、と拓斗の熱が伝染したように俺の頬も熱くなる。
同時に一刻も早く、ここから逃げ出したい……そういう念に駆られた。
「お、とこ……同士、だろ。俺ら」
ぽつりと呟くように言うと、遠慮がちに膝に置いていた手を握られる。
「っ……!」
拓斗の手は火傷しそうなくらい熱くて、反射的に顔を上げた。
でもそれ以上に、俺を見つめる瞳が近くにあることに驚く。
「分かってんだよ、そんくらい。けど……困らせるって分かってても、お前に伝えたかった」
それだけは分かってくれ、とでも言うように拓斗が眉を引き絞る。
真正面、それも至近距離から見る拓斗の表情は、こんな時なのに綺麗だと思って……でも唇はもちろん、身体が動かなかった。
何も言えないでいると、拓斗は一拍ほど間を置いてから唇を開く。
「中学の時、こういうの作るって言ったらすげぇ褒めてくれたろ。あの時から、俺の好きなものを否定しない……隼のことが好きになった」
俺が受け取らなかった箱の表面を、拓斗は空いている手でそっと撫でる。
その声はさっきみたいな緊張したものじゃなくて、大切に慈しんできたような、優しい声だった。
「確かに俺らは男同士で……それ以前に親友で。でも、お前が他の女子からチョコもらってるの見たら、我慢できなくて。取られるかもって思ったら──」
「ちょ、待て待て待て! 一旦、一旦ストップ!」
「うっぷ」
さすがに堪えきれなくて、がばりと拓斗の口を両手で塞ぐ。
なんだよ、なんなんだよこれ……! 黙って聞いてたら告白されてるみたい……いやされたけども!
すらすらと何言ってるの、この子は! 俺の気持ちは無視か!?
……なんて思うさま言ってやりたいのをグッと耐えて、そのまま拓斗の肩をがしりと摑んだ。
「え、っ……?」
唐突な俺の行動に拓斗は目を丸くしていて、こんな時なのにイライラしてくる。
予想外な事があったら黙るの、よくないと思うんですよ。
……でも一番イラついてるのは、ちゃんと自分の気持ちを言葉にできない俺自身で。
「だぁ、もうっ!」
俺は喝を入れるように、自身の膝を力いっぱい叩く。
ジンジンとした痺れが走って涙が浮かんでくるけど、これくらいの痛みが今は丁度いい。
「……お前なぁ」
でも若干涙目になりながら、キッと拓斗を睨み付けた。
拓斗はまだ瞬きを繰り返していて、これ幸いと俺は口を開く。
「その言い方だと俺が振るみたいじゃんか。なんなんだよ、俺がどう思ってるのかくらい……ちゃんと、言わせろ……よ」
最後の辺りは拗ねるみたいな口調になって、そう言い切ったら顔が熱くなった。
「っ!」
すると拓斗が俺の頬を指先でそっと撫でてきて、そのまま目尻を拭われる。
「なんで泣いてんの」
不思議そうな、優しい声だった。
それは俺以外の人間に向ける時と似ていて、なんならおかしそうに笑っている。
「別に、泣いて……なんか、っ」
「嘘、泣いてる」
口ではそう言ってみるけど、拓斗がふわりと微笑んでまた目尻に触れてくるから認めざるを得ない。
そうだよ、泣いてるよ。でも原因が分かんねぇから、否定するしかないだろ。
「隼は、さ」
やがて安心させるように背中をぽんぽんと叩いてきて、穏やかな声で続ける。
「自分が思ってるより、俺のこと好きだと思う……多分」
「は、っ?」
俺が、お前を? そんな、何も返してないのに分かるのか……?
今度は俺が瞬きを繰り返す番で、そんな俺の反応に拓斗はまた小さく笑う。
「だって俺が言おうとしてること、遮ったじゃん? ハズかったり都合悪くなったりしたら、ああいう事すんの」
『気付いてなかった?』と拓斗が笑い混じりの声で言ってくる。
「ま、ぁ……それは、そう……かもしれん」
細かいとこ見てるなと思う反面、意識してなかったから改めて言われると恥ずかしい。
俺が顔を俯けて何も言えないでいると、今度はわしわしと頭を撫でられた。
「っおい……!」
何するんだ、って言う前に拓斗が口を開く。
「返事は今じゃなくてもいーよ。隼の気持ちの方が大事だし。あ、けどこれはもらってくれんと困る」
言いながら俺がまだ受け取ってなかった、白い箱を差し出してくる。
「隼だけに作ってきたから。甘さ控えめの、ビターなやつ」
にこ、と拓斗が微笑んで、俺に手に握らせてきた。
「それ食べて、練習頑張って」
口元に柔らかい笑みを浮かべながら、拓斗が立ち上がる。
「ちょ、拓斗っ」
俺が呼び止めても一度も振り返ることなく、拓斗が遠ざかっていく。
言いたいことを言い終わると『もう用は無い』って言われた気がして……でもそういうところは拓斗らしいと思った。
「ほんと……勝手な奴」
淡く口元を緩ませながら、ぽそりと呟く。
もう十分経ってるだろうし、早いとこ練習を始めないとだけど、拓斗の優しさにもう少しだけ浸りたかった。



