本命はメレンゲで隠して

「──よぉし、一旦休憩!」

 じんわりと額に滲む汗を手の甲で拭いながら、俺は陸上部の部員全員に聞こえるように声を張り上げた。

 二月も半ばの今日、日差しがいつもより強いからか、少し走るだけでも汗が出る。

 俺は短距離専門だけど、短時間に何本も繰り返すから身体は丁度いい感じにあったかい。

 それでも冬らしからない今日、適度な休憩を取らないといけないわけで。

 思い思いに仲間内で固まって休憩する奴や、もう少し自主練しようとする奴……あいつら、よくやるなぁ。

 そんな事を考えながら、近くに居たコーチに一言断って水飲み場に向かう。

 水筒に入れていた分を飲み切ってしまったから、補充と水分補給も兼ねていた。

 水飲み場はグラウンドの端にあるけど、同時に俺にとって少し勇気が必要な事だった。

「……あ」

 製菓部のある家庭科室に近付くにつれて、ふわりと甘い匂いが(ただよ)ってくる。

 そういえば、そろそろバレンタインだっけ。マネージャーが『何作ろう』って騒いでたような。

 ……ちょっとだけなら見てもいい、よな。こっちは休憩時間だし。

「お、美味そー」

 家庭科室の窓から中の様子を見ると、俺は小さく感嘆の声を上げた。

 近くのテーブルにはクッキーやチョコレート、マカロンなんかが可愛くラッピングされて、綺麗に並べられいる。

「──そうだろそうだろ。でも陸上部の奴らにはあげませーん」

 すると、俺が見てることに気付いた製菓部部長──拓斗(たくと)が、これみよがしにラッピングされたクッキーを持ってからかってきた。

 ご丁寧に窓を開けて……ってめちゃくちゃ甘い匂いしてる、いいなぁ。

「べ、別に欲しいとか思ってないし! ただ……美味そうだなと……」

 最後になるにつれてもごもごと口の中で呟いてから、ちらりと拓斗を見る。

「それ、くださいって言い方じゃん」

 アハハ、と快活に笑うそいつはまだ頭に三角巾を巻いていて、エプロンも付けたままだ。

 ……いいな、お前は試食で甘いもの食べられて。こっちは五月の大会に向けて色々調節しないとなのに。

 ただでさえ普通の人より太りやすくて、極限まで糖分は控えてるから、バレンタインっていうイベントは一年の中で一番地獄だ。

 見てろよ、絶対いい成績残してめちゃくちゃ……いやほどほどに食ってやる!

 きっと拓斗の持つクッキーを睨んで、ひっそりと心の中で決意した。

「……心配しなくてもだいじょーぶ」

 そうやってこれからの事について闘志を燃やしていると、拓斗がそれまでよりほんの少し低い声で何かを言った気がした。

「え、っ」

 反射的にクッキーから拓斗の方に顔を向けると、ふっと可愛らしく微笑まれる。

「え、なんだよ。……何が大丈夫だって?」

 笑ってばっかじゃ分からないんですけど。ってかなんだよその顔、何か企んでないよな……?

「んー、なんだろうねぇ。でも……」

「──あの、部長。今って大丈夫ですか?」

 すると拓斗が口を開く前に、中から女子生徒が遠慮がちに聞いてきた。

「ちょっとごめん。──どうしたの?」

「あっ、えっと……」

 俺に一言断ると、拓斗は女子生徒に目線を合わせるようにして軽く膝を折る。

 ……よくやるよなぁ。

 そんなことを、ぼんやりと思う。

 なにぶん拓斗は百八十八センチっていう長身で、男の俺から見てもめちゃくちゃイケメンだから、ご多分にもれず女子にモテる。

 ほんわかした雰囲気も相まって癒し系というか……いや、俺もモテる方だけども。

 とにかくなんだか面白くなくて、居たたまれなかった。

「休憩中に寄っただけだから。じゃあな」

 変な感情を誤魔化すように、俺は拓斗の肩をポンと叩いて、水飲み場に向かった。