放課後アウトライン

十二月。本格的な冬へと移り変わり厳しい寒さとなるにつれて胸の奥の寂しさはどんどん膨らんでいった。通学路を歩きながら息を吐くと白く濁って冬になったことを改めて実感する。文化祭が終わってら自分の恋心に気付いた時にはもう遅すぎた。会えない時間が積み重なる間も時間は無惨に進んでいく。この寒さも和らぐ頃には三年生は卒業してしまう。卒業したら、知隼に会うことはもうない。そんな当たり前の事実が俺を強く針のように突き刺す。知隼が退部してから俺は考えて事が増えたような気がする。ここ最近布団に入ってもなかなか寝れない日々が続いてる。決して知隼を理由にしている訳では無いが知隼のことを考えれば考えるほど胸の鼓動はうるさくなるばかりだ。

今夜もよく寝れないまま窓の隙間から朝日を浴びた。午前中もあっという間に終わりきっと、授業の内容も頭に入っていないだろう。高校に入ると家庭科と技術科は選択制になる。もちろん俺はその二択に迷うことなんてなかったが、被服室は別棟にあり移動はかなり余裕を持つ必要がある。少し年季の入った凍るような寒さの廊下を生暖かいカイロと教材を片手に足を急かしながら歩く。すると、見慣れた明るい茶色の髪が小さく揺れ、その様子を見て思わず足が止まる。

「あ、志田くん」
「髙田先輩……?」

間違えるはずがない。会えなかった月は指折り数えていたほど会いたかった人――髙田知隼だ。走っていたせいか、それとも突然現れた知隼の姿を上手く飲み込めないのか呼吸が荒くなる。

「次家庭科?てかここ寒くない?」
「大丈夫です、カイロあるので……」

"今は"などと、意味深な言葉を残して被服室を去った知隼とは全く違う。いつも通りの明るい声に安堵した。その声のおかげで俺の荒れた息は少しずつ調子を取り戻していきなんとか平然を保って話すことができた。

「じゃあね〜」

知隼は長い腕を振って別れの言葉を告げた。交わしていた言葉は指で数えられるほどだったのに。いつもは聞いているはずの家庭科の授業の内容はその日は全く、覚えてられなかった。
それからも何度か校舎で見かけた気がするがそれのも気のせいだったのかもしれない。結局ちゃんと言葉を交わせたのはあの日だけだった。季節も移り変って雪が溶け、蕾が桜を咲かせる。春。気付けば三年生の卒業の日になっていた。

卒業式の日は部活の先輩を見送るために部活動祭は午後から活動することになっている。校舎全体に響くチャイムの音。あと何回鳴れば知隼はこの学校を去るのだろうか。知隼に会える最後の日。今日は何回話せるだろうか。そんなのことを考えながら体育館側の窓をぼんやりと眺めていた。式が終わり、感動と喜びをいっぱいに含んだ声があちらこちらから聞こえてくる。花束と卒業証書と一緒に写真を撮る音。感極まって涙を流す人。それを横目に必死になって知隼を探す。

「あ」

人混みをかき分けるように歩いていると校舎の隅に立つ大きな桜の木に目が止まる。その下には知隼がひとり、ぽつんと立っていた。あ。とつい漏れた知隼の声に思わず口が緩んでしまう。

「髙田先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがとう」

照れながらも頬を搔く知隼。急に強まる風に煽られて散っていく花びらを見上げた知隼の姿は何故か様になっていてその横顔がどことなく遠く感じた。卒業式。その言葉は現実になってようやく胸に重く響く。

「志田くんは卒業したら保育士だっけ」
「俺はまだ一年ありますよ」
「あは、そうだね」

そう返すと知隼は風の冷たさで少し赤くなった鼻と一緒に口まで手で覆い小さく笑った。花びらが俺たちの間を横切っていき会話が途切れる。だけど不思議と居心地の悪さは無かった。

「あの、髙田先輩……俺、」

伝えられるのは今だけ。もう会えない。先見えた未来ばかりを想像してしまって伝えたい言葉が上手く喉を通らない。強く拳を握りしめ固まる俺を見て知隼が下から顔を覗かせる。

「俺、髙田先輩から貰ったリング。まだ、持ってます」
「まだ持っててくれたんだ」
「当たり前じゃないですか。先輩から貰った物なので」

……違う。これじゃない。言葉は出さずとも心の中で呟いた。急いでポケットの奥からリングを取り出して左手の薬指にはめ込む。すると、そのリングをはめた左手の薬指を嬉しそうな顔で知隼が見つめて、声がワントーン高くなるのが分かった。知隼と話していながらも心臓が脈打つのが早くなる。ダサい。ここまで来たのに肝心なことは何一つ言えない意気地なしなのに心臓だけはこんなにもうるさくして。

「温司くん。そんな顔されたらさ、期待しちゃうじゃん」
「……期待って」
「そのリングまだ持ってるってことは、嫌じゃなかったのかなー。とか」

不意に目が合って初めて名前を呼ばれる。それにドキってして肩ごと跳ねてしまう。胸が張り裂けそうな気持ちになって知隼の言葉を繰り返す。握った拳に無意識に力を込める。

「嫌じゃないです。嫌じゃないどころか……。嫌じゃないどころか俺、髙田先輩のことが好きです。って言ったら、どうしますか」
「……えー、どうしようかな」

やっと、やっと口にできた想い。なのに、露骨に悩むポーズを取る知隼をつい睨む。そんな俺を見て知隼は慌てて「嘘」と言葉を何度も繰り返して付け足す。それが面白くて口が緩む。

「そんな顔しないでよ。俺も温司くんのことが好き」

冗談みたいに言うくせに、その声は震えていて顔は真っ赤に染まっていた。

「ほんとですか?」
「ほんとです」

聞き返すとまた優しく笑って俺の言葉をしてくれた。そして少しだけ目を細めて「というか、」と言葉を繋げる。

「もっと早く言ってよ」
「今言ったんだからいいじゃないですか。それに髙田先輩こそ……」
「もー温司くん可愛い……」

脱力して笑いながらそう言う知隼を腕を広げて精一杯受け止めた。抱きしめた旨がじんわりと熱くなる。卒業。もう会えなくなると思っていたそんな知隼を抱きしめて布越しに微かに体温を感じているなんて、まるで夢みたいだ。

「髙田先輩」
「ん?」

名残惜しそうに離れて知隼の名前を呼ぶと首を傾げる。少しだけ迷ってからそっと右手を知隼へ差し出した。すると知隼は一瞬だけ大きな目を目を丸くしてそれから嬉しそうに笑う。

「なにそれ」

そう言いながらも迷いなく取った手は大きかった。
文化祭の日、リングをはめてくれた時と同じ手。絡まった指先が少しだけ熱を帯びる。ふと視線を落とすと左手の薬指では不揃いなビーズリングが春の陽射しを受けて小さく輝いていた。ひと回り大きなリングは今でも少しだけ頼りない。それを落とさないように握る右手は思っていたよりずっと温かかった。

「あと、卒業したんだから先輩はナシね」
「じゃあなんて……」
「名前で呼んでよ」

そう言われ口を閉じて一度強く唇を噛む。

「……知隼」
「呼び捨て可愛いね」

なんだか知隼に上手く言いくるめられたようで気分が良くない。だけど名前を呼ぶだけで太陽にも負けない笑顔を見れるなら悪くない気がする。

「てか、……知隼も俺のこといつの間にか名前で呼んでるし」
「バレた?」
「当たり前じゃないですか」

さっきも言った同じ言葉なのに。そう思うと照れくさくて握る手に少しだけ力を入れた。