小さい頃からずっと、可愛いものが好きだった。
今でこそ人に話せるようになったが昔はそうじゃなかった。
保育園の頃、お気に入りのうさぎのぬいぐるみがあった。俺は保育園についたら毎日いちばんにそのぬいぐるみを手に持って遊んでいた。体は白くて、目は赤い。そして耳が垂れている。特別大きなぬいぐるみではなかったけど抱きしめるとふわふわして触っているだけで気持ちよくて落ち着く。昼寝の時間も隣で布団をかけて寝ていたし、絵本を読む時も一緒だった。ご飯の時も一緒に居たかったが、それは先生が許してくれなかったのを今でも覚えている。それくらい大好きだった。ある日も、いつものようにうさぎのぬいぐるみを抱えて遊んでいた。
「知隼くんそのうさぎ好きだね」
「うん!すっごく可愛いんだよ」
声をかけてきたのは同じ組の女の子だった。自分より少しだけ背が高くて幼児ながらもクラスの中でしっかりした子だった。お気に入りのぬいぐるみのことを話してかけてくれたのが嬉しくて頷きながらそう答えると、女の子は不思議そうな顔をした。
「でもそれって、女の子が好きなやつじゃないの?」
責めるような言い方でも、否定するような言い方でもない。
ただ純粋な問いかけに言葉が出なくなる。その言葉を聞いた時の俺は、上手く答えることができなかった。
「……そうなの?」
「だって、お人形遊びをしてるのは女の子だけだよ。男の子はみんな外で遊んでるじゃん」
言われて周囲を見ると、おままごとの家を広げてレジャーシートを敷いて遊んでいるのは女の子しかいなくて、園庭では男の子達が鬼ごっこをしていた。大きな声で笑いながら追いかけ合っているのを目で追う。もちろん外で遊ぶことも大好きだけど、ぬいぐるみと遊ぶ時間も大切だった。俺の腕の中にはいつもうさぎのぬいぐるみがいた。白くて、ふわふわで。さっきまで大好きだったはずなのに。急に抱えているのが恥ずかしくなって、仕方なかった。俺を囲む視線が針のように突き刺さる。
「……」
沈黙が続いたまま、女の子はすぐ別の遊びに行ってしまった。
残された俺はうさぎの耳をぎゅっと握った。――女の子が好きなやつじゃないの?女の子が好きなやつを男の子が好きだったら変なのかな。そんな言葉が頭の中でぐるぐると残り続けた。
その日の帰り際、みんなが玩具を片付けている時俺はいつもぬいぐるみを置くソファの前で立ち尽くしていた。でもその日はいつも以上に手放したくなくて、なんとなく動けなかった。
「知隼くん?どうしたの?」
名前を呼ばれて顔を上げるとクラスの先生がいた。問いかけたその声はとても優しかったのを今も覚えている。だけど少しだけ迷う。こんなことを口にすれば困らせてしまわないか。考えて、決意し、口を開く。
「先生、」
「うん?」
「男の子がうさぎ好きなのって変なの?」
俺の質問を聞いて先生は目を丸くした。でも、すぐに優しい声に似合った表情に戻る。先生の顔を見て内心困らせた、と焦る。
「変じゃないよ。知隼くん、好きな物は好きでいていいんだよ」
その言葉を認識した瞬間、ぬいぐるみを持つ手に小さな力を込める。忘れられない言葉だった。俺の好きなものをそのまま全部肯定するみたいな先生の言葉。
「それにね。うさぎすごく可愛いと思うよ」
先生はそう言って俺の目の前に目線を合わせようとしゃがみ込む。言いながら、手に持っていたうさぎの垂れた耳を優しく撫でた。
「先生も好き?」
「好きだよ」
短い返事だけどそれだけで嬉しかった。変じゃないんだ。
俺だけじゃないんだ。さっきまで重かった胸が、背中に翼があれば空に羽ばたけてしまいそうなほど軽くなった気がした。
「先生。先生って可愛いものは好き?」
続けて聞くと先生は少し考えるように首を傾げた。
「うん。知隼くんとおなじ」
その先生はとても器用だった。名前も未だに覚えているがわざわざ口にしたりはしない。教室に飾られている動物のマスコットも誕生日表も名札に付けている小さな飾りも。そして、卒園式に貰った手紙も全部手作りだった。
「これ全部先生の手作りなんだよね?すごい」
そう言うと先生は照れたみたいに口元を隠しながら笑った。
「ありがとう」
当時は知らなかった。その時俺が憧れていたものは何だったのか。自分の好きなものを好きでいていいと教えてくれた人。好きなものを否定しない人。そして、自分の手で誰かを笑顔にできる人。全部、あの時の先生に当てはまることだった。きっと俺はそんな先生に憧れていた。だからだろうか。本屋に寄った帰り道、「保育士になりたい」と話した志田くんを見た時、心の底から応援したいと思った。俺が応援したって結果は志田くんにかかっていてただの自己満でしかないが、応援したい。保育士になって、夢を叶えて欲しい。そう思ったのもあの日の先生と少しだけ重なったからだろう。だから、高校三年生になった今遅かれど自分が不器用なのを知って手芸部に入部なんかしたんだ。可愛いものを、自分の好きなものを自分の手で作れるようになりたい。体育祭が終わった土曜日。次、被服室で志田くんに会えるまではあと三日。
今でこそ人に話せるようになったが昔はそうじゃなかった。
保育園の頃、お気に入りのうさぎのぬいぐるみがあった。俺は保育園についたら毎日いちばんにそのぬいぐるみを手に持って遊んでいた。体は白くて、目は赤い。そして耳が垂れている。特別大きなぬいぐるみではなかったけど抱きしめるとふわふわして触っているだけで気持ちよくて落ち着く。昼寝の時間も隣で布団をかけて寝ていたし、絵本を読む時も一緒だった。ご飯の時も一緒に居たかったが、それは先生が許してくれなかったのを今でも覚えている。それくらい大好きだった。ある日も、いつものようにうさぎのぬいぐるみを抱えて遊んでいた。
「知隼くんそのうさぎ好きだね」
「うん!すっごく可愛いんだよ」
声をかけてきたのは同じ組の女の子だった。自分より少しだけ背が高くて幼児ながらもクラスの中でしっかりした子だった。お気に入りのぬいぐるみのことを話してかけてくれたのが嬉しくて頷きながらそう答えると、女の子は不思議そうな顔をした。
「でもそれって、女の子が好きなやつじゃないの?」
責めるような言い方でも、否定するような言い方でもない。
ただ純粋な問いかけに言葉が出なくなる。その言葉を聞いた時の俺は、上手く答えることができなかった。
「……そうなの?」
「だって、お人形遊びをしてるのは女の子だけだよ。男の子はみんな外で遊んでるじゃん」
言われて周囲を見ると、おままごとの家を広げてレジャーシートを敷いて遊んでいるのは女の子しかいなくて、園庭では男の子達が鬼ごっこをしていた。大きな声で笑いながら追いかけ合っているのを目で追う。もちろん外で遊ぶことも大好きだけど、ぬいぐるみと遊ぶ時間も大切だった。俺の腕の中にはいつもうさぎのぬいぐるみがいた。白くて、ふわふわで。さっきまで大好きだったはずなのに。急に抱えているのが恥ずかしくなって、仕方なかった。俺を囲む視線が針のように突き刺さる。
「……」
沈黙が続いたまま、女の子はすぐ別の遊びに行ってしまった。
残された俺はうさぎの耳をぎゅっと握った。――女の子が好きなやつじゃないの?女の子が好きなやつを男の子が好きだったら変なのかな。そんな言葉が頭の中でぐるぐると残り続けた。
その日の帰り際、みんなが玩具を片付けている時俺はいつもぬいぐるみを置くソファの前で立ち尽くしていた。でもその日はいつも以上に手放したくなくて、なんとなく動けなかった。
「知隼くん?どうしたの?」
名前を呼ばれて顔を上げるとクラスの先生がいた。問いかけたその声はとても優しかったのを今も覚えている。だけど少しだけ迷う。こんなことを口にすれば困らせてしまわないか。考えて、決意し、口を開く。
「先生、」
「うん?」
「男の子がうさぎ好きなのって変なの?」
俺の質問を聞いて先生は目を丸くした。でも、すぐに優しい声に似合った表情に戻る。先生の顔を見て内心困らせた、と焦る。
「変じゃないよ。知隼くん、好きな物は好きでいていいんだよ」
その言葉を認識した瞬間、ぬいぐるみを持つ手に小さな力を込める。忘れられない言葉だった。俺の好きなものをそのまま全部肯定するみたいな先生の言葉。
「それにね。うさぎすごく可愛いと思うよ」
先生はそう言って俺の目の前に目線を合わせようとしゃがみ込む。言いながら、手に持っていたうさぎの垂れた耳を優しく撫でた。
「先生も好き?」
「好きだよ」
短い返事だけどそれだけで嬉しかった。変じゃないんだ。
俺だけじゃないんだ。さっきまで重かった胸が、背中に翼があれば空に羽ばたけてしまいそうなほど軽くなった気がした。
「先生。先生って可愛いものは好き?」
続けて聞くと先生は少し考えるように首を傾げた。
「うん。知隼くんとおなじ」
その先生はとても器用だった。名前も未だに覚えているがわざわざ口にしたりはしない。教室に飾られている動物のマスコットも誕生日表も名札に付けている小さな飾りも。そして、卒園式に貰った手紙も全部手作りだった。
「これ全部先生の手作りなんだよね?すごい」
そう言うと先生は照れたみたいに口元を隠しながら笑った。
「ありがとう」
当時は知らなかった。その時俺が憧れていたものは何だったのか。自分の好きなものを好きでいていいと教えてくれた人。好きなものを否定しない人。そして、自分の手で誰かを笑顔にできる人。全部、あの時の先生に当てはまることだった。きっと俺はそんな先生に憧れていた。だからだろうか。本屋に寄った帰り道、「保育士になりたい」と話した志田くんを見た時、心の底から応援したいと思った。俺が応援したって結果は志田くんにかかっていてただの自己満でしかないが、応援したい。保育士になって、夢を叶えて欲しい。そう思ったのもあの日の先生と少しだけ重なったからだろう。だから、高校三年生になった今遅かれど自分が不器用なのを知って手芸部に入部なんかしたんだ。可愛いものを、自分の好きなものを自分の手で作れるようになりたい。体育祭が終わった土曜日。次、被服室で志田くんに会えるまではあと三日。
