放課後アウトライン

六月も忙しなく終わりを迎えようとしていた週。文化祭の準備と合わせるように体育祭の準備も着々と始まっていた。宇喜多の体育祭と文化祭(通称、宇喜多祭とも呼ばれる。)は九月に行われる。文化部の俺にとって体育祭は正直他人事、とも思っていた。

「……悪いが志田、代理頼めるか?」

だったのだが、担任からのその一言で全てがあっけかく崩れ去っていった。予定されていた係の生徒が怪我で参加が難しくなったらしく、急遽代役を決めることになった。運動部は大会の練習にも追われており誰も手が空いていない状況だったので必然的に、俺が係の代役(と言ってもお手伝い程度だが…。)を務めることになった。

「……え、髙田先輩?」

少し年季の入った体育館の扉を開けると、見慣れた後ろ姿が目に飛び込んでくる。慌ててその後ろ姿の持ち主に声をかけると「あれ、志田くん」と知隼がこちらを振り返る。俺の姿を認識するなり、ぱっと表情を変える知隼に事情を掻い摘んで説明した。

「先輩もですか?」
「うん。うちの学年も怪我人出てさ……2年生の子も確かバスケ部でしょ?部活でふたりともやっちゃったって」
「あー…そうだったんですね」

それから2週間が経ち、本番は明日に控えていた。
係の仕事は想像よりずっと忙しくて、放課後はいつも気が休まらなかった。何はともあれ、とでも言うのか。放課後の手芸部の活動。実行委員会の仕事。思わぬ展開ではあったが知隼と過ごす時間も少しずつ増えていた。
――体育祭当日。朝から校庭は異様な賑わいを見せていた。
放送機材の確認に、プログラムの確認。そして係の最後の打ち合わせ。普段は静かな校舎も今日ばかりは落ち着いていられない。俺も自分のやるべき仕事を終わらせ、ようやく競技が見れる余裕ができた。「志田くん!」と聞きなれた声に振り返ると、知隼が汗ばんだシャツを仰ぎながら太陽に負けないくらい眩しい笑顔を見せる。今日は制服姿ではなく、体操服姿。少し違うだけで印象がガラッと変わったように見えた。

「髙田先輩、次出ますよね?」
「うん」
「3年リレー頑張ってください」
「ありがと!」

そう言って知隼はグラウンドへ視線を向け、それから軽く手を振ってから待機列へと走っていった。ピストルの音が鳴ると同時に熱気を十分に含んだ声援が上がる。三学年のリレーはそれはもう盛り上がりを見せていた。最終走者へバトンが渡る。

「知隼ー!いけー!」

どこからか見知った名前が飛んだ、その瞬間だった。
知隼が走り出す。風を切るような勢いで前との差がどんどん縮まっていく。ひとり、またひとりと抜かして気付けば先頭の背中がすぐ目の前にあった。ゴールに近づくにつれてグラウンドの歓声が大きなる。

「速っ……!?」
「髙田先輩すごい!かっこいい!」

思わず俺も声が漏れる。隣で見ていた女子生徒達も騒いでいた。けれど俺のその横で自然とその背中を追ってしまっていた。知隼が先頭でゴールテープを切ると、クラスメイトが駆け寄る。笑顔と拍手、そして歓声。その中心にいたのは、被服室で週に3回しか会うことのない何度も縫い目を飛ばしていたあの不器用な髙田知隼だった。俺が知っているのは可愛いものが好きで、ビーズを見る度に目を輝かしていたような人。間違いなく同一人物であるのに、今グラウンドにいる知隼は、俺が見てい姿とはまるで別人だった。驚きと困惑で知隼を見つめたままでいるとこちらに気付いたのか知隼はさっきと同じ笑顔でその長い腕を左右に振っていた。そして、息を整えてから二年の応援席へと走ってきた。

「志田くーん!どうだった!?俺1位!」
「すごかったです……あんなに速いなら教えてくれても良かったのに」
「えへへ、志田くん驚くと思って頑張ったよ」

知隼は、褒められた時にいつもVサインを作る。そして今も調子よく二本の指を立てて眩しいくらいの笑顔を俺に向ける。いつもの同じはずなのに、やっぱり今日は少し違って見える。退場と知らされ知隼は「じゃ、またね〜」とだけ残しトラック内へと急いで戻っていく。小走りする背中を見つめながらふと考える。

「(あんなに速いのに、なんで手芸部だったんだろう……)」

そんな疑念が拭いきれずにいた。