放課後デートをしたあの日から、柳井の様子がおかしい。
ちょっと前までは、昼休みになると『一緒に食べる』と俺の席までやってきてた。
それなのに今週は一回もそれがない。
四時間目のチャイムが鳴ると、スポーツバッグを持ってさっさと教室から出ていってしまう。
メッセージアプリでのやり取りも目に見えて減った。
「最近ずっと教室じゃん」
昼休み。ひとりで弁当を食べていたとき、後藤が指摘してきた。
「悪いかよ」
「いや? けんかでもしたんかなーって」
「誰と」
「柳井に決まってんじゃん」
後藤の口から出た名前にドキッとする。
「し、してねーよ」
「まあ、してたらおそろいなんてつけないか」
そう言いながら、後藤が俺のスクールバッグについているラッコのマスコットを指差した。
さっき教室を出ていく柳井のスポーツバッグには、魚を抱えたラッコが揺れていた。
俺たちがおそろいでマスコットを持っていることは、今じゃほとんどのクラスメイトが知っている。
そして現在、なんとなく距離があることも。
「なにがあったか知らないけどさ、やらかしたなら早く謝れば?」
「やらかしてねーし」
「ほんとかな〜?」
「大会近いから忙しいんじゃね」
「そうなん?」
「再来週にインハイ予選あるって言ってたから」
忙しいのは本当だと思う。練習とかメンタルトレーニングとか。
柳井はトップを走る選手だ。途中でリタイアした俺にはわからないプレッシャーがあるはずだ。
だから仕方ない。一緒に昼めしを食べられないのも、前より態度がそっけなくなったような気がするのも、仕方がないんだって。
するとそのとき、「あ、柳井」と後藤が言った。目線の先を見ると、ついさっき教室から出ていったはずの柳井が戻ってきていた。
ワイヤレスイヤホンを忘れたのか、机の中から取り出すとポケットにしまう。
「おーい、柳井ー」
すると横で、急に後藤が手を振りはじめた。前は話すたびに緊張してたくせに、俺と仲良いと知ってからはまるで自分の友達でもあるかのように接している。
柳井の視線が俺たちに向けられる。目が合った瞬間、サッと逸らされてしまった。
え……? 今のって、わざとじゃないよな……?
「なに?」
柳井は表情を変えずに尋ねてくる。
「マリちゃんが寂しがってるみたいよ。柳井が最近構ってくれないから」
「やめろよ。そんなんじゃねーし」
余計なことしか言わない後藤の頭をペシッと叩く。ヒヤヒヤしながら柳井の様子を見るけれど、表情は涼しいまま変わらない。
なんか……昔の柳井みたいだな。中学のころ、ピリついていたあのころの。
やっぱり俺、なんかしちゃったのかな。急に不安になってきた。
「……もういい?」
「へっ?」
「筋トレに戻らないと」
「ご、ごめん。引き留めて……」
「うん」
柳井は短い返事のあと、目も合わせずに再び教室から出ていった。
ちょっと待って。急に態度変わりすぎじゃね?
やっぱり俺、気づかないうちにやらかしちゃったのか?
疑問が浮かんでは、答えが出ないまま弾ける。モヤモヤしてしょうがない。居ても立っても居られなかった。
ダンッと机を叩き、イスから立ち上がる。
「うわっ、ビビった」
驚く後藤を跳ね除け、俺も教室から飛び出した。
「待って!」
廊下で柳井の背中に追いつく。
「最近変じゃん! 俺がなんかしたなら言えよ!」
柳井の足が立ち止まる。こっちを向いたものの、やっぱり目を逸らしたままだ。
「……小鞠はなにもしてない」
「だったらなんで急にそんな感じになるんだよ。わけわかんないんだけど」
「大会近いし……」
「大会? 俺、そんなに柳井の邪魔してた? だったら最初からそう言えばいいじゃん」
「ちがう」
「じゃあなんで急に俺のこと避けるんだよ……っ」
おろした拳をぎゅっと握りしめる。
避けられて悲しかった。お互いのバッグにはおそろいのラッコのマスコットがつけられているのに、柳井との距離がすごく遠く感じて寂しかった。
すると柳井は足に目線を落として、口を開いた。
「……小鞠を困らせた、から」
「は?」
「だから彼氏ごっこは……もう終わりにしたほうがいいと思う」
ごっこ……? 本気で言ってるのか?
だったらなんで、昼休みになるたび俺のところに来て、一緒に弁当を食べてたんだよ。
デートして、おそろいのものまで欲しがって。
今だって柳井のスポーツバッグには、魚を抱えたラッコがついている。
ごっこなら、そんなことするか?
ごっこなら、そんな顔するか?
「いや、待ってよ」
「ごめん」
「ごめんじゃなくて、なんで急にそんなこと言うの」
声を震わせながら聞くと、柳井は顔を歪ませた。なんでそんなにつらそうなんだよ。
「これ以上一緒にいたら、俺はもっと勘違いする。それこそ小鞠を傷つけるかもしれない。だから……ごめん」
言い終えたあと、柳井は踵を返した。
廊下の先に遠ざかっていく背中を追いかけられない。俺たちのあいだに距離ができていく。
いやだ。終わりにしたくない。足音が離れていくのがくるしい。
だって俺は――
「……あ」
そのとき気づいた。
俺、柳井のことが好きなんだ。
ちょっと前までは、昼休みになると『一緒に食べる』と俺の席までやってきてた。
それなのに今週は一回もそれがない。
四時間目のチャイムが鳴ると、スポーツバッグを持ってさっさと教室から出ていってしまう。
メッセージアプリでのやり取りも目に見えて減った。
「最近ずっと教室じゃん」
昼休み。ひとりで弁当を食べていたとき、後藤が指摘してきた。
「悪いかよ」
「いや? けんかでもしたんかなーって」
「誰と」
「柳井に決まってんじゃん」
後藤の口から出た名前にドキッとする。
「し、してねーよ」
「まあ、してたらおそろいなんてつけないか」
そう言いながら、後藤が俺のスクールバッグについているラッコのマスコットを指差した。
さっき教室を出ていく柳井のスポーツバッグには、魚を抱えたラッコが揺れていた。
俺たちがおそろいでマスコットを持っていることは、今じゃほとんどのクラスメイトが知っている。
そして現在、なんとなく距離があることも。
「なにがあったか知らないけどさ、やらかしたなら早く謝れば?」
「やらかしてねーし」
「ほんとかな〜?」
「大会近いから忙しいんじゃね」
「そうなん?」
「再来週にインハイ予選あるって言ってたから」
忙しいのは本当だと思う。練習とかメンタルトレーニングとか。
柳井はトップを走る選手だ。途中でリタイアした俺にはわからないプレッシャーがあるはずだ。
だから仕方ない。一緒に昼めしを食べられないのも、前より態度がそっけなくなったような気がするのも、仕方がないんだって。
するとそのとき、「あ、柳井」と後藤が言った。目線の先を見ると、ついさっき教室から出ていったはずの柳井が戻ってきていた。
ワイヤレスイヤホンを忘れたのか、机の中から取り出すとポケットにしまう。
「おーい、柳井ー」
すると横で、急に後藤が手を振りはじめた。前は話すたびに緊張してたくせに、俺と仲良いと知ってからはまるで自分の友達でもあるかのように接している。
柳井の視線が俺たちに向けられる。目が合った瞬間、サッと逸らされてしまった。
え……? 今のって、わざとじゃないよな……?
「なに?」
柳井は表情を変えずに尋ねてくる。
「マリちゃんが寂しがってるみたいよ。柳井が最近構ってくれないから」
「やめろよ。そんなんじゃねーし」
余計なことしか言わない後藤の頭をペシッと叩く。ヒヤヒヤしながら柳井の様子を見るけれど、表情は涼しいまま変わらない。
なんか……昔の柳井みたいだな。中学のころ、ピリついていたあのころの。
やっぱり俺、なんかしちゃったのかな。急に不安になってきた。
「……もういい?」
「へっ?」
「筋トレに戻らないと」
「ご、ごめん。引き留めて……」
「うん」
柳井は短い返事のあと、目も合わせずに再び教室から出ていった。
ちょっと待って。急に態度変わりすぎじゃね?
やっぱり俺、気づかないうちにやらかしちゃったのか?
疑問が浮かんでは、答えが出ないまま弾ける。モヤモヤしてしょうがない。居ても立っても居られなかった。
ダンッと机を叩き、イスから立ち上がる。
「うわっ、ビビった」
驚く後藤を跳ね除け、俺も教室から飛び出した。
「待って!」
廊下で柳井の背中に追いつく。
「最近変じゃん! 俺がなんかしたなら言えよ!」
柳井の足が立ち止まる。こっちを向いたものの、やっぱり目を逸らしたままだ。
「……小鞠はなにもしてない」
「だったらなんで急にそんな感じになるんだよ。わけわかんないんだけど」
「大会近いし……」
「大会? 俺、そんなに柳井の邪魔してた? だったら最初からそう言えばいいじゃん」
「ちがう」
「じゃあなんで急に俺のこと避けるんだよ……っ」
おろした拳をぎゅっと握りしめる。
避けられて悲しかった。お互いのバッグにはおそろいのラッコのマスコットがつけられているのに、柳井との距離がすごく遠く感じて寂しかった。
すると柳井は足に目線を落として、口を開いた。
「……小鞠を困らせた、から」
「は?」
「だから彼氏ごっこは……もう終わりにしたほうがいいと思う」
ごっこ……? 本気で言ってるのか?
だったらなんで、昼休みになるたび俺のところに来て、一緒に弁当を食べてたんだよ。
デートして、おそろいのものまで欲しがって。
今だって柳井のスポーツバッグには、魚を抱えたラッコがついている。
ごっこなら、そんなことするか?
ごっこなら、そんな顔するか?
「いや、待ってよ」
「ごめん」
「ごめんじゃなくて、なんで急にそんなこと言うの」
声を震わせながら聞くと、柳井は顔を歪ませた。なんでそんなにつらそうなんだよ。
「これ以上一緒にいたら、俺はもっと勘違いする。それこそ小鞠を傷つけるかもしれない。だから……ごめん」
言い終えたあと、柳井は踵を返した。
廊下の先に遠ざかっていく背中を追いかけられない。俺たちのあいだに距離ができていく。
いやだ。終わりにしたくない。足音が離れていくのがくるしい。
だって俺は――
「……あ」
そのとき気づいた。
俺、柳井のことが好きなんだ。

