「好きです。付き合ってください!」
ダンス部の仲間が見守る中、俺は腰を九十度に折って手を差し伸べた。
ちょっと前までは微妙な空気の中からクスクスと笑いが聞こえてきたけど、今日はちがった。
「マリちゃん、なんかあった?」
神妙な面持ちで部長が聞いてくる。
「すいません、方向性間違えてました?」
「逆逆。すごく良くなってる」
部長の評価に、周りに座っているほかの部員たちもウンウンと頷く。
「前より気持ちが入ってて魅入っちゃった」
「そ、っすか」
「その分テンポが悪くなってるから、そこだけ調整しよっか」
「はい」
非常階段の下。部長の「一回全体でいくよー」と言う声が響く。
座っていた部員が立ち上がる中、部長がスピーカーから音楽を流しはじめる。
全体練に入っていく中、俺はひとりじわじわと恥ずかしさで小さくなっていった。
部長に褒められたとき、頭にパッと浮かんだ相手。それが柳井だったからだ。
なんで告白のシーンを褒められたら、あいつの顔が浮かぶんだよ。
変だろ。おかしいだろ。
これじゃまるで、柳井のことを考えながら練習していたみたいじゃないか。
俺からあいつに告白なんてしてないし、これからするつもりだってないのに――。
考え事をしながら踊っていた、そのときだった。
「危ない!」
部長の声で現実に戻されたと同時に、隣で踊っていた部員と衝突しそうになった。なんとか回避したのも束の間、左足首をぐにゃりとひねりながら倒れてしまう。
「いったぁ……」
「大丈夫!?」
周りの部員たちが一斉に駆けつけてくる。
「保健室いく?」
部長に聞かれ、「これぐらいなら大丈夫です」と答えながら立とうとした。
けれど、体勢を変えると左足首がめちゃくちゃ痛い。
うわ、これ挫いてる。やっぱり保健室に行ったほうがいいかも。ひとりで行けるかな……。
少し不安になっていると、俺を囲む女子たちの向こうから、「小鞠?」と男子の声が聞こえてきた。
女子ばかりの部活なので、男はいないはず。見上げると、女子の合間をぬって柳井がこっちに向かってくるのが見えた。いつも人前では涼しい顔なのに、焦った表情をしているなんて珍しかった。
「柳井……」
「足くじいた?」
「たぶん。まだ確実じゃないけど」
「保健室いこう」
「でも練習が」
すかさず部長が「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」と被せてくる。
「すいません」
目を伏せると、柳井が同じ目線まで膝を折る。
「立てる?」
「頑張れば。ていうかそっちの部活は?」
「大会前だから休み」
「でも自主練とか」
「俺のことは気にしなくていいから」
柳井は俺の脇の下に腕を入れ、「せーの」と立ち上がらせてくれた。
ダンス部の仲間たちに見送られる。保健室に向かうあいだも、柳井は俺を心配する言葉をかけながら、くじいた左足首に負担がかからないよう支えてくれた。
保健室の先生に処置してもらい、左足首を包帯でぐるぐると固定される。すべての処置が終わるころには、保健室の窓から西日が射しこんでいた。
「痛みが強くなるようであれば、親御さんに言って病院に連れていってもらってね。それと、しばらく部活はお休みするように」
保健室の先生から受けた忠告に、俺は「えー」と不満の声を上げた。
「えーじゃないでしょ。骨折しなかっただけましだと思わないと」
「そうっすけど……せっかく褒められたばかりなのに」
「ここで無理したら、悪化してよけいに踊れなくなるよ」
先生の言葉を受け、緩んでいた気持ちの糸がピンと張る。
まじか。そうなったら、また中学のときみたいに裏方に回ることになるんかな。
嫌なわけじゃないけど、せっかく体を動かしたくて入った部活だ。それはもったいないなと思った。そもそもダンス部に裏方なんてあるのかって話だけど。
すべてが終わり、保健室から出ると、ちょうど柳井が戻ってきたところだった。
柳井は俺を保健室に送り届けたあと、頼んでいないのに教室へ荷物を取りに行ってくれた。
「机の横にかかってたやつ、そのまま持ってきた」
「ありがとな。まじで助かった」
「ほかに忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」
柳井はホッとしたように「よかった」と返してきた。
先回りして痒いところを掻いてくれるところがまるで彼氏……じゃなかった。ありがたいなと思う。
「足は大丈夫?」
「まあまあかな。部活はしばらく休めって言われちゃったけど」
「そう」
「まあ仕方ないか。酷くなったら、また動けなくなっちゃうし」
ハハハ……と笑う。
中学二年の冬、俺は膝の怪我で選手からマネージャーになった。
小学生のときにスイミング教室の選手育成コースにスカウトされてから、水泳漬けだった毎日。そんな日々はあっけなく終わりを告げ、俺の居場所は水中から陸になった。
選手から選手を支える側になって、最初は腐りもした。それでもなんだかんだ水泳部を辞めなかったのは、あの空気感から離れたくなかったからだ。高校に入学したあとは、心機一転ダンス部に入部したけど。
うわ……なんか舌の奥が苦い。なんで今さらあのころのことを思い出しちゃうんだろう。もう大丈夫だと思っていたはずなのに。
うまく笑えないでいると、柳井が急に背中を向けてしゃがんだ。
「な、なにしてんの」
「背中、乗って」
「はっ!?」
「送るから」
送る? しかも柳井の体勢を見る限り、俺をおんぶするつもりっぽい。
「いやいや、さすがに大会前の選手にそんなことさせられないって!」
「大丈夫。これも筋トレだから」
「むちゃくちゃすぎん? はずいわ」
「なんで?」
「なんでって……」
目線を斜め下にやる。最近はクラスで仲良い認定されているし、さっきも保健室まで肩を組みながら歩いているところを同じクラスのやつらに見られた。
クラTのサイズを聞いてきた女子みたいに、また茶化されたら返答に困る。まあ、そうなったらちがうって撤回すればいいんだろうけど。
「膝の怪我も左脚だっただろ」
「やばいよな。呪われてるとしか――って、なんで知ってんの」
「言ってたから。マネージャーになるときに」
「俺が?」
「うん」
そうだったっけ? それにしたって、あのころの俺たちはほとんどといっていいほど喋っていないはずだ。柳井はそんな頃の記憶を、
「覚えてたんだ」
「まあ、ずっと見てたし」
見上げられた切れ長の目に捕まり、ドキッとした。
まじかよ。見てたって、いつから?
ハテナが浮かんだものの、今聞いていいのかわからなかった。ここで聞いたら、もう戻れない。二度と告白を撤回できなくなる。そんな気がした。
「そ、そか……じゃ、とりあえず失礼します」
曖昧に返事したあと、申し訳なく思いながら柳井の背中にそっと乗った。
広い肩と背中だ。前から見ると、そこまで筋肉がついているように見えない。だけど触ると、制服越しでもわかる。ひたむきに水泳競技に取り組んできた人なんだと。
じんわりと胸に熱が灯る。尊敬の気持ちとうらやましさがぐちゃぐちゃになる。なんだか複雑だった。
柳井におんぶされた状態で学校を出る。夕陽が傾いた帰り道は日中に比べると涼しい。俺と柳井の影が重なり、足元に伸びていた。
「家って、さっき緑ヶ丘公園の先って言ってたけど」
「そうそう。小一のときに引っ越してきたんだよね」
「俺の家もそっちのほう」
「え、ご近所じゃん」
「小鞠は公園横のマンション?」
「いや、横の横のマンション」
「そっちか」
「つかバス通りの手前で降ろしていいからな」
「なんで?」
エントランスの場所がわかりづらいし、柳井にとって遠回りになる。だから一応配慮のつもりで言ったのに、柳井には伝わらなかったようだ。
「遠回りになるじゃん。さすがにそれぐらいの距離なら歩けるって」
「いやだ」
柳井ははっきりと断る。いつも宣言と断言ばかりの男だけど、今日はさらに押しが強い気がする。
「逆になんでそこまで送りたがるんだよ」
ありがたいけどさぁ、と続けようとしたそのとき、柳井は続けた。
「俺は彼氏だから。小鞠がつらいときはそばにいたい。少しでも長く一緒にいたい」
まさかの返事に口ごもる。なんて返せばいいかわからなかった。
「お、大げさじゃね。ちょっと怪我しただけなのに」
「ちょっとじゃないだろ」
きっぱりと否定され、胸がぎゅっとなった。
だって俺は、つらいなんてひとことも言っていない。
そりゃマネージャーになったばかりのころは、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだろうって落ちこんだりもした。
でもちゃんと自分の中で消化して、水泳への未練はとっくに捨てて……つらいなんて感じることはない、そう思っていたはずなのに。
「つーか、彼氏じゃないってば……」
うそだろ。なんでこんなに胸が苦しくて、温かい気持ちになるんだろう。いつもみたいに、撤回できないんだろう。
柳井は告白の練習を、俺からの本気の告白だと勘違いしているだけだ。それで俺のことを好きになっちゃって……あれ。柳井は俺のことを好きなんて、一度でも言ったっけ。
でもさっき言っていた。ずっと俺のことを見てたって。
柳井は俺のことをどう思っているんだろう。俺は柳井のことをどう思っているんだろう。
ダンス部の仲間が見守る中、俺は腰を九十度に折って手を差し伸べた。
ちょっと前までは微妙な空気の中からクスクスと笑いが聞こえてきたけど、今日はちがった。
「マリちゃん、なんかあった?」
神妙な面持ちで部長が聞いてくる。
「すいません、方向性間違えてました?」
「逆逆。すごく良くなってる」
部長の評価に、周りに座っているほかの部員たちもウンウンと頷く。
「前より気持ちが入ってて魅入っちゃった」
「そ、っすか」
「その分テンポが悪くなってるから、そこだけ調整しよっか」
「はい」
非常階段の下。部長の「一回全体でいくよー」と言う声が響く。
座っていた部員が立ち上がる中、部長がスピーカーから音楽を流しはじめる。
全体練に入っていく中、俺はひとりじわじわと恥ずかしさで小さくなっていった。
部長に褒められたとき、頭にパッと浮かんだ相手。それが柳井だったからだ。
なんで告白のシーンを褒められたら、あいつの顔が浮かぶんだよ。
変だろ。おかしいだろ。
これじゃまるで、柳井のことを考えながら練習していたみたいじゃないか。
俺からあいつに告白なんてしてないし、これからするつもりだってないのに――。
考え事をしながら踊っていた、そのときだった。
「危ない!」
部長の声で現実に戻されたと同時に、隣で踊っていた部員と衝突しそうになった。なんとか回避したのも束の間、左足首をぐにゃりとひねりながら倒れてしまう。
「いったぁ……」
「大丈夫!?」
周りの部員たちが一斉に駆けつけてくる。
「保健室いく?」
部長に聞かれ、「これぐらいなら大丈夫です」と答えながら立とうとした。
けれど、体勢を変えると左足首がめちゃくちゃ痛い。
うわ、これ挫いてる。やっぱり保健室に行ったほうがいいかも。ひとりで行けるかな……。
少し不安になっていると、俺を囲む女子たちの向こうから、「小鞠?」と男子の声が聞こえてきた。
女子ばかりの部活なので、男はいないはず。見上げると、女子の合間をぬって柳井がこっちに向かってくるのが見えた。いつも人前では涼しい顔なのに、焦った表情をしているなんて珍しかった。
「柳井……」
「足くじいた?」
「たぶん。まだ確実じゃないけど」
「保健室いこう」
「でも練習が」
すかさず部長が「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」と被せてくる。
「すいません」
目を伏せると、柳井が同じ目線まで膝を折る。
「立てる?」
「頑張れば。ていうかそっちの部活は?」
「大会前だから休み」
「でも自主練とか」
「俺のことは気にしなくていいから」
柳井は俺の脇の下に腕を入れ、「せーの」と立ち上がらせてくれた。
ダンス部の仲間たちに見送られる。保健室に向かうあいだも、柳井は俺を心配する言葉をかけながら、くじいた左足首に負担がかからないよう支えてくれた。
保健室の先生に処置してもらい、左足首を包帯でぐるぐると固定される。すべての処置が終わるころには、保健室の窓から西日が射しこんでいた。
「痛みが強くなるようであれば、親御さんに言って病院に連れていってもらってね。それと、しばらく部活はお休みするように」
保健室の先生から受けた忠告に、俺は「えー」と不満の声を上げた。
「えーじゃないでしょ。骨折しなかっただけましだと思わないと」
「そうっすけど……せっかく褒められたばかりなのに」
「ここで無理したら、悪化してよけいに踊れなくなるよ」
先生の言葉を受け、緩んでいた気持ちの糸がピンと張る。
まじか。そうなったら、また中学のときみたいに裏方に回ることになるんかな。
嫌なわけじゃないけど、せっかく体を動かしたくて入った部活だ。それはもったいないなと思った。そもそもダンス部に裏方なんてあるのかって話だけど。
すべてが終わり、保健室から出ると、ちょうど柳井が戻ってきたところだった。
柳井は俺を保健室に送り届けたあと、頼んでいないのに教室へ荷物を取りに行ってくれた。
「机の横にかかってたやつ、そのまま持ってきた」
「ありがとな。まじで助かった」
「ほかに忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」
柳井はホッとしたように「よかった」と返してきた。
先回りして痒いところを掻いてくれるところがまるで彼氏……じゃなかった。ありがたいなと思う。
「足は大丈夫?」
「まあまあかな。部活はしばらく休めって言われちゃったけど」
「そう」
「まあ仕方ないか。酷くなったら、また動けなくなっちゃうし」
ハハハ……と笑う。
中学二年の冬、俺は膝の怪我で選手からマネージャーになった。
小学生のときにスイミング教室の選手育成コースにスカウトされてから、水泳漬けだった毎日。そんな日々はあっけなく終わりを告げ、俺の居場所は水中から陸になった。
選手から選手を支える側になって、最初は腐りもした。それでもなんだかんだ水泳部を辞めなかったのは、あの空気感から離れたくなかったからだ。高校に入学したあとは、心機一転ダンス部に入部したけど。
うわ……なんか舌の奥が苦い。なんで今さらあのころのことを思い出しちゃうんだろう。もう大丈夫だと思っていたはずなのに。
うまく笑えないでいると、柳井が急に背中を向けてしゃがんだ。
「な、なにしてんの」
「背中、乗って」
「はっ!?」
「送るから」
送る? しかも柳井の体勢を見る限り、俺をおんぶするつもりっぽい。
「いやいや、さすがに大会前の選手にそんなことさせられないって!」
「大丈夫。これも筋トレだから」
「むちゃくちゃすぎん? はずいわ」
「なんで?」
「なんでって……」
目線を斜め下にやる。最近はクラスで仲良い認定されているし、さっきも保健室まで肩を組みながら歩いているところを同じクラスのやつらに見られた。
クラTのサイズを聞いてきた女子みたいに、また茶化されたら返答に困る。まあ、そうなったらちがうって撤回すればいいんだろうけど。
「膝の怪我も左脚だっただろ」
「やばいよな。呪われてるとしか――って、なんで知ってんの」
「言ってたから。マネージャーになるときに」
「俺が?」
「うん」
そうだったっけ? それにしたって、あのころの俺たちはほとんどといっていいほど喋っていないはずだ。柳井はそんな頃の記憶を、
「覚えてたんだ」
「まあ、ずっと見てたし」
見上げられた切れ長の目に捕まり、ドキッとした。
まじかよ。見てたって、いつから?
ハテナが浮かんだものの、今聞いていいのかわからなかった。ここで聞いたら、もう戻れない。二度と告白を撤回できなくなる。そんな気がした。
「そ、そか……じゃ、とりあえず失礼します」
曖昧に返事したあと、申し訳なく思いながら柳井の背中にそっと乗った。
広い肩と背中だ。前から見ると、そこまで筋肉がついているように見えない。だけど触ると、制服越しでもわかる。ひたむきに水泳競技に取り組んできた人なんだと。
じんわりと胸に熱が灯る。尊敬の気持ちとうらやましさがぐちゃぐちゃになる。なんだか複雑だった。
柳井におんぶされた状態で学校を出る。夕陽が傾いた帰り道は日中に比べると涼しい。俺と柳井の影が重なり、足元に伸びていた。
「家って、さっき緑ヶ丘公園の先って言ってたけど」
「そうそう。小一のときに引っ越してきたんだよね」
「俺の家もそっちのほう」
「え、ご近所じゃん」
「小鞠は公園横のマンション?」
「いや、横の横のマンション」
「そっちか」
「つかバス通りの手前で降ろしていいからな」
「なんで?」
エントランスの場所がわかりづらいし、柳井にとって遠回りになる。だから一応配慮のつもりで言ったのに、柳井には伝わらなかったようだ。
「遠回りになるじゃん。さすがにそれぐらいの距離なら歩けるって」
「いやだ」
柳井ははっきりと断る。いつも宣言と断言ばかりの男だけど、今日はさらに押しが強い気がする。
「逆になんでそこまで送りたがるんだよ」
ありがたいけどさぁ、と続けようとしたそのとき、柳井は続けた。
「俺は彼氏だから。小鞠がつらいときはそばにいたい。少しでも長く一緒にいたい」
まさかの返事に口ごもる。なんて返せばいいかわからなかった。
「お、大げさじゃね。ちょっと怪我しただけなのに」
「ちょっとじゃないだろ」
きっぱりと否定され、胸がぎゅっとなった。
だって俺は、つらいなんてひとことも言っていない。
そりゃマネージャーになったばかりのころは、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだろうって落ちこんだりもした。
でもちゃんと自分の中で消化して、水泳への未練はとっくに捨てて……つらいなんて感じることはない、そう思っていたはずなのに。
「つーか、彼氏じゃないってば……」
うそだろ。なんでこんなに胸が苦しくて、温かい気持ちになるんだろう。いつもみたいに、撤回できないんだろう。
柳井は告白の練習を、俺からの本気の告白だと勘違いしているだけだ。それで俺のことを好きになっちゃって……あれ。柳井は俺のことを好きなんて、一度でも言ったっけ。
でもさっき言っていた。ずっと俺のことを見てたって。
柳井は俺のことをどう思っているんだろう。俺は柳井のことをどう思っているんだろう。

