エースが告白を撤回させてくれません

 俺たちがふたりきりで昼めしを食べたという話は、あっという間に広がった。

 昼休みも終盤のころ教室に戻ると、後藤を含め数人のクラスメイトに囲まれた。帰ってくるなり柳井は黙ったまま自分の席に戻ったので、もちろんインタビューを受けたのは俺だけだ。

「柳井と小鞠って同じ中学だったよな」
「仲良かったんだー」
「ふたりでなに話すの?」
 などなど。

 水泳部エースの柳井と平々凡々の俺――という組み合わせが珍しいのか、女子も男子も俺たちの関係について質問攻めしてきた。
 そもそもこっちだって聞きたい。なんで柳井は俺なんかの練習を本気の告白と勘違いして、しかもそれを受け入れたんだろう。
 向こうに聞いてくれと丸投げしたところで、みんな柳井には聞かなかったりする。

 不公平だ。あっちが始めた物語なのに、俺だけが周りからの質問攻めに回答しなきゃいけないなんて。

 はじめて一緒に弁当を食べた日から数日のあいだは、とにかく俺たちの関係について聞かれることが多かった。もちろんちがうので、付き合っているなんて言わない。柳井は付き合ってるって言い張るけど、こっちとしては認めてないわけだし。
「柳井とは中学のころ同じ水泳部だったからさ〜」
 かろうじてある接点を持ち出して、はぐらかすことしかできなかった。

 それは昼休みの途中。ダンス部のミーティングから教室に戻ってくると、文化祭委員の女子が「小鞠くーん」と話しかけてきた。
「柳井くんってTシャツのサイズL? XL?」
「知らないけど」
「彼氏なのに?」
「は?」
「うそうそ」
 ドキッとした。どういうこと? もしかしてみんなのあいだではそんな話になってんの? 質問をはぐらかしたから逆に?
「柳井くんだけまだクラTのサイズ聞けてないんだよね。聞いてきてくれない?」

 なんで俺が。

 顔に出ていたのか、女子は「仲良いんでしょ?」と後付けで言った。

 今日は俺の用事で別々だったけど、最近は昼めしをよく一緒に食べている。というか、向こうが「一緒に食べる」と宣言しながらこっちの席にまで来るので、逃げられないのだ。
 今日の昼に関しては昨日の段階で『部活のミーティングがあるから無理』と言った。そしたらシュンとしながらもおとなしく「じゃあ筋トレする」と引いてくれたけど。

 そこは素直に引くんだ、と意外だった。寂しいとか申し訳ないまではいかないけど、肩透かしを食らったような感じだった。

 そんな気持ちを消化するためにも、ちょっとしたお詫びのつもりで、今朝コンビニで買ったかち割りの黒糖。それをズボンのポケットにしのばせて、水泳部の部室の隣にある筋トレルームに向かう。

 ちなみにそこは水泳部だった卒業生たちの私物あふれる元物置部屋だったそう。柳井がインハイ出場した昨年から筋トレ用マシンが置かれるようになったらしく、実質柳井のための部屋といっても過言ではない。

 部屋にはワイヤレスイヤホンを耳に装着し、自分の世界にこもって筋トレをしている柳井がいた。 

 ガラスドア越しに目が合う。柳井は俺が来たことに気づくと、イヤホンを外した。水泳部じゃない人間が入っていいのか少し心配になりながら、俺も筋トレルームのドアを開けて中に入った。

「どうしたの」 
「クラTのサイズ聞いてこいって」
「あ、忘れてた」
「謎に俺が聞かれたんだけど。柳井のサイズ」
「XL」
「でかくね?」
「肩が入らない。小鞠は?」
「……M」
 ボソッと言う。同じ男として、なんだか負けた気がする。

 柳井はふっと微笑んで言った。

「かわいい」

 ポンと放たれたその言葉に、くすぐったくなる。ダンス部の女子からかわいいと言われても、心がそんなふうに反応することはなかったのに。

「小さくて悪かったな」
 俺はそう言って適当に流した。
「照れてるのがかわいくて」
「……うるせ」
 そんなこと言われたら反応に困るだろ。話題を変えたくて、壁に貼ってあったカレンダーを見る。大会の予定がびっちり書かれている。

「うわ、来月からめっちゃ大会あるじゃん」
「うん。そういう時期だから」
「ぜんぶ二コメだけ?」
「いや、四コメもある」
 二コメと四コメは二百メートル個人メドレーと四百メートル個人メドレーのことをいう。久しぶりに水泳部っぽい言葉を使うと、妙な懐かしさを覚えた。

「応援くる?」
「なんでだよ」
「来ない?」
「あたりまえだろ。ちがう部活のやつが突然来たら変に思われんじゃん」
「でも小鞠も昔水泳部だった」
「今はダンス部!」
 でも大会が近いならちょうどいいや。俺はポケットの中から黒糖の袋を出した。

 茶色い塊がゴロゴロ入ったそれを、中学の水泳部では練習中や大会の合間に食べていた。

「応援は行けないけど、これ」
「あ、黒糖だ」
「懐かしくね。中学のとき、よく食ってたよな」
 すぐにエネルギー補充できるからって理由で、顧問の先生が食べろ食べろとよく言っていた。練習の合間に選手に食べさせるため、俺もよくプールサイドの端っこでガリガリとスプーンで砕いていたっけ。
「……くれるの?」
「まあ」
「彼氏だから?」
 綺麗な真顔に見つめられ、ドキッとした。瞬時に撤回しようとしたけど、どうしてだ。すぐに言葉が出てこなかった。

「元マネージャーなりの応援です!」
 ワンテンポ遅れて答えるのが精いっぱい。なんとかかわせたと安心したのも束の間、柳井は続けて言った。
「じゃあ今食べさせてよ」
「は……はぁあ?」
「前みたいにスプーンで。手でもいいけど」
「いやいやいや」
 たしかに練習の合間。アザラシにエサをあげるみたいに、プールサイドからスプーンで選手に黒糖を食べさせるのも当時マネージャーの仕事だった。

 けど今はちがう。

「れ、練習中じゃないだろ、今は」
「でも筋トレしてた。エネルギーも消費した。糖分不足でぶっ倒れそう」
「めっちゃ畳みかけてくるじゃん……」
 至近距離で顔を覗かれる。

「だめ?」
 と、柳井が首を傾げる。無表情の奥に見え隠れする甘えた表情。その顔はずるすぎる。

 バクバクと刻む心臓の音を飲みこんでから、俺は一歩後ずさった。
「だ……だめに決まってるだろーが!!」
 距離ができたことで、ちょっと冷静になる。

 美形の威力ってすごい。流されてこのまま『あーん』してもいいかな〜なんてちょっとでも思ってしまった。

 ていうか今気づいたけど、中学のころは普通に『あーん』を柳井にやってたのか。今思うとすごく大胆なことをしていたんだな。
 つーか無知ってすごくね? あのころは俺も自分のことばかりで、柳井をただツンツンしてるエースとしか思ってなかったのに。

 知らなかった柳井の一面を知るたびに、新しい扉をこじ開けられている気がする。
 ぐるぐる考えていたそのとき、ふと髪の毛先を柳井の指先がすくった。

「髪、傷んでる」
「む、昔染めてたし……つーか柳井も知ってるだろ。俺が中学のとき染めてたこと」
「切らないの?」
「もっと伸びたら切るよ」
「そう」

 柳井はそう言うと、名残惜しそうに髪の毛から手を離した。

 まさか急に髪を触られるとは思わなかった。ドキドキと心臓が跳ねる。

 あれ? 意外とこの部屋狭くない? こんなところで今、俺は柳井とふたりきりだったんだ。 

 意識すると顔じゅうから火が噴きでそうだった。
 やばい。このままここにいたら、顔が赤いことがバレてしまうかもしれない。
「じゃ、俺戻るから!」
「小鞠」
「今話しかけんな」
「なんで」
「知らん!」

 バタバタと筋トレルームを出ていく。

 なんでこんなにドキドキしてるんだよ、俺は。

 結局、その日の午後の授業はまるごと上の空だった。